15.新たな友人候補?
朝のホームルーム前の休み時間。
恋乃丞は教室内の自席で頬杖をついたまま、ぼーっと窓の外を眺めている。
校庭では、野球部やサッカー部が朝練に励んでいた。彼らは声を出し合い、互いに切磋琢磨しながら自身の技量の向上に全力を尽くしている。実に健全な姿だ。
対する自分は、どうか。
(俺なんて、女に見限られて拗ねてるだけのガキやな……)
ふと内心で自嘲した。
本当にその通りだ。それ以外に表現のしようが無い。
その時、賑やかな声の集まりが入室してきた。陽香と、その取り巻きの陽キャ連中だ。しかし恋乃丞は、顔も向けなかった。
昨晩、陽香とは再び距離を取ると決めた。今度は勘違いやすれ違いなどではなく、自身の意思、陽香の本心の拒絶という明確な根拠があってのことだ。
それなのに、陽香が教室内に入ってきた気配を察知すると、どうしても心がざわついてしまう。
(まだ陽香に気ぃあんのか……どんだけ未練がましいんやろな、俺)
矢張り、そんなにすぐには長年好きだった相手への想いを断ち切ることは出来ない。それは何となく、自分でも分かっていた。
が、それでも斬り捨てなければならない。
相手に拒絶されていると分かった以上、いつまでも僅かな可能性とやらに縋りつく様な真似はしたくない。
恋乃丞は、そういう男だった。
兎に角今は他のことを考えよう――恋乃丞は自身のスマートフォンを取り出そうと通学鞄に手を入れかけた。そこに、勢い良く足音を近づけてくる者が居た。
怜奈だった。
「ちょっと、笠貫君」
彼女は少し不機嫌そうだった。可愛らしい顔に、見るからに不満げな色を浮かべている。
「どうして今日は、ひとりでガッコ来ちゃったの? 迎えに行ったら、もう出た後ですーっていわれちゃったんだけど」
「そらぁすんまへんな。一身上の都合ってやつです」
恋乃丞は顔も向けずに声だけで応じた。
すると怜奈は前席との間にしゃがみ込み、恋乃丞の正面を取る形でじぃっと覗き込んできた。
「ね……何かあったの?」
「あってもなくても、綾坂さんには関係ござんせん」
ここで怜奈相手に問答を繰り広げても時間の無駄だとばかりに立ち上がりかけた恋乃丞だが、その時ちらりと陽香の姿が視界に入ってしまった。
陽香はどういう訳か、友人達と談笑しながらもこちらに視線を流してきている様に見えた。彼女の笑顔はどこか不自然であり、元気が無さそうだった。
(もう俺なんか放っときゃエエのに……)
どうしてあんな風に、まるで気を持たせるようなことをするのか。恋乃丞には理解出来ない。
その時、陽香の周辺に居る連中の中からふたつの影が、意を決したかの様な顔つきでグループを離れ、恋乃丞の席へと近付いてきた。
ライトブラウンのワンレンボブに若干気の強そうな美しい顔立ちの美女――秋篠麻奈美と、どこかほんわかしたゆるふわ系の可愛らしい娘――永山智佐だ。
このふたり、いずれも昨晩、恋乃丞がH大映画研究同好会の魔の手から救い出してやったクラスメイト女子だった。
そういえば件の救出劇の後、恋乃丞は陽香を突き放す際に目出しニット帽を脱いでいたから、彼女らにも顔を見られている。
しかしいずれも被害者の側に居たから、恋乃丞の特命巡回役員としての身分がバレたところで然程の問題にはならないだろう。
「あのさ笠貫……昨日は御礼、すぐにいえなくて御免な」
麻奈美はどこかはにかんだ様子でぎこちない笑みを浮かべた。その隣で智佐が、いきなり頭を下げた。
「あ、ありがとうね笠貫君。昨日は、本当に危ないところを、と、とても、助かりました」
最初にヤリサー連中に捕まっていたのは、智佐の方だった。
その智佐を探す為に陽香が麻奈美や他のクラスメイト男子ふたりを連れて、夜の駅前を徘徊していたのであるが、そこがたまたまH大映画研究同好会の縄張りだったらしい。
すると麻奈美も智佐に釣られる様にして頭を下げ、静かな調子で礼を述べた。
対する恋乃丞は気にするなとかぶりを振る。
「別に、あんたらやから特別に助けた訳やない。もともとあいつらに用があっただけやし」
「え……もしかして笠貫君、もういきなりお仕事ひとつ、片付けちゃったんだ」
怜奈が驚いた様子で立ち上がり、ずいっと上体を寄せてきた。恋乃丞は、下手に大声で騒ぐなと渋い表情。
「生徒会長から、あんまり大っぴらにするなていわれとったやろが」
「あ……ご、御免」
慌てて口元を押さえる怜奈。麻奈美と智佐は、不思議そうな面持ちで顔を見合わせていた。
更にそこへ、チャラ男なイケメン男子の山下俊之と、あざと可愛い系男子の小倉浩太が揃って近づいてきた。このふたりも昨晩恋乃丞が助けてやったクラスメイトだった。
「なぁ笠貫、昨日はその、ありがとな」
「本当にありがとう笠貫君。でもキミって、実はすっごいひとだったんだねぇ……ボク、ちょっと憧れちゃうかも!」
恋乃丞は益々渋い表情になった。
流石にこれだけ人数が集まってきて騒がれてしまうと、少し拙い。
「いや、感謝してくれんのは別にエエけど、あんまり目立つのはちょっと拙いんでな……気持ちだけ受け取っとくわ」
いいながら恋乃丞は席を離れようとした。
が、ここでふと思い直して足を止めた。
「そうや……ちょっと頼み事、聞いてくれるやろか」
「勿論。何でもいってくれよ。友達になろうってんなら、俺は大歓迎だぜ」
嬉しそうに明るい笑みを返す俊之。
いやいや、そんなことではない――恋乃丞は苦笑を浮かべながら、ちらりと陽香のグループに視線を流してから救出した四人に面を戻した。
「あんたらのグループん中に、川倉ってのが居るやろ。そいつ、放課後に校舎裏の焼却炉んとこに連れてきてくれるか」
恋乃丞の言葉に、四人は何だろうと顔を見合わせる。が、すぐに了解したと頷き返してきた。
川倉幸登――こいつの始末をつけない限り、H大映画研究同好会の問題はまだ終わらない。
「ほな、頼むな」
それだけいい残して、恋乃丞は一旦教室を出た。
向かう先は、隆太郎の居る三年C組だった。