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24.読者モデル

 朝五時半登校は、流石にもうやめることにした。

 単純に怜奈を撒くだけならばどうということも無いのだが、陽香をも巻き込むのは、幾ら何でも問題が多過ぎる。

 既に怜奈は諦めて、わざわざ迎えに来る様なことはしなくなっていた。

 であれば、今後はもう普通の時間に戻して家を出ても良さそうだ。

 そう考えを改めて、以前の登校時と同じ時間帯に自宅の門扉を出ると、どういう訳か後ろから慌てて追いかけてくる足音が近づいてきた。

 陽香だった。


「ちょ、ちょっと待ってってば、恋君!」

「自分、朝から元気やな……」


 追い付いてきた陽香に、恋乃丞はいつもの死人の様な能面を向けた。


「もう、五時半に出るのはやめたんだね?」

「何かアホらしゅうなってきて……」


 すると陽香は、何故かほっと胸を撫で下ろしていた。これは恋乃丞の推測なのだが、陽香は自宅の窓から恋乃丞が家を出る瞬間をじぃっと見張っていたのではないだろうか。

 でなければ、こうもタイミング良く恋乃丞が登校する時間を狙って家を出ることなど出来ない筈だ。

 何故彼女がそんな面倒臭いことをしているのかは分からないが、そうとでも考えない限り、辻褄が合わないのである。


(読モで忙しい癖に、何してんのやろなホンマに……)


 内心で呆れた恋乃丞だが、その辺は敢えて突っ込まないことにした。

 と、ここでふと思い出したことがある。

 恋乃丞はにこにこと機嫌良さそうな陽香を尻目に、途中でコンビニに立ち寄った。すると陽香も、不思議そうな面持ちで一緒になってついてくる。


「自分、読モやっとるらしいな。どの本?」

「え? も、もしかして見てくれるの?」


 妙にどぎまぎして頬を上気させている陽香。対する恋乃丞は若干イラっとしながら、


「エエから、早よぅ教えてくれ」


 と何冊かの女性向けファッション雑誌を手に取り始めた。


「えっと……こ、これなんだけど」


 陽香が指差したのは、高校から大学生辺りをターゲットとした年齢層向けの一冊だった。ラニー・レイニーという韻を踏んだネーミングで、発行部数は上位に入る類のものらしい。

 大手出版社が出しているから、陽香の美貌は全国区で知られていることになるのだろう。


(ただのお隣さんかと思うてたら、いつの間にかビッグになっとって……)


 しかし、彼女程の美貌ならばいずれその道に足を踏み入れていっても全くおかしな話ではない。

 そして遠くない将来、幼馴染みと名乗ることすらもおこがましくなる程に、彼女は手の届かない存在になってゆくのだろう。


(仲が良かったのはガキん頃の話やしな……そもそも住んでる世界が違い過ぎるわ)


 妙にキラキラした瞳で見つめてくる陽香をちらりと横目で眺めてから、恋乃丞はラニー・レイニー最新号の支払いを済ませ、無造作に通学鞄の中へと押し込んだ。


「ね、ね……あのね、その……読んだらさ、感想、教えてくれる?」

「いつになるか分からへんで」


 そんなやり取りを交わしながら、通学路を行くふたり。すると次第に、周囲からの視線が段々痛くなり始めてきた。同学年のみならず、同じクラスの男女にも一緒に登校しているところを見られていた。


(もうぼちぼち、距離取るか)


 恋乃丞は歩行ペースを速めた。陽香を置き去りにして先に下駄箱へと辿り着く腹積もりだった。

 ところが陽香も恋乃丞の足に合わせて、同じ速さでついてくる。

 下駄箱に到達した頃には、陽香は相当に呼吸が乱れていた。


「何でついてくんねんな……」

「恋君こそ……何で……急に……逃げちゃうんだよ……」


 一瞬恋乃丞は、こいつはアホなのかと本気で疑った。

 と、そこへ浩太と智佐が連れ立って姿を見せた。


「おっはよー、笠貫君……って、あれ? 珍しいね、桜庭さんも一緒だなんて」

「おはよぉ……何か桜庭さん、息切れてなぁい?」


 不思議そうに覗き込んでくるふたりに、陽香は乾いた笑いを返しながら上履きに履き替えている。

 もともと浩太も智佐も、陽香の仲良しグループに居たことがある。後のことはこのふたりに任せて、恋乃丞はさっさと教室に入ることにした。

 しかし今度は、頼りにしていた筈の浩太と智佐が恋乃丞を捕まえた。


「えー、ちょっと待ってあげようよ。笠貫組のボスなんだしさ」

「自分も大概、ひとをイラっとさせんのだけは上手いな」


 恋乃丞の通学鞄を何気にがしっと掴んでいる浩太に、恋乃丞はぎりぎりと奥歯を噛み鳴らす。その間に陽香も上履きへの履き替えを終えて、智佐と一緒に肩を並べていた。

 そのうち俊之や麻奈美まで参戦してくるのではないかと、本気で心配になってしまった。


◆ ◇ ◆


 昼休み、恋乃丞はラニー・レイニー最新号を何気に開いていた。

 すると横と前の席から、怜奈と麻奈美が覗き込んできた。ふたり揃って意外そうな面持ちを見せているのは、仕方の無いところであろう。


「へぇ……笠貫君がこんなの見ることあるんだ」

「アンタ、やっと彼女作る気になった?」


 などと勝手な台詞を並べてくるふたりに、恋乃丞は鼻の頭に皺を寄せながら今開いているページの一角を指差した。


「これや、これ。このひとの仕事っぷりを見学しとっただけや」


 そこには、お洒落な装いで笑顔を浮かべている陽香の姿。

 そのページの半分以上の面積を、彼女の美貌と抜群のスタイルが占めている。怜奈も麻奈美も、ああ成程と合点がいった様子だった。


「っていか笠貫君、いきなりだね……今まで全然無視してたのに」

「いや、単純に知らんかっただけ」


 かぶりを振る恋乃丞に、麻奈美はマジか、と心底驚いている。知らなかった方がおかしい、とでもいわんばかりだった。


「アンタ……めっちゃ今更だね……桜庭が読モやってるって話、もう結構前から皆、知ってたって」

「俺のぼっちレベルを舐めんとって下さいますやろか」


 知る訳が無かろうと麻奈美に噛みついた恋乃丞。

 怜奈も、そして智佐も浩太も俊之も、ただただ呆れた様子で引きつった笑みを向けてくるばかりである。

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