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4.居ない筈の友人

 入院は一週間程も続いたが、その間、毎日の様に怜奈が見舞いに訪れた。


「笠貫君、あの時は本当に、ありがとうね」


 彼女は見舞いに訪れる度に、そうやって礼の言葉を口にし続けていた。

 恋乃丞は学校に居る時と同じ様に死んだ魚の如き視線を返し、もうそんな気にせんでくれと、こちらも毎回の様に同じ台詞を口にしている。


「うぅん、そんなの無理だよ……笠貫君はあたしの命、助けてくれたんだもん」


 怜奈はハニーブラウンの艶やかなミディアムボブを揺らして、静かにかぶりを振った。

 彼女は誰が見ても息を呑む程の、素晴らしく顔立ちの整った美少女だ。

 そんな女性が自分などの為に時間を浪費してしまうのは、本当に申し訳無い。恋乃丞はベッドに横たわりながら、胃が痛む様な感覚に苛まれ続けた。


(拙いなぁこれ……変な方向に話広がってのうたらエエんやけど……)


 怜奈の様な美人が、恋乃丞の如き根暗なぼっち野郎の為に毎日足繁く見舞いに訪れるなど、絶対変な噂の種になる。もうそれが心配で心配でならなかった。

 退院が間近に迫った日、恋乃丞は遂に、迷惑を掛けたくないからもう来なくて良いという意味の台詞を口にすると、怜奈は絶対嫌だと強い感情を露わにして拒絶した。


「周りがどんな風に見るかなんて、関係無いよ。あたしは、あたしが来たいから、ここに居るだけ。笠貫君は全然、気にしなくて良いんだからね」


 艶然と微笑む怜奈に、しかし恋乃丞は死人の様な顔で冷めた視線を返した。


(あんたは良くても、俺が困るんやて……)


 だが、いっても聞いてくれそうにはなかった。

 そうこうするうちに、いよいよ退院の日を迎えた。

 恋乃丞は父親の運転する車に揺られて自宅へと戻り、久々の我が家でゆっくりすることが出来た。

 ところが、一週間以上ぶりに起動したパソコンで学内用SNSを起動すると、妙な通知が届いていることに気付いた。

 そもそもこの学内用SNSは、連絡事項のやり取り程度にしか使ったことが無い。

 恋乃丞以外の生徒らの間ではコミュニケーションツールとして大いに活用されているらしいのだが、恋乃丞はこれまで一度もクラスのグループチャットに参加したことは無かったし、誰とも直接のチャットを繋いだことは無い。

 なのに、この得体の知れぬ通知は一体、何なのだろう。

 恋乃丞は訝しみながら通知履歴一覧を開き、そして思わず眉間に皺を寄せた。

 誰かから何かのメッセージが届いているのだが、差出人が不明だ。

 厳密にいえば、IDは分かる。

 だが、そのIDと紐づく生徒情報がアカウント上に何も記載されていない為、誰からのメッセージなのかが全く以て不明だった。

 流石に気味が悪くなってきた。恋乃丞は何も見なかったことにした。


(何で俺なんかに構うねん……んなことされたら、陽香の目と耳に入ってまうやろが)


 恋乃丞は腹の底でぶつぶつ文句を垂れながら、パソコンをシャットダウンした。

 しかしそれにしても、気分が重い。

 クラスの連中が、あの救出劇を契機に態度を変えてくる可能性は十分にあり得る。

 怜奈は、あれ程の美人だ。その彼女が恋乃丞を気に掛けることによって、怜奈を取られまいとする男子共が、敵意を剥き出しにしてくることもあるのではないか。


(頼むから、余計なことだけはすんなよ……)


 恋乃丞は自室でひとり、盛大な溜息を漏らした。

 怜奈を救ったことは後悔していないが、この後に待ち受けているであろう諸々の面倒な事態を考えると、どうしても気分が重くなってしまった。


◆ ◇ ◆


 そして、退院後の最初の平日。

 恋乃丞は久々に制服に着替えようとしたものの、左手甲や右肘に未だに走る痛みの為に悪戦苦闘した。

 それでも何とか着替え終え、朝食を済ませてそろそろ家を出ようかと準備し始めた頃になって、不意に呼び鈴が鳴った。

 母親が、友達が玄関前に来ているだの何だの、よく分からない声を一階から投げかけてきた。


(俺に友達なんて()らへんちゅうに……)


 内心でぼやきながら、それでも早く行けと急かす母親に追い出される様にして玄関の外へ出ると、何故かそこに、居る筈の無い顔が当たり前の様に佇んでいた。

 怜奈だった。


「えっと綾坂さん……こんな時間に、うちの前で何してるんやろね」

「迎えに来たに決まってるじゃない。さ、ガッコ行こ?」


 その瞬間、いつもの生気の無い顔が更に死にそうな表情へと変わってゆくのが、自分でも分かった。

 一体何を考えているのかと、怜奈に懇々と問い続けたい心境ではあったが、しかしここでそんなことをしていると登校に間に合わなくなる。

 恋乃丞は仕方なく、通学鞄を背負って家を出た。道すがら、どういうつもりなのかと訊くしかない。

 ところが恋乃丞が怜奈を問いただすよりも先に、彼女の方から明るい笑顔で問いかける声を飛ばしてきた。


「あ、あのさ……笠貫君って何か格闘技、やってるの?」


 曰く、怜奈を救った時に恋乃丞が見せた数々の技が、余りにスピーディーで、当たり前の様に次々と繰り出されたことから、きっとそうなんじゃないかと思っていたとの由。

 これに対し恋乃丞は、似た様なものは身につけていると適当に言葉を濁した。暗殺拳として伝承されている古式殺闘術を修練していますなどとは、簡単にいえる内容ではなかった。

 逆に恋乃丞は、クラスで自分の話題が変に取り沙汰されていないかを訊いた。すると怜奈は、


「う~ん……あたしが無事だったことには色々と声かけて貰えてるけど、笠貫君のことはどうだろ?」


 と、若干不満そうな面持ちで小首を傾げている。

 これは恋乃丞にとっては朗報だ。クラスの連中は存在感の強い怜奈に対してのみ、意識を向けている。彼女を助けたのが誰なのかという点は恐らく眼中に無いのだろう。

 と、ここで恋乃丞はふと別の点が気になった。


「そいやぁ、何で俺ん家の場所、分かったんよ」

「あー、それならね、陽香ちゃんに教えて貰ったの」


 その瞬間、恋乃丞は頭の中に幾つもの疑問符が浮かんだ。

 何故そこで陽香が登場してくるのか。

 その意味が分からなかった。

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