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19.暗殺者の顔

 M高に於いては、クラス内に出来る仲良しグループはその中心に居る人物の名を取って色分けされることが多いらしい。

 例えば陽香のグループの場合は彼女の姓を取って桜庭グループ、といった具合にだ。

 そして恋乃丞の周辺に集まっている面々は、どういう訳か笠貫組を標榜する様になっていた。


「何やねん、そのヤクザみたいな名乗りは」


 と或る日の、午前中の休み時間。恋乃丞は、笠貫組を名乗っている旨を語りながら得意げに胸を張っている俊之に渋い表情を向けた。

 俊之は陽香のグループからの離脱を隠そうともせず、自ら笠貫組に移籍したなどと吹聴しているらしい。

 すると俊之に触発されたのか、怜奈、麻奈美、智佐、そして浩太までもが、それは良いと変なテンションで同調し始めた。


「わぁっ、良いね、笠貫組。何かちょっと、渋い感じがするじゃない」


 嬉しそうに笑う怜奈。

 これは拙いと、恋乃丞は険しい顔を彼女に向けた。


「それ本気でいうてんのか?」


 自分でもびっくりするぐらい、真剣に問いただした恋乃丞。

 すると智佐が、


「えー? あたしもぉ、良いと思うけどなぁ」


 と、にっこにこ笑いながら怜奈に追従する姿勢を見せた。麻奈美も浩太も、是非それで行こうなどと無責任な発言を垂れ流している。

 この手の流れは、一度でも勢いが付くと最早どうにもならない。恋乃丞は渋々諦め、彼ら彼女らが飽きるのを待つしか無かった。


(まぁどうせ、そのうち離れていくやろて……)


 恋乃丞は自分が人間的につまらない存在だと信じて疑わない。笠貫組を名乗り始めた面々はいずれ、恋乃丞の退屈な人間性に辟易して逃げ出すことだろう。

 その時を待つしかない。

 今は変にテンションが上がっているから何をいっても無駄だろうから、五人が冷静になって、自分達の行動が如何に無意味なものであるのかを自力で悟って貰うしか無さそうだった。

 ところが、更に予想外の事態が起きた。

 この笠貫組に、クラス外のメンバーが加わりそうな気配を見せ始めたのである。


「怜奈センパーイ! おっはよーございまーす!」


 いつの頃からか、怜奈の後輩だという一年D組の和泉香夏子(いずみかなこ)が時折二年A組の教室に出入りする様になり、怜奈とおしゃべりする時間を持ち始めたのである。

 そしてそれがどういう訳か、香夏子が来室する時はいつも決まって恋乃丞の席のすぐ近くに陣取る様になっていた。

 怜奈が暇さえあれば、恋乃丞の席の前後に張り付いているから、当然といえば当然なのだが。


「怜奈センパイ、いっつもこのひとの席の近くに居ますよね? こんなゾンビみたいな顔したひとのグループなんですか?」


 何日か続けて怜奈の元を訪れた際に、香夏子はかなりズバっと鋭く切り込んできた。

 それが余りにも歯に衣着せぬいい方だった為、麻奈美や智佐などは苦笑を漏らして肩を竦めていた。


「まぁね。笠貫組って呼ばれてんだけど」

「いや、呼ばれてんだけどとちゃうやろ。自分らで名乗っといて」


 流石に恋乃丞が抗議の声を上げたが、怜奈はにっこり笑いながら黙殺した。

 最初の内は、幾分疑わしげな様子で恋乃丞の顔をじろじろと眺めていた香夏子だったが、やがてまぁ良いですなどといいながらぷいっと顔を背けた。


「こんなひとのどこが良いんだか分かりませんけど、怜奈センパイがお友達だって認めてるんなら、あたしもお友達になってあげても良いですよ」


 下級生ながら、物凄い上から目線だった。

 恐らく香夏子も所謂陽キャに属するタイプなのだろうが、その方向性は怜奈とは随分異なる様だ。


「良かったね、笠貫君。もうひとり、友達が増えたじゃない」


 笑顔で覗き込んでくる怜奈に、恋乃丞は何ともいえぬ顔を返した。香夏子は、決して悪い娘ではないのだろうが、恋乃丞の苦手とする類の少女だった。

 そうして恋乃丞の周辺は更に賑やかさを増す気配を見せつつあったのだが、事態が急転したのは、それから一週間程が経過した頃であった。


◆ ◇ ◆


 放課後。

 恋乃丞が帰宅の準備を進めていると、怜奈が今にも泣きだしそうな顔で教室に飛び込んできて、恋乃丞の席へと真っ直ぐに駆け込んできた。


「か、笠貫君! ちょっと、一緒に来て貰える?」


 その余りに悲痛な表情に、恋乃丞は嫌な予感を覚えた。そのまま怜奈に手を引かれる格好で廊下へ飛び出し、階段横の用具倉庫前へと足を運んだ。

 そこで怜奈は涙目になりながら声を震わせ、しばらく俯いたまま言葉を失っていた。


「……何か、あったんか?」


 恋乃丞が問いかけると、怜奈は漸く意を決した様子で顔を上げた。その美貌は涙に濡れていた。


「か、香夏子ちゃんが……香夏子ちゃんが……」


 怜奈はその場に膝から崩れ落ちてしまった。矢張り、ただ事ではない。

 恋乃丞は極力怜奈を刺激せぬ様にと心を砕きつつ、彼女の前にしゃがみ込んで再度訊いた。


「ゆっくり、落ち着いて教えてくれ。あの子に、何があったんや?」

「……香夏子ちゃんが……リスカして……意識不明だって……」


 恋乃丞は、いつも元気な笑顔で怜奈と楽しげにお喋りしていた下級生の美少女の姿を脳裏に描いた。あんなに明るい娘がそんな簡単に、自殺を試みるなどあり得るのだろうか。

 だが、事態はどうやらかなり深刻らしい。


「昨日……香夏子ちゃんから、変な電話が、あったの……香夏子ちゃん、三年生のカレシが、居るらしいんだけど……」


 その彼氏が香夏子を連れて、自身の大学の先輩らがたむろしているアパートの一室を訪れたらしい。

 香夏子はそこで妙な薬を飲まされ、意識が朦朧となったところで数人の男達にレイプされたというのである。間違い無く、ヤリサーだ。

 それも生徒会が問題視している、M高の生徒が関わっている犯罪紛いの連中。

 だがそれが、よりにもよって怜奈の後輩に手を出そうとは。


(……後手に回ってしもうたか)


 泣きじゃくる怜奈を前にして、恋乃丞の面には鬼気を発する凄みの様なものが張り付いていた。

 暗殺者の顔であった。

 特命巡回役員の二度目の仕事がこの時、始まった。

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