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第十四話 黒犬!そして信頼

「そういえば、主人っち!」

 焔が勢いよく声を上げ、ぱっと俺の目の前に現れた。

 空気が熱を帯びる。まるで焔自身が、瞬間的に炎から具現化したようだった。


 あれ? さっきまで氷を砕いて、「かき氷だ!」なんて蒼とはしゃいでサマエルに怒られて

 なかったっけ?

 額の汗を拭う間もなく、焔は両手を腰に当て、一言。

「何の事だ?」

 とぼけやがった。まぁいい、


「どうした?」

 俺が問いかけると、焔はふわりと身をかがめ、俺の膝の上に座り込んだ。

 その動作があまりにも自然で、拒む暇すらない。体温が一瞬で近づき、膝の上が熱を帯びた。


「あのねあのね、うちの神の友達にそういえばうちらみたいに退屈してた奴がいてさ、」

 身振り手振りを交えて焔が語る。

「アイツ結構強いし、頭いいし顔はいいから配下にしてあげて、」


 どうやら、その“友達”は神々の中でもかなり強い部類に入るらしい。

 だが、他の近隣の神よりほんの少し力が劣るらしく、そのせいでよくマウントを取られているところを焔はよく目撃してたのだとか。


 もし俺の配下になれば――俺が強くなるほどに、配下も強くなる。

 つまり、その神は自らを鍛えるためにも俺の下につくことを望んでいる、というわけか。


 とはいえ……俺の視線は玉座の横へと向かっていった。


 そこには、白い刀が深々と突き刺さっている。

 鍔から刃先まで、雪のように白く、冷たい光を放つ刀身。

 これは前に、獣人族に作ってもらった刀だ。

 だが――問題は、その刀が“忠誠を誓わない”ということ。


 魂が宿っているのか、あるいは意思を持つのか。

 鞘に納まったまま一度も抜けず、触れようものなら拒まれる。

 逃げるように、拒むように、まるで自分に所有されることを嫌がっているかのようだった。


「悪いけど、配下は欲しい。

 でも、一旦自分のことが片付いてからでいいかな?

