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46.初夏の、とある風景

 日々の暑さが増してきている。

 クラス内では高校生になって二度目の夏休みを一カ月後に控え、そろそろ予定を立て始めている者も少なくない。

 その前に期末テストが控えている訳だが、中間テストで学年二位の成績を叩き出した恋乃丞にしてみれば、これは然程の問題でもなかった。

 ところが笠貫組の他の面々にとっては、これはどうやら目を瞑って良い問題では無いらしい。

 特に赤点を連発していた俊之は中間テスト終了後に補講の嵐に見舞われたとのことで、このままいけば期末テスト後の試験休みも安穏とはしていられないという話だった。


「笠貫君はどうせ期末も余裕なんだろうね~……ところでさ、夏休みはどっか遊びに行くの?」


 昼休み、恋乃丞席の前席に陣取って弁当を広げている怜奈が何とは無しに覗き込んできた。

 すると何故か当たり前の様に恋乃丞のすぐ後ろの席でサンドイッチを頬張っている優卯が、矢張り同じく恋乃丞の横顔を舐める様に見つめてくる。

 実は優卯、物凄い押せ押せの勢いで笠貫組に入れろと猛アタックしてきたらしく、折れた俊之がグループチャットに彼女を招待してしまったとの由。

 怜奈や麻奈美からは非難轟々だったが、入ってしまったものは仕方が無い。恋乃丞からも拒絶の言葉は出て来なかった為、怜奈も麻奈美も優卯の合流を呑まざるを得なかった様だ。

 しかしそれ以上に衝撃が強かったのは、陽香の笠貫組入りだった。

 勿論、今までのグループは依然として残したままではあるが、陽香が改めて笠貫組のグループチャットに加入したことで、事実上このクラスに於ける最強ランクに笠貫組の名が君臨することとなった。

 こうなると他の男子女子も笠貫組にこぞって加入を求めてくる可能性もあったのだが、そこは恋乃丞の不愛想な死人面と、優卯のビッチ感満載な色気がそれぞれ男子と女子に一種のハードルを設ける格好となり、グループチャットへの加入申請殺到という様な事態には、意外と陥ることはなかった。


「でも恋君、いつもは山奥に籠もるんじゃなかったっけ?」


 隣の席で弁当箱を箸先でつついている陽香が、思い出した様に小首を傾げた。

 怜奈と優卯はぎょっとした表情で、恋乃丞を挟む格好で顔を見合わせている。陽香のひと言が余程に衝撃的だったのだろうか。


「え、何それ、山籠もりって……何かの修行?」

「うん、まぁ、そんな感じ」


 怜奈に頷き返しながら、去年までの鍛錬を思い出していた恋乃丞。

 我天月心流の皆伝級取得までには、年に数度、日数を纏めての山籠もり修練が必須とされている。しかし昨年末に無事に皆伝級を獲得した恋乃丞は、実はもう山籠もり修練は免除されている。

 その為、今年の夏休みはすっかり暇となってしまったのだが、その事実を口にしてしまうと優卯辺りが遊べだ付き合えだと五月蠅く迫ってくることが予想された為、敢えて黙っていた。


「今年もまた、それやるの?」

「いや、どうやろう……」


 改めて陽香に訊かれ、恋乃丞は言葉を濁した。事実は伏せていたものの、しかし嘘をつくのは、それはそれで何となく後ろめたい気がした。

 となると当然とばかりに、優卯が食いついてきた。


「んじゃ、どっか遊びに行かない?」

「あ、垣内さん。抜け駆けは駄目だからね」


 怜奈が釘を刺すと、優卯はあからさまに残念そうな面持ちで唇を尖らせた。その仕草が男子の間では余りにエロ過ぎるとして、変な注目を集めていた。


「山籠もりする高校生かぁ……ブサマッチョの新しいネタになるかも」


 陽香が座っている席のすぐ後ろで、智佐が相変わらずのふんわりした笑顔を覗かせた。

 彼女は文芸クラスタのオフ会当日に生じた事件を受けて、随分と塞ぎ込んだ時期を過ごしていたこともあったのだが、最近はこうして再び、あの柔らかい笑顔を見せる様になっていた。

 智佐のこの復活には、浩太の貢献が大きく寄与している。

 彼は毎日の様に智佐を元気づけ、励ましの声をかけ続けた。最初の内は反応が薄かった智佐も、次第に笑顔を見せる様になり、今ではすっかり以前の穏やかな明るさを取り戻す様になっていた。

 勿論、未だ心の内には多少の打撃は残っているかも知れない。しかしその辛さを面に出さない程度には、彼女の心が回復してきたと見て良さそうだった。


(小倉もホンマによう頑張ったよな……)


 智佐と机を並べて一緒に昼食を取っている浩太も、一時は悲壮な空気を漂わせて智佐の復活に心血を注いでいたのだが、今は彼も翳を見せることは無く、智佐と並んで笑顔を覗かせている。

 いずれ浩太が智佐に告白する日も近い筈だと勝手に予想している恋乃丞だが、それがいつになるのかは、当人達次第だろう。


「夏っていえばさぁ、来週から体育でプール始まるね……で、今思ったんだけど、カサヌキの筋肉って、去年は全然話題になんなかったよねぇ? プールの授業ん時、どしてたの?」


 優卯がふとそんな疑問をぶつけてきた。

 他の面々も、確かにそうだといわんばかりに不思議そうな目線を流してくる。

 これに対し恋乃丞は、全部ズル休みしたと正直に白状した。


「筋肉なんぞで下手に目立ってしもたら、陽香の視界の邪魔になる思うてたからな……」


 それ故、去年までは体育の通常授業の際でも常にジャージ上下を着用し続けた。制服が夏服期間を迎えても、上着のジャケットこそは脱いだがワイシャツは長袖で通した。

 その努力の甲斐あって、恋乃丞の存在は常に陰の中に隠れ続けることが出来た。

 恋乃丞自身は、こんな筋肉程度で大騒ぎになることは無いと思ってはいたものの、少しでも陽香の視界に紛れ込んでしまう要素となり得る以上は、徹底して隠す必要があると考えていた訳だ。

 すると、陽香が箸を持つ手を止めて心底申し訳無さそうな顔を恋乃丞に向けた。


「そうだったんだ……御免ね、恋君。何か私、色んなところで凄く迷惑かけちゃってた……」

「いやまぁ、過ぎたことやから別にエエけど」


 小さく肩を竦めた恋乃丞だが、前後から期待の眼差しを叩きつけてくる怜奈と優卯には幾分閉口した。


「じゃあ、今年は合法的に笠貫君の筋肉が見放題ってな訳ね」

「やだぁもぅ……授業中にアソコ濡れちゃったら、どうしてくれんのよぉ」


 にやけるふたりの美女に、恋乃丞はアホなこというなと渋面を返した。

 一方、陽香は物凄く複雑そうな表情。

 恋乃丞のイケメンマッチョぶりが校内に広く知れ渡ることで、彼の周りに多くのひとだかりが出来てしまうのではという妙な不安を口にした陽香。


「何ていうかね、推しのインディーズがメジャーデビューして、遠くに行っちゃったっていうか、今まで手が届くところに居てくれたのに、急に距離が空いちゃうっていうか……そんな感じがしない?」

「読モで売れてる御仁がいう台詞ちゃうやろ、それ」


 恋乃丞がすかさず反撃に出ると、


「それとこれとは、話が別なのよ恋君」


 などと、妙な論法で返してきた陽香。

 正直、彼女が何をいっているのか全然理解出来なかった。

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