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13.陰の中へ

 H大映画研究同好会。

 その情報を厳輔に流すと、ものの数分の内に、詳細且つ膨大なデータが恋乃丞のスマートフォンにフィードバックされてきた。


(流石やな……マインドシェイドだけは絶対、敵に廻したらあかんわ)


 放課後、校舎一階の男子トイレ内で恋乃丞は苦笑を滲ませていた。

 このトイレの一番奥の個室で丈倫から受け取った黒いスウェットジャージに着替え、目出し帽を普通のニット帽の様な形で被ってから、画面上に表示されている諸々の情報を自身の脳内に次々とインプットしてゆく。


(十二人か……まぁまぁ多いな)


 単純に実力的な問題だけで考えれば、この程度の人数を制圧するなど然程の問題では無い。

 しかし恋乃丞には、或る思惑があった。

(こいつらには、もう二度と勃たせん)

 我天月心流の秘伝のひとつ、茎血衝(けいけっしょう)を仕掛ける腹積もりだった。

 厳輔には、このことは予め伝えておいた。彼は電話口の向こうで、


「そらぁ、やられる方は災難やな。まぁ日頃の行いが行いやから、別にエエんとちゃうか」


 と茶飲み話でもするかの様な調子で静かに笑っていた。

 茎血衝は我天月心流の秘術に幾つもある拷問技のひとつで、これは対男性用に特化されている。

 陰茎の或る箇所に衝撃を加えることで陰茎先端、即ち亀頭に於いて、地獄の様な苦痛を生じせしめることが出来る。これを標的に打ち込もうという訳だ。

 原理はすこぶる単純で、勃起時の血流をトリガーとして亀頭の痛覚を強烈な程に刺激し、のたうち廻る程の激痛を与えるというだけのものである。

 が、この茎血衝は一度打ち込めば、勃起する度に発動してしまう。

 これを喰らった男は性的興奮を覚えれば毎回、身悶えする程の激痛に見舞われ、セックスなどはまず事実上、不可能となるだろう。

 否、セックスだけではない。性的興奮を伴う一切の場面で、この地獄の苦痛が襲い掛かることになる。

 iPS細胞の移植手術などを受ければ回復する可能性もあるのだろうが、恋乃丞にしてみれば、標的にたとえ一時的にでも性的興奮への恐怖を植え付けられれば、それで十分だった。

 恋乃丞は男子トイレを出て、誰にも見つからぬ様にと気配を殺しながら校門を出た。

 そしてその足で、H大映画研究同好会が縄張りとしている駅前商店街の路地裏を目指す。

 ところが途中、思わぬ集団を目撃した。

 陽香と、その取り巻きと思しき陽キャの男女三名だ。この四人が商店街前の大通りの一角で固まっていた。

 何となく嫌な予感を覚えた恋乃丞は、標的のヤリサーを捜索すると同時に、陽香達の動きにもそれとなく意識を向けた。


(あいつら、何やっとんねん……)


 恋乃丞は陽香に顔を見られぬ角度と位置で徐々に距離を詰めていった。彼女は他の三人に対し、真剣な表情で必死に何かを訴えかけている。

 直接声を聞ける位置にはまだ遠い。恋乃丞は陽香の唇の動きを読むことにした。

 どうやら陽香は、もうひとり一緒に居た他のクラスメイト女子の行方が分からないから一緒に探そうと頼み込んでいる様子だった。


(……拙いな。あいつ、自分から首突っ込んできとる)


 H大映画研究同好会の手口は、既に分かっている。連中は目ぼしい女性に声をかけ、エキストラ出演を依頼するという体でナンパを仕掛ける。

 これに引っかかった女性は路地裏の中でも、特にひと通りの少ない所へ連れ込まれ、そこでレイプされるという流れだ。

 数人が輪姦し、残りの面子で周囲を見張る。これを交代制で繰り返すということらしい。

 連中は警察に見つかるかも知れない、或いは誰かに通報されるかも知れないというスリルを味わいながら女性をレイプすることに倒錯した快感を覚えている様だ。

 でなければ、こんなリスキーな真似はしないだろう。


(普通に部屋ん中に連れ込むだけでは、もう興奮出来ん様になってしもたって訳か)


 恋乃丞の記憶の中には、メンバー十二名の顔と名前が全て叩き込まれている。遠目から見ても、それと見分けることが可能だ。

 その恋乃丞の視界の中で、H大映画研究同好会の男が数名、M高の制服を着た女子生徒を連れて暗い路地の奥へ消えてゆく姿が見えた。


(まと)は、あの奥か)


 敵の動きをある程度目で追ってから、恋乃丞は動き出した。が、すぐにその足が止まった。


(アホ……お前まで釣られてどうすんねん)


 思わず唇を噛んだ。

 陽香と、彼女の友人三名が同じ路地裏へ足を踏み入れようとしていたのである。このままでは、ミイラ取りがミイラになる可能性が高い。

 それにしても、一緒に居る男子二名は妙に不安げな顔つきだ。寧ろ、陽香ともうひとりの女子の方が危機感を抱いて居なくなった友人の捜索に懸命となっている様に見える。


(男選びは慎重にさせなあかんな……少なくとも、あいつらは失格や)


 恋乃丞は内心で大きな溜息を漏らしながら、陽香達が入っていった路地へと身を滑り込ませた。

 この路地は意外と、奥の方まで続いている。

 誰かを連れ込んで好き勝手する分には、かなり都合の良い場所であろう。

 やがて、男女が激しくいい合う声が聞こえてきた。


「そのひとを、返して下さい!」

「あぁん? 何だぁ、お前も俺達にヤって欲しいのか?」


 いい争うというよりも、片方が怒りを発し、もう片方が下卑た笑いで挑発しているといった具合だ。

 しかし恋乃丞は、すぐには突入しない。

 目の前に、見張り役の男数名が立っているのが見えた。

 まずはこいつらから、始末する。


(もうちょっとだけ待っとれよ、陽香)


 恋乃丞は音も無く、見張り役の男数名の死角へと潜り込んだ。相手は、全く気付いた様子もない。

 ここからが暗殺拳としての、我天月心流の本領発揮の時間だ。

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