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30.誰にとってのイケメンなのか

 撮影現場の公園から撤収後、ラニー・レイニー編集部の撮影班は本社ビルへと引き返していったが、モデルやそのマネージャー達は駅近くのお洒落なカフェに腰を落ち着けた。

 そしてどういう訳か、その席に恋乃丞も呼ばれていた。


「あの、俺ここに()って大丈夫なんですか? どう見ても場違いやし、そもそも部外者なんですけど」

「良い悪い以前の問題だよ。君は是非、ここに居て欲しい」


 上谷マネージャーが妙に勢い込んで力説した。何故そこまで同席を求められるのか、恋乃丞には今ひとつピンと来ていない。

 するとMayが、暴漢から皆を助けてくれたことに是非御礼がしたいと覗き込んできた。


「普通ね……命が危ないところを助けて貰ったら、御礼の品を持って御自宅まで御挨拶にお伺いするのが、社会人の常識ってもんなのよ」


 そういえば、怜奈を助けた時も似た様なことがあったなと、恋乃丞は二年の始業式に起きた出来事を思い出していた。

 あの時も退院後、わざわざ怜奈と彼女の両親が正装姿で御礼の品を携えて、笠貫家を訪問してきた。

 別段、恋乃丞自身はそこまで大したことをしたつもりは無かったのだが、Mayがそういうのだから、きっとそれが大人の常識というものなのだろう。


「そういう訳だよ。だからうちもラニー・レイニー編集部として笠貫君のご自宅に後日、御挨拶にお伺いさせて貰いたいんだ」

「あぁ、えぇ、それはまぁ別に全然良いですけど」


 きっとやるべきことをしていないと、上谷マネージャーが上司から叱責されたりするのだろう。それは流石に気の毒だから、恋乃丞は無下に断る様な真似はしなかった。


「でも笠貫君ってこんなに男前なのに彼女が居ないなんて、それがそもそも不思議だよねぇ」


 アイスティーで喉を潤しながら、利都子が心底不思議そうな面持ちで意味ありげに笑いかけてきた。

 しかし恋乃丞は、そもそも出会いが無いと小さく肩を竦める。


「え? ガッコ行ってるんでしょ? 女子生徒なんて一杯居るんじゃないの?」

「そらぁ居てますけど、俺クラスん中やと陰気なあぶれモンなんで、誰も声なんてかけてきませんわ」


 そんな恋乃丞にMayが、確かに目は死んでるね、と何ともいえぬ苦笑を滲ませた。


「でもさ、今日見せてくれたみたいに笠貫君、マジで超カッコ良いじゃん。あんな風に助けて貰ったら、普通の子だったら速攻落ちるよ?」

「そうなんですかね? 始業式にひとり助けましたけど、別に何も無いっすよ」


 その瞬間、テーブルの面々は一斉に固まった。例外は陽香ぐらいのものであろう。

 次いで、一体何があったのかと興味津々な顔つきで視線を浴びせてきた。

 ここで陽香が、


「そこは私が説明します。うちの生徒会長もその時の様子を見てましたので」


 と、恋乃丞の代わりに怜奈救出劇を説明してくれた。

 恋乃丞は陽香に任せて、美味いコーヒーとショートケーキを堪能している。

 実際、陽香はかなり正確なところまで詳細に知っていた。

 しかし恋乃丞が警察と消防、更には学校の理事会にまで頼み込んで、あの救出劇はなるべく表沙汰にはしてくれるなと申し入れていたことまで知っていたのには、流石に驚きを禁じ得なかったが。


「自分、よぅ知っとんな。どっから聞いたんや」

「全部生徒会長からだよ。あのひと、結構情報通だから」


 不気味なものを見る様な顔つきの恋乃丞に、陽香はそんな驚かないでよと苦笑を返すばかりだった。

 ところが、陽香の説明を聞き終えたところで、Mayが先程恋乃丞がいい放った台詞に疑問を呈した。


「その綾坂さん、ホントに笠貫君のこと何とも思ってないの? 何かさ、これはアタシの勝手な推測だけど、単に笠貫君が相手の気持ちに気付いてないだけの様な気がするんだけど」


