第三十三話 昔の配下
「我が君!」
俺が反応するよりも速く、サマエルが影のように前へ跳んだ。
金属が噛み合う鋭い音が洞窟内に響く。サマエルの腕が振り抜かれ、どこからか現れた大きな両手剣を見事に受け止めていた。
暗い洞窟は、息を呑むほど静かで、湿った空気が肌に張り付く。
目が慣れてくると、闇の中に溶け込むように立つ黒い影が見える。
その影、黒い鎧の騎士が、サマエルと剣を押し合っていた。鎧の縁がかすかに赤黒く光り、呼吸に合わせて脈打っているようだ。
その反対側から、コツ、コツ、と軽い足音が近づいてくる。
洞窟の壁に反射して、細いシルエットがゆらりと浮かび上がった。
「クロム!何グダグダしてるの?
さっさと仕留めなさい!」
女性の鋭い声が闇を切り裂く。
声の主は、黒髪の長い影を翻しながら姿を現した。暗い服をまとい、洞窟の光を吸い込むような気配を纏っている。
「誰だ、?」
アスが眉をひそめて問う。
女性は片眉を上げ、こちらを細く見つめ返した。
「こっちのセリフよ、いきなり入って来て………
待って、貴方、、ヴルド様!」
俺の顔を見た瞬間、彼女の瞳が驚きに揺れ、次いで深く頭を下げた。
黒騎士、クロムと呼ばれた男も、サマエルとの距離を一歩離し、剣を収めて静かに膝を折る。
まさか、この二人がヴルドの配下か?
「………」
クロムは無言のまま、サマエルの横で体勢を正し、俺に深々と頭を下げている。
《その姿……ノクスか!》
ヴルドの声が胸の奥で震えた。
どうやら、間違いない。完全に旧知の者へ向ける口調だ。
ノクス、その女性は、長い黒髪をゆるく結い、影の中で目だけが妖しく光る。
尖った耳が覗き、シャドウエルフ特有の薄い紺色の肌が闇に溶け込んでいた。
《もう一人、クロムは優秀な騎士、亜人だ。
ノクスは、隠密に長けている。博識なんだ。
少し変われるか?》
なるほど。状況は理解した。
「お前ら、久しぶりだな。元気だったか?」
ヴルドが俺の身体を操り、俺とは違う落ち着いた声で問いかける。
その瞬間、洞窟の空気がすっと張りつめた。
クロムは言葉を発さず、ただ静かに頷いた。
ノクスは胸の前で手を組み、深い礼を見せる。
「ええ!
勿論。まさか、こうしてまた会えるとは……」
「説明してくれるか?ヴルド、、」
シドウが警戒を解かぬまま、横目で俺
いや、ヴルドへ尋ねる。
「いいだろう。
過去に俺たちは魔王としてここら辺を恐怖に陥れた。
だが、人間や魔物、他の魔王の詮索が腹立ってな。
少し数百年お互いに道を変えた。」
なるほど、だからヴルドは城に残り、
この二人はこの洞窟で“潜伏”していたのか。
ノクスが静かに口を開く。
「……ヴルド様、一体ここへ来たと言う事は、何かあったのですか?」
「……あったと言うか、、」
ヴルドは、俺と出会った時から今に至るまでを淡々と説明した。
二人は真剣に耳を傾け、その内容の重さを理解していく。
「そんな事が……ヴルド様はその人の身体に居着いている、、分かりました。」
そこで、俺の意識がふっと前へ出た。身体の主導権が戻る。
「えっと、つまり……」
「ええ、私たちはあなたに忠誠を誓いましょう。
ヴルド様が居るのなら尚更。
あなたの人生を見てみたいわ。」
さらっと言われて俺は固まった。
こんなに配下ばかり増えて、逆に気恥ずかしい。
ヴルドも警戒のしすぎだったらしい。
二人は紛れもない強者。サマエルまで連れてきた俺が少し馬鹿みたいだ。
「そんな簡単でいいのか?」
「私たちは長く生きている。気まぐれなものです。」
「………」
まったく、アスもサマエルも、こういうところは似てるなと思ってしまった。
「わかった。
よろしく頼む。
ついて来てくれ、」
こうして、新たに二人の配下が加わった。
歩き出したとき、アスがぽつりと呟く。
「人生を見るか……それが明るければ良かったのにな、」
「アス?どうしたの〜?」
少し離れた場所でエルが声をかける。
アスは肩をすくめ、すぐさま何事もなかったように誤魔化した。
そうして俺たちは洞窟を抜け、静かに城へ戻っていった。
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特殊な異空間――魔力が渦を巻き、床も壁も天井も“魔法陣そのもの”のような部屋。
指を鳴らせば空気が震え、椅子や机さえ魔素の糸で編まれた、一部の魔王たちだけの会議室。
「サタン〜、本当に良かったの?
ヴェノム?だっけ?僕は認めてないよ?ヴェイドなんて雑魚中の雑魚じゃん!!」
青髪の少女は、机の端に腰掛けながら足をバタバタさせる。
頬に手をつき、拗ねた子供のような表情
だがその瞳は、王国をいくつも消し飛ばした“破壊神”のものだった。
「まぁまぁ、いいんじゃないか?
君からみてどうだったの?」
隣に座るサタンは、膝を組んで軽く微笑む。
余裕とも退屈ともつかぬその表情は、魔王の中でも最古にして最強の男の貫禄そのものだ。
「……まぁ、悪くはない。
とだけ言っておく」
低い声で答えるのはルシアン。
その瞳は、魔素の光を受けて鋭くきらめく。
バフォメットは彼女の横顔を見るだけで背筋が冷える。
「私もルシアンと同意見です。」
バフォメットはそこで思う。
(なんで、こんなバケモノみたいな人たちの集まりに私がいるんだろうか……)
無理もない。
ここにいるのは――
この世界で最初に魔王となった男・サタン
──誰もが口を揃えて「最強」と言う存在。
その直後に誕生した魔王、破壊神・クレア
──可憐な見た目のまま、数多の王国を笑って滅ぼした少女。
数千年を生きる吸血鬼・ルシアン
──力は二人に引けを取らない、冷たい気配は刃のよう。
人間から信仰を得た“奇妙な魔王”・バフォメット
──自分でもなぜここにいるのか理解できない。
そして、この部屋には――もう一人。
「君はどう捉えている?」
サタンが視線を向けた先に、
いつの間にか座っている緑髪の女がいた。
「ん?ああ……面白そうだよね。
だいぶ楽しめるんじゃない?順調に配下も集めてるみたいだし、、」
緑髪に赤い瞳。
笑っているのに、その笑みの奥がまるで深い穴のように黒い。
戸破心音、突如魔王になった経歴不明の女。
その実力は測れないどころか、何を基準に測ればいいのかすら分からない。
バフォメットは確信していた。
(この人、、一番やばい。)
「なるほど、推薦者は3人……あと一人ってとこか、
俺が推薦してもいいんだけど、気に入らないなら逆にクレアが見に行ってみたらいいんじゃないか?」
サタンが静かに水を向ける。
だがクレアは、頬杖をついたまま、即座に首を横に振った。
「めんどくさい。
まぁ、あえて漁夫ってみてもいいかもね。
隙を見てタイミングいいところで遊び仕掛けてみるよ、配下も含めてね!」
ニッコリと微笑むその姿は、戦場で見れば誰もが死を覚悟するほど残酷で無邪気だ。
(あ、ヴェノム死んだかも……)
バフォメットは心の中でそっと思ってしまった。
魔王たちの怪しい会話は、魔素の渦とともに、夜が明けるまで続いていった。




