プロローグ(また始まった婚約破棄)
キラキラと光の雨を落とすシャンデリア。
豪華絢爛なドレスを着た女性たち、香水と酒の入り混じった香りの空間。
何を話しているかは分からないのに、絶え間なく聞こえてくるお喋りの声とクスクスと控えめな笑い声。
私はこの空間をよく知っている。
強く名前を呼ばれれば、一歩前へと進む。
途端に私を中心に人が波のように引き、私は、名を呼んだ人物ーーレオン・フォン・シュトラール王太子殿下を見やる。
「公爵令嬢ミレーネ・フォン・ルクレール! 貴様との婚約は、今この場をもって破棄する!」
王宮の大広間に、王太子であるレオンの声が響き渡る。
何秒かの静寂のあと、周囲からはひそひそと「やっぱり」「あの女は悪役令嬢だったのね!」という声が聞こえてくる。
(……またこの場面。101回目のループが始まったわけね)
私、ミレーネ・フォン・ルクレールは既にこの展開を100回経験していた。
正確にはこの数年前であったり、数ヶ月前であったりと様々な地点からループは始まるのだが、どんな展開を送ってもこのパーティーの場は必ずやってきてしまうのだ。
だから私は、このパーティーの場をひとつの起点と呼んでいる。
この言葉が始まると、まもなく偽の聖女リリスが王太子レオンの後ろから、恐る恐るといった様子で現れ、こう言うのだ。
「わたし……わたし、ミレーネ様に虐められていましたの……」
小動物のように可愛らしい潤んだ瞳から、一筋の涙が流れると、リリスはレオン殿下に縋り付くように身体を預け、またレオン殿下もそれを受け止めるように強く抱きしめた。
最初はこの光景を見るのが辛くて堪らなかったが、101回目ともなると、ふわふわの長い金髪の華奢な少女が涙を流しながら抱きついてきたら、それは男なら抱きしめ返すだろうなという気持ちにすらなってきた。ただのいち貴族であれば、それも許されたであろう。
しかし、王太子である彼にだけは、それは許されないのだ。
「ミレーネ……幼き頃からずっと信じていたのに!裏で聖女を虐めるなど、なんたる性悪女なのだ……! リリス、すまない、気づくのが遅れてしまって。今までさぞ辛かったであろう」
「ううん、いいんです。殿下がわたしのことを信じてくださって嬉しい……」
「聞いておるか、ミレーネ!貴様とは婚約破棄だ!」
私は冷静に辺りを見渡した。
奥のテーブルにある書類の高さ、王宮貴族たちの顔ぶれ、立ち位置、ウェルダンディ伯爵夫人が持っているシャンパングラスの残り……全てが100回目と同じだった。
けれど、私はもう同じ轍を踏まない。
「……婚約破棄、承知しましたわ」
私は王太子レオンを真っ直ぐと見据えて、静かに微笑んだ。
これまでなら……特に最初の数十回は「そんな馬鹿な!」や「リリスは嘘をついているのよ!」と叫ぶか、泣き叫ぶか、怒り狂うかしかできなかった。
しかし、今回は違う。自分が有利に進める準備は既にできているのだから。
「何だ……?」
それは王太子レオンから101回目にしてはじめて聞く言葉だった。
私の態度が予想と違うものだったのだろうか、王太子レオンは戸惑いの表情を見せた。いつもなら、取り乱して処刑される運命だったからだろうか。
「王太子殿下の決定であるならば、従いましょう。ただ、その前に確認しておきたいことがございます」
ミレーネは、用意しておいた”切り札”を取り出した。
それは、リリスが過去に仕組んだ数々の偽証の証拠。王太子の前に、そっと書類を差し出す。
「これは、何のつもりだ?」
「殿下、これは私の無実を証明する書類です。あなたが偽聖女の嘘に踊らされていることを示す証拠でもあります」
王太子の表情が固まる。
リリスが青ざめる。
貴族たちがざわめく中、私、ミレーネ・フォン・ルクレールは静かに宣言した。
「さあ、今度は誰が悪役かしら?」
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