 そのMayの台詞に対し、どういう訳か陽香が一瞬、びくっと全身を竦ませて硬直する様な仕草を見せた。

 しかしMayはそんな陽香の反応などお構いなしに更に続けた。


「アタシなら絶対、一瞬で恋に落ちちゃってると思う……ねぇ、その綾坂さんに訊いてみたら? もしかしたら笠貫君のこと、本当は好きになってるかも知んないよ?」

「そらぁ無いでしょう。綾坂さんぐらいの綺麗なひとなら俺なんかみたいなブサメンやのぅて、もっとキラキラしたイケメン捕まえに行きますよって」


 そんな恋乃丞の自虐的な苦笑に、Mayは利都子、友希恵のふたりと不思議そうに顔を見合わせた。

 何を馬鹿なことを、といわんばかりの表情だった。


「笠貫君さ、本当にちゃんと鏡見てる? そりゃあ歌舞伎町の一流ホストみたいな超イケメンって訳じゃないけど、カレシにしても全然恥ずかしくないぐらいの、普通のイケメンだよ?」

「それ、こないだもうちのクラスの連中にいわれましたけど、何かどう聞いても嘘臭いんですよね」


 飽くまでも自分はブサメンだとの意識を捨てきれない恋乃丞。

 一方Mayら三人の美女モデル達は困惑気味に首を傾げるばかりだった。

 と、そこへ今度は上谷マネージャーが参戦してきた。


「いや、彼女らの意見が正しい。大勢の読モを見てきた僕でも、笠貫君の顔立ちはそんなに悪くない。その死人みたいな目つきさえ改めたら、相当数の女子がいい寄ってくるんじゃないか?」

「仮にそうやとしても、好きな子から、お前のツラは好みやないから変に意識すんなっていわれたら、何ぼイケメンや何やって褒められても全然意味無いんですけどね」


 ケーキのスポンジを口の中に放り込みながら、鋭く吐き捨てた恋乃丞。

 その時、陽香が再び小さく体を竦ませた。彼女の顔は、奇妙な程に青ざめている。そして随分と居心地の悪そうな様子で、若干慌て気味に立ち上がった。


「ご、ごめんなさい。ちょっとお手洗いに……」


 そのままそそくさと女子トイレへと消えていった。

 彼女のその後ろ姿を不思議そうに眺めていた利都子と友希恵だったが、Mayは何か察するところがあったのか、恋乃丞の顔が好みではないといい放ったのは誰なのかと、改めて訊いてきた。


「誰も何も、今トイレにいったひとですよ。幼馴染みやったし、ずっと仲良かったから、両想いになってくれてんのかなって思うたら、速攻ぶった斬られましたわ。せやから俺のツラは不細工。俺はブサメン。そこでもう結論は出てるんです」


 自虐的に嗤う恋乃丞に、Mayは、それは違うんじゃないかなぁと腕を組みながら小首を傾げた。


「それ、本当にあの子の本心? 何か、違う様な気がするんだけど……」

「本心かどうか知りませんけど、その後から今まで何のフォローもしてこんかったってことは、結局俺はその程度の存在やったってことなんでしょうよ」


 だからもう諦めたし、今更どうこう思わないとも吐き捨てた恋乃丞。

 初恋なんて所詮はただの思い出だ。少なくとも恋乃丞は、そう割り切っている。今でも陽香のことが好きなのは事実だが、恋愛感情にまで持ってゆくつもりは無かった。

 それが陽香が最初に望んだことなのだから、最後までその意思を尊重してやりたい。


(俺はブサメン。やせ我慢して何ぼの値打ちしか無い男や。もうそれでエエやんか)


 恋乃丞は中々戻ってこない陽香に、心の内でそう告げていた。

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