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21.父の秘密と幼馴染みの眼差し

 週末の夜、恋乃丞の自室扉でノックが鳴った。

 パソコンデスク前で振り向くと、父の笠貫天善(かさぬきてんぜん)が廊下に佇んでいるのが見えた。

 天善は42歳。身長185cmの頑健な体躯の持ち主で、その精悍な姿はどちらかといえば従兄の厳輔に近しい。

 そして恋乃丞から見れば父親であると同時に、我天月心流の師匠でもあった。

 その天善が穏やかな表情で、


「ちょっとエエか?」


 と断りを入れながら恋乃丞の自室内にのっそりと足を踏み入れてきて、ベッドの端に腰を下ろした。


「お前最近、実戦経験積んどるらしいな。厳輔から聞いたわ」


 父親の妙な口ぶりに、恋乃丞は小首を捻った。実戦経験とは、我天月心流を駆使して犯罪紛いのヤリサー集団を掃討していることを指しているのだろうか。

 しかし厳輔から話を聞いたということになると、他に思い当たる節は無い。

 遂にこの時が来たか――恋乃丞は頭を下げた。


「オトン、御免……俺、そのうちお縄にかかるかも知れん……」

「謝らんでエエ。お前がよっぽど下手打たん限り、警察は動かん」


 奇妙な台詞が返ってきた。

 恋乃丞はどういうことなのかと、顔を上げて目線だけで問いかけた。

 これに対し天善は、本当はお前が成人してからに話そうと思っとったんやけどな、と苦笑を交えながら小さくかぶりを振った。


「そもそも、我天月心流みたいな殺人術が何で現代にまで継承されてるか、考えたことあるか?」

「多少は……何か理由あんの?」


 ある、と天善は頷いた。

 その理由とは――時の政権がそう仕向けたからだ、というのである。現代に於いては、日本国政府が我天月心流の継承を国策のひとつとして指示しているらしい。


「日本には、表立って敵対しとる国もあれば、水面下でやりあっとる国もある。そういう国が、暗殺者や諜報員を送り込んで来とるのもまぁ、珍しゅうのぅてな」


 そこで日本国政府は我天月心流で連綿と受け継がれてきた暗殺術、殺人術を対抗手段のひとつとして着目し、その有効性を戦前から見出していたというのである。

 だが日本は平和国家であり、法治国家だ。自衛隊や警察以外で武器を保持することは許されない。

 それ故、肉体を武器とし得る最強の護衛士が政府高官や時の政権中枢、或いは大財閥のトップなどの周辺に配置される必要があるのだという。

 その最強の護衛士の一角を占めているのが、我天月心流の戦士ということらしい。

 天善が、下手を打って警察が動き出さない限りは恋乃丞がお縄にかかることは無いといい切ったのは、そういう裏事情があってのことなのだろうか。


「政府から見たら、わしらは裏の人間国宝みたいなもんや。例えひとりでも手放したくないっちゅうことやな。せやから、多少のことには目ぇ瞑ってくれる」


 そう、あくまでも多少のことには、だ。それ以上の事態に発展してしまえば、流石に黙ってはいられないということなのだろう。


「オトンは今、誰守ってんの?」


 恋乃丞のこの問いかけに対し、天善はとある大財閥でトップを務める老齢の人物の名を口にした。

 しかしそれは、飽くまでも極秘だ。

 護衛士が誰なのかということを周囲に漏らすのは、それだけで護衛対象を危険に晒すことになる。

 そして天善は、こうもいった。


「お前が望むんなら、将来お前も護衛士として財閥や国の直下で働くことも出来る……あのひとらは、実戦経験を積んだ我天月心流の戦士を望んではるからな」


 だから今、恋乃丞が犯罪紛いのヤリサー相手に戦いを挑んでいるのは、彼らにとっては寧ろ好都合ということになるらしい。

 何とも奇妙な感覚だった。

 恋乃丞は、M高生徒会の特命巡回役員は暴力を振るう非合法な犯罪手段だと思っていた。

 しかしその実は、将来的に国や財閥が期待する熟練護衛士の鍛錬に繋がっていたというのか。天善が、警察が動き出さない限りは問題無いといい切ったのも、つまりはそういうことなのか。

 天善から見れば、恋乃丞は期せずして国家が望む方向に自ら動き出したことになる。

 だから今宵、わざわざ恋乃丞の部屋を訪れて長年隠し通してきた秘密を明かしたのだろう。


「けどな……あんまり調子には乗るな。さっきもいうたけど、警察が動き出したら何ぼ国でも庇い切れん」

「うん、それはよぅ分かった」


 恋乃丞が頷き返すと、天善は満足した様子で立ち上がった。


「お前の将来は、総理官邸に在るかもな」


 そんなことを呟きながら、天善は一階に下りていった。

 流石にそんなことは、と思いかけた恋乃丞だったが、しかしよくよく考えればハッカー集団『マインドシェイド』のリーダーを務め、且つ我天月心流の現正統継承者たる厳輔は内閣官房と密接に繋がっている。

 案外、あり得ない話ではないのかも知れない。


(俺が政府の、裏の護衛士ねぇ……)


 今ひとつ実感が湧かなかった。


◆ ◇ ◆


 週明け月曜、朝の五時半。

 制服に着替えた恋乃丞は通学鞄を抱えて家の玄関を出た。そこで思わず、足を止めた。

 登校の準備を終えた陽香が、笠貫家の門扉の横に座り込んでいたのである。


「……何してんの」

「綾坂さんの代わり」


 陽香はよく分からないひと言を放ちながら立ち上がった。


「折角一緒に登校してあげるっていってくれてるのに、どうして綾坂さんを無視したりするの? これじゃ、私が恋君の住所教えてあげたのも無駄になっちゃうじゃない」

「綾坂さんがうちの家知っとったの、自分の指金か」


 恋乃丞は思わず、鼻の頭に皺を寄せた。

 陽香はちゃんとSNSで連絡しておいた筈だけど、と小首を捻った。

 ここで恋乃丞は、思い出した。

 そういえば退院して帰宅後にパソコンを起動したら、よく分からない相手から謎の連絡が届いていたのだが、あれは陽香だったのか。


「要らんことしてくれたな」


 恋乃丞は不機嫌な顔で陽香の前から去ろうとしたが、陽香はその前に立ち塞がった。


「あのな……もう俺には関わるなっていうたやろが」

「私は、承諾したつもりないんだけど」


 陽香はいつになく、強い意志を込めた瞳でじっと恋乃丞の顔を見つめてきた。


「恋君、お願い……私にチャンス、頂戴。恋君をもう傷つけない様に、私、頑張るから」


 しかし恋乃丞は尚も渋った。

 陽香の初恋を台無しにし、彼女に恐怖と嫌悪の目で見られた。もうこれ以上は、幼馴染みとして彼女の傍らに居座り続けることは出来ない。

 それを何故、陽香は理解しようとしないのか。


「だって、私が全部悪いから……恋君は何も、悪くないから」


 陽香は頑として引き下がろうとはしなかった。

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