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39.その言葉の意味

 陽香のいわんとしていることが、恋乃丞には今ひとつ分からない。

 結局彼女は、何を伝えようとしているのか。


(まぁ、こいつがさっき喋ったことに偽りは無さそうやけど……)


 恋乃丞をブサメンだと罵ったこと、陽香の初恋を台無しにしたこと。

 これらはいずれも、真実ではなかった。つまり、恋乃丞がこれまで気に病んでいたことは全て、結果的に嘘から出た(まこと)に近い状態だったに過ぎない。

 そこまでは理解出来た。

 それらを踏まえて、陽香が何を伝えようとしてわざわざ恋乃丞を呼び出したのか。何か真意がある筈だ。

 すると陽香はブランコから立ち上がり、恋乃丞の前に立った。

 すっぴんに近い顔だが、それでも矢張り綺麗だ。幼い頃から見慣れてきた顔立ちだが、こうして改めて間近から見ると、その美しさには見惚れてしまう程の魔力が秘められている。

 よくぞこれ程の美人と、幼馴染みであったことだ。これは或る意味、奇跡といって良いかも知れない。

 その陽香が、何かをいい淀んでいる。口にして良いものかどうかと悩んでいる様子だった。

 ところがその時、不意にけたたましいメロディーが鳴り始めた。陽香のパーカーのポケットからだった。


「……電話、鳴っとるで」

「あ、うん……そう、だね」


 陽香はスマートフォンを手に取ったものの、何となく躊躇っている表情を覗かせた。が、その直後には応答ボタンをタップし、耳元へ運びながら恋乃丞から少し距離を取った。


「あ、桜庭です……あ、はい、いつもお世話になってます……」


 どうやら、読者モデルの仕事関係の連絡らしい。この時の陽香はすっかりお仕事モードに突入し、きびきびとした態度で回線の向こうの相手に対応していた。

 先程までの、妙にもじもじしてはっきりしない姿とはまるで別人だった。


(スイッチ入ると、あぁも変わるモンか。大したやっちゃな)


 恋乃丞は感心した。矢張り陽香も、大人になってきているという証拠だろう。

 それに比べて、自分はどうか。

 我天月心流を駆使する時だけは闇の顔になり切れている自信はあるが、それ以外ではどうなのだろう。

 そんなことを考えているうちに、電話を終えた陽香が幾分慌てた様子で引き返してきた。


「御免、恋君。私ちょっと、急ぎで戻らないと……」

「別に構へんよ。仕事やねんから」


 恋乃丞もブランコから立ち上がりかけた。が、それよりも早く陽香がすっと身を寄せてきて、いきなり上から覆い被さる様な格好で抱き着いてきた。

 この奇襲には恋乃丞も流石に反応出来ず、そのまま凝り固まってしまった。

 そして陽香は聞き取れるかどうかという微妙な小さい声で、何かを囁いた。と思った次の瞬間には恋乃丞から離れて、はにかんだ笑みを浮かべながら手を振り、そのまま去っていった。

 一方、恋乃丞は半ば呆然と陽香の後姿を見送るのみ。

 いきなり彼女が仕掛けてきた一連の動きに、未だ対応することが出来ていない。


(あいつ……さっきの、何やねん)


 やっと思考が戻ってきた恋乃丞。

 しかし、陽香が与えた衝撃は未だに彼の脳内を激しく殴打している。

 つい数分前、陽香は確かに、恋乃丞の耳元でこう囁いた。


「……好き」


 消え入る様な声ではあったが、しかしはっきりと響いた。恋乃丞が決して抱いてはならぬと己に誓っていた感情を、まさか陽香の方から投げかけてくるとは思っても見なかった。

 だが、ここで浮かれてはならない。


(俺の一方的な勘違いって線もあるからな)


 陽香が示した好意は、ブサメン判定や初恋問題への負の感情を覆す為の、いわば中和剤――これで漸く、感情的にフラットな線に立つことが出来たという意思表示に過ぎないとも取れる。

 兎に角、焦りは禁物だ。


(一旦、落ち着こか。あいつの『好き』は、アテにはならんところもあるからな)


 男として好きだというのではなく、幼馴染みとして、或いは友達として、人間的に好ましいという意味合いで放った言葉である可能性も十分あり得る。

 ここで変に調子に乗って、じゃあ付き合いましょうなどと口にすれば、相手にドン引きされるかも知れない。そうなれば、ただのキモい根暗野郎だ。


(頭冷やすか……)


 恋乃丞はブランコから立ち上がり、若干重たい足取りで自宅へと引き返していった。


◆ ◇ ◆


 翌朝、陽香はいつも通りの笑顔で恋乃丞を迎えに来た。

 昨晩の困惑と羞恥が入り混じった複雑な感情は露とも見せず、彼女は穏やかな笑顔で笠貫宅の玄関前に佇んでいた。


(何やったんやろうな、あれは)


 恋乃丞も下手な感情は面には出さず、こちらもいつも通りの死人の如き形相でのっそりと自宅を出た。


「恋君、今日も顔色悪いね……また夜更かし?」


 ころころと笑う陽香に、恋乃丞は胡乱な目を寄越した。


(お前が変なこと口走るからやろが)


 危うく喉元まで出かかった台詞を、辛うじて呑み込んだ。

 結局あの後、陽香のいう『好き』の意味をあれこれ考え過ぎて、朝方までろくに眠れなかった。素直に受け取って良いのかどうかさえ、恋乃丞には分からなかった。

 よくよく考えれば、陽香は恋乃丞のブサメン判定を覆しただけであって、彼の容貌が好みだといった訳ではない。ただ単に、嫌いではないということを示したに過ぎない。

 つまり、陽香のイケメン好きという宣言は今尚、生きていると見た方が良い。

 もしも、恋乃丞如きなど足元にも及ばぬ程のイケメンが現れたら、異性に対する『好き』という感情はすぐにそちらへと流れる可能性は大いにある。

 であれば、矢張り変に期待しない方が良いだろう。

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