 その後そいつを呼んでくれ」


 俺がそう言うと、焔はいたずらっぽく笑った。


「でももう来ちゃってるよ。」


「え?」


 その瞬間、空気が変わった。

 ふっと、俺の目の前の空間に黒い影が立ち上がる。


 それは――黒い犬。

 けれど、ただの犬ではなかった。


 黒い毛並みが揺らめきながら膨張し、四肢が伸びる。

 骨格が人のそれへと変化していき、やがて俺と同じくらいの背丈の青年が姿を現した。


 黒い神――そう呼ぶのがふさわしい存在。

 漆黒の耳と、ふわりと揺れる黒い尻尾。

 瞳は暗闇に浮かぶような黄色で、冷たくも鋭い光を宿している。


 褐色の肌にはわずかに青い刺青が覗き、首筋から鎖骨のあたりへかけて神秘的な紋様を描いていた。

 金と黒、そして紫が織り交ざったオーバーサイズのパーカーを羽織り、

 その上から青いフードが見える。


「俺の名前は、アヌビス。

 主人様、その刀俺に任せてください」


 アヌビスはニヤリと唇を歪め、片目だけで俺を見た。

 美形――そう呼ぶしかないほど整った顔立ち。

 長めの黒髪が頬にかかり、まるで少女のような繊細さを纏っているが、声には確かな芯と威圧があり男だとわかる。


 冥界の神――アヌビス。

 死を司る存在が、今、俺の前で白い刀に視線を注いでいた。

 そもそも何でエジプトの神が居るのか、焔の人脈に驚きだ。神脈のほうがいいかな。


 どんな方法で、あの刀をどうにかするつもりなのか。

 その手腕を見てみたくなった。


 アヌビスは歩み寄り、静かに刀の柄を掴む。

 そして――


 力任せに引き抜こうとした。


「……きついな、、主人様、こりゃむずいぞ。」


 筋肉が軋む音が聞こえるほどに力を込めるが、刀はびくともしない。

 その様子に俺は思わずため息をついた。


「普通に抜こうとするな。無理だから……」

 俺はアヌビスの肩を軽く叩いた。

 アヌビスは苦笑いしながら手を離す。


 ――こうして、あっけなく10人目の配下が出来てしまった。

 まぁ、悪くない展開だ。


 ――――――――――――――――――――――


「……なぁ、お前ほんとに持たせてくれないのか?」


 夕焼けが城の裏庭を紅く染める。風が草を撫で、遠くでカラスが鳴いた。

 俺はその真ん中で、自分の刀――魔刃蒼白星を地面に突き立てたまま見つめていた。

 刃からは淡い光が漏れ、冷たい気配を放っている。だが、俺が柄に手をかけても、まるで拒絶するようにびくともしない。


 何度試しても同じだった。たまに、かすかに持ち上がる瞬間があるが、鞘からは絶対に抜けない。


「……反応なしか、」


 ため息を吐くと、頭の中に低い声が響いた。


 《滑稽だな……》


「おい、言うな。」


 思わず睨みつける。ヴルドの無駄口が、いちいち神経を逆なでする。


 そんなとき――裏庭の門がギィと開く音がした。


「ライバル降臨〜」


 聞き慣れた軽薄な声。振り返ると、蒼いマント羽織った男がひょいと現れる。

 聖騎士の1人ダークである。

 相変わらずの飄々とした笑みを浮かべ、手をひらひらと振っていた。


「やぁやぁ、元気かい?

 騎士たちが帰って来ないんだけど、もしかして……」


「殺したよ〜」


「あらま」


 まるで世間話だ。聖騎士と魔王の会話とは思えない。


 彼は以前の戦いのあと、時々こうして俺のもとに現れる。

 どうやら俺と戦って勝つために、修行の一環、トレーニングとしてここに訪れているらしい。


 そして今、この状況――

 もしかすると、努力家のこいつなら何か良い手を知っているかもしれないと思った。


「なぁ、ダーク。

 俺の刀さ、俺のこと認めてくれなくて鞘すら開かないんだ。良い手はないか?」


 俺が真面目にそう訊くと、ダークは一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。


「そうか!君でも出来ないことがあるのか!

 そうだね〜、才能だよりの君にはむりかな?」


 ……あれ?こんなにうざかったっけ?

 以前はもう少し落ち着いた奴だった気がする。

 まあ、仲が少し縮まってきたせいで素が出てきたんだろう。


「真面目に聞いてるんだが?」


「ごめんごめん。まぁ、自分の武器は相棒だからね。

 どちらかが壊れて使い物にならなくなるまで使う事になる。

 人の方が先にそうなったら、武器をその人が信頼してる人に託したりもできるよね……」


 ダークは空を見上げながら呟いた。

 落ち着いた声だった。日差しが蒼髪を照らし、ダークの顔が鮮明に見える。


「つまりさ、武器ってのはその人の1番の信用できる仲間であり、

 持ち主であるその人の意思でもある。

 その気持ちで、真正面からきちんとぶつかればいいんじゃないか?」


「なるほど……お前案外考えてるんだな、」


「撃ち落とすよ?」


 互いに笑い合う。

 その後も他愛のない話をしながら、30分ほど裏庭で談笑した。

 やがてダークはいつものようにマルシオンへ帰っていった。


 ――静寂が戻る。


 俺は深呼吸を一つして、改めて蒼白星の前に立った。


 今度は、ただの“武器”としてではなく、“相棒”として向き合う。

 自分の延長線上にある存在として。

 共に歩み、信じ、戦う者として。


 心の中でそう念じながら、ゆっくりとしゃがみ込む。

 手を伸ばした、その瞬間――


 蒼白星がふっと浮かび上がった。

 空気が震える。鞘が勝手に滑るように開き、白銀の刃が光を放ちながら俺の手元に飛び込んできた。


「え?」


 目を見開く俺。手の中で、刀が柔らかく鼓動しているように感じた。


 《なんだ、出来てしまったのか……》


 ヴルドの声が、少しだけ呆れ混じりだった。


 ――これは、認められたのか?


 確かに今、刃は俺を拒まなかった。

 ダークの言葉のとおり、意識を変えただけでこんなにも違うのか。


 胸の奥が温かくなる。

 これで正式に、俺の武器ができた。

 いや――俺の“相棒”だ。


 持てたということは、信頼を得たということ。

 この刃が俺を信じてくれたように、俺もこいつを信じよう。


「よろしくね、蒼白星。」


 夕風が吹き、白い刃が淡く光った。

 まるでその言葉に応えるように――。


 こうして、俺の“本当の武器”が誕生したのだった。

アヌビスを調べるまで、アヌビスは猫かと思ってました。

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