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7.秘められていた事実

 その日の放課後、恋乃丞は約束通り生徒会室へと足を運んだ。

 ところがどういう訳か怜奈と、更には陽香までが一緒になって付いてきた。


「……いや、呼ばれたの俺だけなんやけど」

「え? 別に良いじゃない。きっとあの事故に関しての話だと思うから、あたしも居た方が何かと都合が良いんじゃないかな?」


 確かに、怜奈のいうことには一理ある。であれば、彼女の同伴はまだ理由があるだろう。

 問題は陽香の方だ。

 今、恋乃丞の人生の中で最も一緒に居たくない相手だ。そんな彼女が何故、当たり前の様に恋乃丞の隣に居るのか。

 別に陽香のことが嫌いという訳ではない。ただ兎に角も彼女への罪悪感が半端無い為、心が痛くて痛くて仕方が無かった。

 ところが陽香は、恋乃丞の気まずさなどまるで知らぬ存ぜぬといった調子で、さらりと応じた。


「何でって……私一応、生徒会の二年代表役員なんだけど」


 その瞬間、恋乃丞はぎょっとしてしまった。

 そういうことならば、陽香が生徒会室に足を運ぶのは何ら不思議ではない。が、何もよりによって、恋乃丞が隆太郎に呼び出された時にまで一緒についてこなくても、とは思う。

 或いはこの機を活かして、陽香は恋乃丞に何かの復讐を果たそうとでもいうのだろうか。

 ともあれ、異様な緊張感を孕みながら生徒会室の扉を開いた恋乃丞。

 室内には隆太郎と美夏の他に、何人かの顔ぶれが揃っていた。彼らは一様に立ち上がって恋乃丞に感謝の意を述べながら、それぞれが自己紹介の口上を並べていった。

 どうやらこの部屋で待っていたのは、全員が生徒会役員だった様だ。陽香だけは恋乃丞の付き添いという形でひとり遅れて来着した格好だが、ともあれこれで全役員が揃ったことになる。

 そうして恋乃丞と怜奈はそれぞれ席を与えられ、陽香は本来の二年生代表席へと腰を落ち着けた。


「さて、早速なんだけど、ひとつ確認させて欲しい……笠貫君が例の事故で、そちらの綾坂さんを助けた事実を伏せているのは、笠貫君自身の意思に依るものと推察しているんだけど、間違いないだろうか?」


 隆太郎がいきなり、鋭いところを衝いてきた。

 こうも簡単に見破られたことに多少の驚きを覚えてしまった恋乃丞だが、しかしここで嘘をついても意味が無いと判断し、その通りですと静かに頷き返した。

 しかし問題は、ここからであった。


「それは、どうして?」


 突っ込んできたのは、美夏だった。

 この鋭利な刃物を思わせる鋭い切り口に、恋乃丞は押し黙ってしまった。問いを発したクールビューティーの静かな眼光は、抗い難い空気感を醸し出している。

 何とも答えにくい追及に答えられず、しばらく沈黙を貫いていた恋乃丞だったが、ここで一番、口を挟んで欲しくない人物が声を上げた。

 陽香だった。


「ねぇ恋君……もしかしてまだ、あの時のこと、引き摺ってるの?」


 恋乃丞は渋い表情を浮かべた。こんなところで例の話題を持ち出すのかと、陽香の真意を疑った。

 ところが陽香は、どうやら本気らしい。

 そんなプライベートなことを何もわざわざこんなところで持ち出さなくても――恋乃丞は陽香から視線を外して、ひたすら苦り切っていた。


「いいたくないなら、私から話すね……恋君は嫌かも知れないけど、私にとっても大事なことだから、今だけは我慢して……お願いだから」


 懇願する様な調子でそこまでいわれてしまっては、恋乃丞も黙るしかない。

 そもそも陽香に辛い思いをさせてしまったのは全て、恋乃丞自身の責任なのだ。それなのに陽香の思いをここで遮るなど、出来よう筈も無い。

 ならば、恋乃丞は腹を括るしかない。彼は黙って、陽香に頷き返した。


「ありがとう恋君……では皆さん、今から私がお話することは、他言無用でお願いします」


 陽香の意を決した様子に、生徒会室内の他の面々は神妙な面持ちで静かに頷き返した。

 ここから先は、恋乃丞自身が誰よりもよく知っている話だった。

 まず陽香は、自身と恋乃丞が幼馴染みであり、幼少の頃から非常に仲が良かったところから話し始めた。

 ふたりの関係を知る者は恋乃丞自身と陽香以外には居なかったのだろう、他の面々は心底驚いた様子を見せていた。

 が、穏やかな話もすぐに終わり、陽香の語りは例の事件――彼女が中学二年生の頃に、ひとつ年上の先輩が告白してきたところへと差し掛かる。

 そして、その先輩をストーカーだと勘違いした恋乃丞が叩きのめしたというくだりになったところで、恋乃丞は表情を変えないまま奥歯を噛み締めた。

 実際、陽香はその先輩から告白される数週間前からストーカー被害に遭っていた。

 それに符合するかの如く、件の先輩からの告白。恋乃丞は自身の調査結果から、何の迷いも無くその先輩こそがストーカーだと断じた。

 だが、結果は違った。ストーカーは別に居た。

 そしてこのことが、恋乃丞と陽香の間に溝を作る切っ掛けとなった。

 陽香はその先輩に対し、以前から良いカンジの男性だと思っていたから、恋乃丞の暴挙に激怒し、以降、彼とは一切口を利かなくなった。

 対する恋乃丞も陽香への罪悪感から、彼女の前にはなるべく姿を見せない様に努める様になった。

 それから三年、未だにふたりはお互いの溝を埋められないまま現在に至っている。

 だがここで、陽香は思わぬひと言を放った。


「確かに当初は私も、恋君に対してずっと怒りを抱いていました。でもそれが間違いだと分かったのは、中学を卒業した後でした」


 恋乃丞は、それまで逸らしていた視線を陽香に戻した。そんな話はついぞ聞いたことが無い。

 一体彼女は、何を語ろうとしているのだろうか。


「実は、例のストーカーに指示を出していたのは、その先輩だったんです。彼は後輩にストーカー行為をさせて私を怖がらせ、そして告白してからそのストーカーを退治するという狂言を演ずることで、私からOKの返事を引き出そうとしていたらしいんです……だから、結果的に恋君の判断は間違っていなかったということになります……恋君は本気で私を守ろうとしてくれた。なのに私は、恋君のそんな必死の思いを踏みにじってしまった……最低の女なんです」


 恋乃丞は愕然としたまま、何もいえずに凝り固まってしまった。

 その一方で、陽香の声は涙に震えていた。

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