第二十九話 赤子
「やぁ!魔王ヴェノム。
俺の名前は、魔王サタン。突然だが、君を正式に魔王に引き入れたいと思うのだが……知っての通り、色々うるさいルールがあってね〜」
深紅の髪をゆるく揺らし、水晶の向こうから姿を映す男は、まるで談笑でもするかのように飄々と告げた。
水晶の内部には薄い霧のような魔力が満ち、サタンの表情を赤く照らしている。
「他の魔王達に言ったら、ブーイングが来たわけで……ヴルドの件もあるし、席も満席。だが、一人君に対して敵意が剥き出しなのがいて、ヴェノムがそれを倒したら、皆認めてくれると思う。
名前は、ヴェイド、ヴルドの兄だ。じゃ、よろしく。」
そう軽く言い残すと、映像は霧のようにふっと消えた。
ん?ヴルドさん?
《厄介だな……》
一旦、整理しよう。
まず魔王になるための条件――以前バフォメットが語っていたとおりなら四つ。
配下を五人以上作る。
これはもうクリア済みだ。
次にランクをSSまで上げる。
今の自分なら、実力的に問題ない範囲。これもクリア。
人間国家を一つ以上落とす。
マルシオン、それに近隣の小国二つ。条件は満たしている。クリア。
最後に、他の魔王四人以上の賛成。
バフォメットは賛成してくれているし、サタンも歓迎ムード。あと二人はどうにかできるとして……。
ただし、、席が十三席、満席。
《俺は適当にこの地に君臨していただけだからな、まともに参加はしていない。》
となれば、誰かを倒して席を空ける必要がある。
それが先ほどサタンが言っていたヴルドの兄、ヴェイドというわけだ。
ヴェイドを倒せば席はひとつ空き、他の魔王たちも正式に認めざるを得ない。
魔王として君臨する道が開く。
ひいては世界を滅ぼす計画に、またひとつ駒が進む。
「ですが、我が君。このヴェイドという魔王、近頃出現した形跡すらありません。」
「え?そうなの、?」
思わず声が漏れる。どうなってんだ?
《知るかあんなやつ、にしても、配下や軍勢の数が凄いと聞いていたが、今いないのか、、バカな奴だな。》
勝ち誇っているような態度だが……兄弟仲はあまり良くないらしい。
いずれにせよ、ヴェイドを探して倒す。
それが今後の方針となった。
――――――――――――――――――――――
二日後。
良い朝だ。
澄んだ空気が城のバルコニーを流れ、遠くの森の香りまで運んでくる。
俺は軽く伸びをしながら、ここ数日の出来事を思い返していた。
庭では、イバラとアテナが何やら乱暴なじゃれ合い
いや、喧嘩をしている。
だが、それすらも今の俺には“平和”に見えた。
――ドゴォォン!
腹に響くほどの轟音が空気を引き裂いた。
衝撃波がバルコニーにまで届き、手すりが震える。
土煙が高く立ち昇り、その向こうに誰かの影が揺れている。
この感じ……新キャラだな。
「よぉよぉ、私の名前はルシアン・クロウリー、吸血鬼であり魔王だ。」
土煙が晴れていく中、白い髪が光を反射しながら靡いた。
銀糸のように美しく整えられた髪、月光を閉じ込めたような肌、そして黄金の瞳。
明らかに只者ではない雰囲気が漂う。
吸血鬼、か。
「えっと、なんか用ですか?」
バルコニーから声を張ると、ルシアンは軽やかに跳躍し、ほとんど風も切らずにこちらへ着地する。
「貴様がサタンの言っていた魔王か、、ふむ、では味見だ。」
そう言うなり、彼女は躊躇なく俺の首に顔を寄せ、牙を当ててきた。
一瞬、冷たい唇が肌をかすめる感触。
だが、すぐに離れて言った。
「美味しくないなぁ……」
「ええ、不味いの?」
「という事で、魔王が来たのでよろしく。」
「ルシアン・クロウリーだ。よろしく頼む。」
俺は配下たちの前で簡潔に紹介した。
吸血鬼です。魔王です。仲良くどうぞ、と。
サマエルは昔からの知り合いらしく落ち着いていたが、アスタロトは明らかに警戒していた。
「お主、惜しいなぁ。顔は悪くないのに耳が怪我をしている、それにあまり美味しくもない。異物が混じっているようだ、全体的に惜しいな、」
ルシアンがため息交じりに嘆く。
いや、絶対ヴルドのせいだろそれ。
「人の主人食べるな、」
アスが鋭い目で睨む。空気がひやりとするほどの圧だ。
「で、あなたは何しに来たんです?」
サマエルが問いかける。
「まぁ、焦るな。サタンに言われてな、新たな魔王が到来すると……どんなやつか見に来ただけだ。」
腕を組み、堂々とした態度で告げる。
「そのために!二、三日ここに滞在することにする。」
「いや、滞在ってこれでも魔王だろ?配下とかどうするの?」
「ん?別に、配下なんて留守番ぐらいできるだろうし、こんな事は慣れているだろう。」
なるほど。
日頃から気ままに暴れまわっているらしい。
それに振り回される配下たち……ご愁傷様だ。
――――――――――――――――――――――
「いやーいい朝だね」
「ほんといい朝だなぁ、」
隣から聞こえる声。
……ルシアンであった。
俺のベッドにもぐりこんで、布団の端を勝手に掴んで寝ていたのだ。
なんなんだこの世界の住人たちは。
「お前な?一体……」
――ドゴォォン!!
またしても轟音。
今度は前回より遠く、地平線の向こうで爆ぜたような音。
新キャラの匂いだ。
音のした方向へ走る。
マルシオンとは反対側、ヴェルデンの森のさらに向こう。
「隕石?」
煙が空へ立ち昇る場所へ近づくと、巨大なクレーターが口を開けていた。
地面は溶け、樹木は根元からなぎ倒され、熱気がまだ残っている。
エルフたちが困惑した様子で周囲を警戒していた。
「あ!魔王様!なにやら、隕石のようなものが……」
ヴェルデンの森に住むエルフたち
今では仲の良い住民たちが、緊張した面持ちで報告してくる。
その後ろから、ルシアンが無言でついて来ていた。
そして、クレーターの中心を見た俺は、思わず声を出した。
「え?」
そこにあった光景が“常識の外”すぎたからだ。
ルシアンも後ろから顔をのぞかせ、こちらの視線の先を見る。
そして、静かに微笑んだ。
「ほほぉ、これは……赤子だな?」
クレーターの真ん中に座り込むようにして、
オレンジ色の鮮やかな髪をした――生まれたばかりの赤ん坊が、泣きもせずじっと空を見上げていた。




