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第十話 聖域

 スライムが爆ぜた。


「うわあ!!」

 アスが慌てて駆け寄る。

 一瞬の衝撃のあと、どろりとした半透明の液体が周囲一帯に飛び散り、床も壁も天井も、まるで粘膜に覆われたような状態になった。

 かつての静寂は消え、あたり一面がネバつく音で満たされる。

 立っているだけで靴の底にまとわりつく感触がする。

 まるで道端で落ちていたガムを踏んでしまったぐらいに、


 ……どうやら、俺の周りは汚れることが多いみたいだ。


「これは、なんで爆散したんだ?」

 自分でも驚くほど冷静な声が出た。


 《このスライム、少しおかしいと思っていたが、やはりな。コイツ魔力を少しずつ吸っていたんだな。

 多分、森の中でも比較的城の近くにいたんだろう。魔王の魔力を多く吸ったから、突然変異したんだろう。》


 ヴルドの声が頭の奥に響く。

 なるほど、そういうことか。

 魔力を吸いすぎて突然変異したスライムだったようだ。


「ということは、コイツが多くのものを吸い込んだりするのは、普通のスライムには出来ないのか。」

 自分に言い聞かせるように呟く。


「じゃあ、なんで爆散したんだ?容量不足?」

 そう言いながら、俺は目の前のアスを見る。


 彼女は膝をつき、両腕でスライムの残骸を抱きしめていた。

 スライムが彼女の髪に貼りついている。

 淡く光る粘液が滴り落ち、まるで命の残り香のように震えていた。


 ――その時、ふと、思った。


 コイツ、魔力が多すぎて自分の身体じゃ耐えきれなかったんじゃないか?

 容量のキャパオーバーではなく、魔力のキャパオーバー。


 試しに視界に魔力感知を浮かべてみる。

 次の瞬間、視界が白く焼けた。

 とんでもない反応――なんとシドウに匹敵するほどの魔力量。


「となると、アス。多分そのスライム、、治せるよ。」

 俺がそう告げると、アスが目を潤ませたまま俺に抱きつく。


 柔らかくて、ちょっと冷たい感触。

 そして、ベタベタする。

 その瞬間、アテナまでが何故か俺の腕に飛び込んできた。


 ……意味がわからん。


「ていうか、アスは未来見えるんだからスライムのこと分からなかったのか?」

「別になんでも見えたら面白くないでしょ?未来はやばい時にしか見ないの。」


 俺の人生は見たくせに。

 内心でそう毒づきながらも、俺は息を吐いた。


 そういう事で、俺はアスにスライムの事を話した。

「依代がないとダメってことか、、」

 アスが腕を組み、少しだけ眉を寄せる。

 沈黙。

 魔力のキャパオーバーなら、容量を増やせばいい。幸いスライムなので、くっつけようとすれば勝手にくっつくだろう。

 そのためには、依代がいる。


 そして出た答えが――依代を探しに行くこと。

 ただの魔石ではない。

 このスライムが耐えられるほどの、上位の魔力を宿す器が要る。


「ここからかなりの距離がありますが、神威(かむい)と呼ばれる聖域都市があります。」

 サマエルが口を開いた。

 その声音は静かだが、確信に満ちていた。

「そこの山には古代の神が眠っているという伝承が古くからありますので、そこに行けば強大な魔力の依代ぐらいあると思いますよ。」


 微笑むサマエル。

 その笑みに、何千年という知識の重みが滲んでいた。

 ――流石、歴戦の賢者。


「そこに行こう。アス、念のため俺も行くよ。」

 親友が落ち込んでいる状態だと、俺もなんか気まずいしね。

 俺だって、前世で子供の時飼っていた金魚が死んだ時はショックだったし、気持ちは少し分かる。

 金魚ですけどね。

 俺がそう言うと、アテナが勢いよくくっついてくる。


「主人様!あたしも行く!」


 おっと、?


「は?ダメだよ。ライトは僕と行くから、、」


 ……おいおい、後ろで飛び散ったスライムをバケツで回収してるサマエルを見習えよ。

 冷静さという概念を知ってほしい。


「......シドウ、しばらくここを離れる。数日で戻ると思うけど、ここ任していいか? 一応騎士達滅ぼしてめんどくさい今だけど、」

 俺が声をかけると、シドウは短く笑った。


「わかりました。気をつけて行ってください。」


 ……あら、何このイケメン?


