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16.目出し帽のダークヒーロー

 そして放課後の校舎裏、焼却炉前。

 恋乃丞は青ざめた顔で呆然と立ち尽くしている幸登に、いつもの死んだ魚の様な生気の無い視線をぶつけている。

 幸登は陽香の周辺にたむろしている陽キャ連中のひとりで、ただ明るいだけの、これといって取り柄の無い男子生徒だ。特段に何かが優れているという訳でも無く、イケメンでもない。

 そんな彼を怜奈、麻奈美、智佐、俊之、浩太といった面々が半ば取り囲む様な格好で位置を取り、厳しい眼差しを向けていた。

 つい数分前、恋乃丞は幸登に対し、H大映画研究同好会との関係について問いかけてみた。

 幸登は当然の如く知らぬ存ぜぬとかぶりを振ったが、その顔色は見る見るうちに恐怖へと彩られていった。

 この変化が何よりの証拠であろう。

 彼のあからさまな狼狽ぶりを見て、この場に居る他のクラスメイトらが一様に非難の視線をぶつけ始めたことに、幸登自身相当なプレッシャーを感じていることが伺えた。


「ここにおもろいのがあってな……ちょっと読み上げるで」


 恋乃丞は自身のスマートフォンを取り出し、とぼけた顔つきでそこに表示されているチャットの一部を読み上げ始めた。


「こんちわ、センパイ……お、川倉か。今日は良い獲物見つかりそうか……ハイ、任せて下さい。うちのクラスの永山ってのと、秋篠ってのを紹介します……どんな子だ……片方はぼーっとしてて、片方はやたら気が強いだけのビッチです……そりゃあヤり甲斐がありそうだな。場所教えろよ」


 ここまで読み上げたところで、麻奈美が怒りの形相で詰め寄り、智佐が穏やかな表情の中に嫌悪の色を滲ませ始めた。


「な、何だよそれ……お、俺、そんなの、知らねぇから……」

「まぁエエよ、別に。お前がビビってんのはよぅ分かっとるし」


 幸登は蒼白な顔色のまま、ぶるぶると震えている。周りを囲んでいる五人の陽キャメンバーからは怒りを含んだ顔で睨まれており、クラスに於ける彼の立ち位置は半ば以上失われたも同然だった。


「今回だけは大目に見る。しかし次は無い……生徒会長からの伝言や。よぅ覚えとき」


 そこで恋乃丞は幸登を解放した。幸登はまさに文字通り、這う這うの体で校舎裏から逃げ出していった。

 他の面々は去ってゆく幸登の後ろ姿に強い非難の眼差しを尚も与えていたが、ややあって、未だ納得出来ないといった様子の麻奈美が恋乃丞に面を向けた。


「ね、笠貫……あんなので良いんだ? もっと、こう、ぼっこぼこにしてやっても良かったんじゃない?」

「ここでそれやったら俺が停学喰らう」


 恋乃丞は苦笑を浮かべた。ここでは面が割れている。如何に生徒会という後ろ盾があろうとも、流石にそこまでの真似は出来ない。


「自分らを助けた時かて、あのヤリサー連中は結局何もやらんと終わった。そいつらを俺が一方的にぶちのめしたから、司法上は俺が悪いことになんねん」

「え……そう、なんだ」


 智佐が驚きを禁じ得ない様子で恋乃丞に振り向いた。

 が、俊之は成程と納得して頷く。


「あぁ……だから目出し帽」

「そや。過去にあの連中からの被害に遭った女性が被害届を出しとったら警察も動くやろうけど、レイプ被害を自分から公に申告する子って中々おらんらしい。まぁその弱みに付け込むのがあいつらの手口やけど」


 だから自分の様な、顔を出さない陰の誅伏者が動かざるを得ない。勿論、これもまた違法だ。私人逮捕などではなく、完全な暴力である。

 それを分かった上で、恋乃丞も動いている。


「へぇ~……何か、カッコ良いじゃん。裁けぬ悪を裁くダークヒーロー、みたいな?」


 麻奈美が何故か嬉しそうににこにこしながら、恋乃丞にすり寄ってきた。しかし恋乃丞は、そんな景気の良い話ではないとかぶりを振った。

 やっていることは結局、暴力に過ぎない。その対象が弱者ではなく、女性を食い物にする卑劣な連中だというだけの話だ。


「いや……やっぱおめぇ、カッコ良いって。俺は絶対、お前を応援する」


 何故か俊之が妙に興奮した様子で力説した。

 その傍らで浩太が、


「応援し過ぎて、笠貫君の正体がバレる様なことだけは、しちゃ駄目だからね」


 と苦笑しながら釘を刺すのを忘れない。俊之は勿論分かっていると反論したが、しかし浩太のいっていることも的を射ていた。

 正体が知られる時というのは案外、身内や味方からの不用意な情報漏洩というケースが少なくないからだ。


「笠貫君、これからどうするの?」

「会長にひと言、報告だけしに行ってくる」


 怜奈に応じながら踵を返した恋乃丞。その恋乃丞に対し、麻奈美が慌てて追い縋る姿勢を見せた。


「あ、ちょちょちょっと待ちなって……生徒会への報告が終わったら、ヒマ?」

「うん、暇やな」


 恋乃丞は何の気無しに答えた。実際、何の予定も無い。

 するとどういう訳か、麻奈美が妙に意気込んだ様子で恋乃丞の前に廻り込んできた。


「だったらさ、ウチらとカラオケとかどう? ってか、皆、行くよな?」


 麻奈美に問いかけられた他の面々は、勿論だと頷き返す。


「あたしも、笠貫君と色んなお話、したいなぁ」


 智佐がその外見通りのほんわかした笑顔で麻奈美の隣に並んだ。

 しかし恋乃丞は、少し困ってしまった。俊之も浩太も、そして怜奈もすっかりその気になっているのは良いのだが、恋乃丞自身にひとつ問題があった。


「なぁ、駄目? 一緒に行こうよ、笠貫」


 ぐいぐいと迫ってくる麻奈美。別に嫌だという訳ではない。誘ってくれることに悪い気はしない。

 尤も、これ程の美男美女揃いの中に自分なんかが紛れ込むのが、果たして良いのか悪いのかという点については議論の余地があるのだろうが。

 ただ、麻奈美にはどうしても、いっておかなければならないことがあった。


「カラオケって、もう十年ぐらい行ってへんのやけど、今ってどんな感じなん?」

「え……マジで?」


 最近のカラオケ事情が、恋乃丞にはさっぱり分からなかった。だから仮に行ったとしても、何をどうすれば良いのかが分からなかった。

 一瞬呆けた表情で怜奈や智佐と顔を見合わせた麻奈美だったが、彼女はすぐに笑顔で胸を反らせた。


「だ~いじょうぶだって。ウチが手取り足取り教えてあげっから!」


 また随分大きく出たな――恋乃丞は幾分呆れた面持ちで、麻奈美のつんと澄ました美貌を眺めた。

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