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12.迫る戦い

 口では何だかんだと文句を並べていた恋乃丞だが、本音をいえば、悪い気はしない。

 いや、寧ろ嬉しい気分の方が大きかった。

 こうして再び陽香と連れ立って登校することが出来るというのは、中学二年の春以来となる。あの頃は本当に笑顔が絶えない日々だった。

 そんな思い出が、ふと脳裏を過る。何も考えず、ただふたりで居るのが楽しいと思えていた頃の記憶だ。

 しかしここで喜色を露わにする訳にはいかない。にやけるなど、以ての外だ。


(んな顔してたら、ただのキモ陰キャやんけ……)


 ただでさえ、陽香にブサメンと認定されているのだ。そんな奴が、美少女ふたりと一緒に朝のひと時を過ごしているだけでも相当奇異な光景に見える筈だ。

 何となく、道行くひとびとから胡乱な目つきで睨まれている様な気がしてならない。

 これは不可抗力だ、自分で望んだ結果ではないのだと必死な思いで自分にいい聞かせつつ、恋乃丞は陽香と怜奈の後ろに立つ位置で歩き続けた。

 当初はふたりとも恋乃丞と並んで歩きたがっていたが、三人も並ぶと通行の邪魔になるとか何とか適当な理由をつけて、まずふたりを先に歩かせた。

 そして恋乃丞はそのすぐ後ろ。

 この構図ならば、たまたまこの美少女コンビの後ろを歩いていただけ、という風にも見えなくはない。場合によっては、瞬時に離脱してふたりから間合いを離せば事無きを得られるかも知れない。

 特に学校へ近づけば近づく程、陽香の取り巻き陽キャ共と遭遇する率が高くなる。

 そんな奴らの顔を見かけたり声を聞いたりしたその瞬間に、恋乃丞は気配を殺して足を止め、ふたりだけを先に行かせる構えを取り続けていた。


(あー、何か疲れる……何でたかだか学校行くぐらいのことで、こんな気ぃ遣わなあかんねん……)


 嬉しいと同時に、気苦労も半端無い。

 高嶺の花は、矢張り遠くからひと知れず愛でるのが一番かも知れないなどと、恋乃丞は朝っぱらから何度も溜息を漏らし続けた。

 やがて学校に到着。

 もうここまで来れば用は無い筈だ。恋乃丞は下駄箱で上履きに履き替えるや、男子トイレに駆け込んで時間を稼ぐことにした。

 陽香にしても怜奈にしても、流石にトイレの前で待ち続ける様な馬鹿な真似はしないだろう。


「お、笠貫君じゃないか」


 廊下の気配を伺っていると、不意に後ろから声がかかった。

 手を洗い終えた丈倫がハンカチで両手を拭いながら、穏やかな笑顔で朝の挨拶を交わしてきた。

 恋乃丞も会釈しながら挨拶を口にすると、丈倫は丁度良いとばかりにトイレの奥へと恋乃丞を引っ張って行った。


「注文の品だけどね、今日の午後にはもう全部揃うよ」

「お、早かったですね……ほんなら、もう早速仕事に就ける訳ですか」


 すると丈倫のスマートフォンがスラックスの尻ポケットの辺りで鳴動した。彼が手に取ると、どうやら隆太郎と美夏から呼び出されているらしい。


「君の教室で待っているそうだ。急ごう」


 丈倫に急かされる格好で、隆太郎は廊下へと飛び出し、自身の教室へと急いだ。

 到着すると、室内は大体いつも通りの雰囲気ではあったのだが、スクールカースト最高峰のふたりがクラス随一の根暗なあぶれ者をわざわざ待っていたということで、一部奇妙な空気が流れている。

 しかし今は、そんなことを気にしている場合ではない。恋乃丞は四方八方から飛んでくる好奇の視線を無視しながら、自席近くで佇んでいる隆太郎と美夏へ足早に歩を寄せた。


「どうかされましたか」

「早速、動きがあったみたいなんだ」


 恋乃丞に応じつつ、隆太郎はクラス内の男女の目線を遮る様にして彼らに背を向けながら、自身のスマートフォンの画面を掲げた。

 そこに地図アプリが表示されており、駅前の商店街付近が描き出されていた。


「H大の過激なヤリサーが、この近辺を縄張りにしてるらしいんだけど」


 美夏が声を潜めて語り始めると、恋乃丞、隆太郎、丈倫の三人は自ずと彼女に顔を寄せる格好となり、傍目からは如何にも訳ありげに秘密の会合を開いているといった感じに見えなくも無かった。

 その様子が更に室内のクラスメイトらの注目を呼んでいたが、恋乃丞は一切気にせず、美夏の声だけに集中した。


「ヤリサーっていっても、実態は路上レイプに近いみたいなの」

「……今どき、そんなヤバいことを平気でやる奴()るんですか」


 恋乃丞は驚きを禁じ得ない。

 下手をすれば簡単に警察沙汰になりそうな話だが、それが今まで司法の網に引っかからなかったというのは一体、どういうことであろう。


「昨日見せたリストの中に、このヤリサーの被害に遭った子が居たの。で、連中のやり口を聞いてみたんだけど……」


 美夏曰く、このヤリサーは映画研究同好会を名乗っており、ゲリラ的な路上ロケを装っているらしい。

 本来ならロケ等は役所や警察に届出をした上でなければ出来ない筈だが、何も知らない一般の通行人は、彼らが本当に正規のロケ隊かどうかなど分かる筈もない。

 巡回の警察官などがその場に居ればすぐにバレてしまうだろうが、そうでもなければ、誰かが訝しんで通報でもしない限り、連中の犯行は明るみに出ないかも知れない。

 否、実際にこれまで捕まっていないところを見ると、どこからも声が上がっていないのだろう。

 現代日本は他人には徹底して無関心な社会だといわれているが、それがこんな形で弊害となって現れている格好だった。


(早速、厳さんに仕込んで貰たアレの出番になりそうやな……)


 恋乃丞はひと知れず拳を握り締めた。

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