 ということで、俺たちはここから飛行を使っても2日は掛かる聖域《神威》という街を目指すことになった。


 お留守番は、シドウ、イバラ、サマエル、そして眠りについたスライムくん。

 行くのは俺、アス、アテナ。

 それに、飛行担当としてクロ――黒竜モードを連れていく。


 ――――――――――――――――――――――


 次の日。


 城の前の大地に立つと、クロが唸り声をあげた。

 その身体が黒い霧をまとい、瞬く間に本来の竜の姿へと変わる。

 光を吸い込むような漆黒の鱗、圧倒的な存在感。


 俺たちはその背に跨った。

 朝日の中、城の塔が遠くで光を反射している。


「じゃあ、しばらく頼んだ。」

「ああ、任せてください。」

 シドウが微笑む。


「主人様!お土産待ってるっす!」

「お気をつけて……」


 イバラとサマエルが静かに頭を下げた。

 そして、クロが大きく羽を広げ――


 轟音と共に、俺たちは空へと舞い上がった。

 聖域《神威》へ向けて


「ここから2日かけるのか?」

 クロの背で、アスが風を切る声の中で叫ぶ。

「いや、普通の飛行で2日だからな………

 うちのクロはもっと速い。クロ、全速力…」

「了解!スピード上げま〜す!」


 あ、嫌な予感……


 次の瞬間、景色が線になった。

 空気が顔を切り裂くような速さで流れ、視界が霞む。

「うおお!

 主人様!速すぎる!」

 アテナの悲鳴が風にかき消される。

 身体が浮き上がる感覚。その時、アテナが振り落とされそうになるが、

 俺は咄嗟にアテナの腕を掴み、なんとか振り落とされるのを防ぐ。

 アスが必死にクロの首筋を叩きながら操縦を試みる。

「速い!ばか!」


 結果――俺たちはわずか半日で神威上空に到達した。

 だがその達成感は一瞬で消える。


 突然、目の前が濃い霧に包まれた。

 まるで空が白く塗りつぶされたように、何も見えない。

 おそらく着いていると思うが、全くもって前が見えないのだ。

 俺は周囲を見渡し、霧の向こうに気配を探る。

「クロ、少し高度落とせる?」

「了解、降りま〜す。」


 だが、その時――

「ダメ!」

 アスの声が鋭く響く。


 しかしもう遅かった。

 空を裂くような轟音。

 次の瞬間、眩い閃光が走り、クロの巨体を直撃した。

 爆音と共に黒竜の姿が弾け、光の粒子となって崩れ落ちる。


 俺たちは空中へ投げ出された。

「っち、落ちる!」

 猛烈な風圧の中、思考が鈍る。

 最悪である。


 瞳がクリーム色に輝く。

 世界が、ゆっくりとした。

 風が静止し、雨粒が宙に浮かぶ。

 俺はクロとアテナを抱き寄せ、そのまま地上へと降下し、軽やかに着地する。

 足元の土がふわりと跳ねるだけ。


「え、いつの間に!」

 アテナが目を丸くして俺を見上げる。

 俺は平然とした顔で彼女の肩を離した。

 そのすぐ横で、アスは何事もなかったかのように膝を曲げて着地していた。

「主人、能力なんなの?」

「お前も秘密にしてるから俺も秘密。」

 アスが口を噤む。俺は指先で前方を指した。


 霧の向こうに、気配が二つ。


「なんか来るぞ。」


 靄の中から、二つの影が現れた。

 どちらも背丈は子供ほど。

 一人は赤い狐の面を、もう一人は青い狐の面をかぶっている。

 二人は小さな手をしっかりと繋ぎ、こちらを見据えていた。


「「あなた達は悪い人……敵。」」


 透き通るような声が、静かな森に響く。

 その背後に漂う魔力の波動が、空気を震わせた。

 間違いない。さっきの落雷――あれはこの二人の仕業だ。


 俺はその圧倒的な力を肌で感じながら、口角を上げる。

「……ぜひ配下にしたいな、」

 思わず漏れた本音に、アスが呆れたように肩をすくめた。

「こんな時まで?」


 気づけば霧はさらに濃く、風は静止したまま。

 空気が張りつめている。

 俺たちは警戒しつつも、二人の小さな狐面の正体を確かめようと、ゆっくりと歩み寄るのだった……

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