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11.両手の花は死刑宣告

 帰宅後、早々に夕食と入浴を済ませた恋乃丞は、従兄の厳輔と連絡を取った。

 ハッカー集団『マインドシェイド』は、政府内閣官房御用達のホワイトハッカー部隊として、大企業や行政官庁での対クラッキング防御の為に日々、動いている。

 厳輔はそのマインドシェイドのリーダーであり、国内屈指のハッカーとして、その界隈では誰もが知る存在であった。

 尤も、その正体は当然、明らかにはされていない。厳輔がマインドシェイドを率いている事実を知っているのも内閣官房の一部の政治家と役人、そして身内の数名程度である。

 その身内数名の中に、恋乃丞も含まれていた。


「おぅ、恋乃丞か。久しぶりやな。元気にしとったか」


 電話の向こうの厳輔は、笑みを含んだ低くて渋い声を返してきた。

 恋乃丞は早速、M高の生徒会で特命巡回役員を引き受けたことと、与えられた任務について手短に伝えた。その上で、マインドシェイドの力を借りたいと申し入れた。


「悪い奴らを一掃するんやな。エエで。お安い御用や」

「すんません、ホンマに、いつもいつも……」


 この少し年の離れた従兄は、本当に頼りになる。

 ハッカーとして超一流であるだけでなく、我天月心流の使い手としても、正統継承者である彼の力量は雲の上の存在といって良い程の高みに達している。

 それ程の男が、こうして気さくに笑いかけて、何の躊躇いも無く手を貸してくれると笑ってくれるのだから、恋乃丞は身内という点に限っていえば人脈に恵まれている。


「まぁ、普通の高校生に犯罪紛いの連中の調査やら尾行やら任せても、どうしても限界があるわなぁ」


 厳輔はスピーカーの向こうで何やらキーを叩いているらしく、カタカタとリズムと良く、独特のタイプ音を響かせていた。


「今、お前のスマホにブルートゥースの強制ペアリング機能を突っ込んどいた。これで標的とすれ違うだけで、相手の情報は全部筒抜けや。まぁスヌープログ辺りに若干の痕跡は残ってまうけど、お前のBTアドレスは完全に隠蔽しとるし、足が付くことは無いから安心せぇ」

「いや、ホンマにありがとうございます。何から何まで……」


 そこで、厳輔との通話は切れた。

 これで特命巡回役員の諜報捜査能力という部分では完璧に準備が整ったといって良い。何せ、国内最高峰クラスのハッカーがバックについているのだ。

 相手が政府関連でもない限り、恋乃丞の追跡を躱すことはまず不可能だろう。


(後は、俺次第やな……どこまで平常心で、冷徹で()れるか)


 ベッドに仰臥し、漫然と天井を見上げた。

 この時どういう訳か、陽香の寂しそうな顔が脳裏に浮かんだ。何故今、彼女の顔を思い出したのか、自分でもよく分からない。


(あいつ、変な顔しとったな)


 夕方にコンビニで別れた際、陽香は何かいいたげだった。

 別に怒っている様子でも無かったから、文句や不平の類ではないとは思うのだが、多少引っかかるといえば、引っかかる。


(まぁ、大事な用件やったらまたそのうち、どっかでいうやろ)


 恋乃丞は、それ以上は考えないことにした。

 頭を切り替え、明日以降の行動について思考を巡らせる。

 丈倫に依頼しておいた装備は、いつ頃に入手可能だろうか。そんなことを考えているうちに、ふと睡魔が襲って来た。


◆ ◇ ◆


 そして翌朝。

 この日も怜奈が、いつもと同じ時間に迎えに来た。


(いや、もぅエエっちゅうねん)


 恋乃丞の傷は、もうほとんど回復し切っている。どこにも痛みは無く、今はもう彼女に何かを手伝って貰ったり、介助して貰う必要は皆無だった。

 そのことを一昨日辺りから口酸っぱく説いているのだが、何故か怜奈は全く聞く耳を持とうとしない。


(エエ加減、俺刺されるんとちゃうか……)


 怜奈はあれ程の美人だ。当然、彼氏になろうとして虎視眈々と狙っている連中は数多い。そんな男子共の目の前で変に仲の良さげなところを見せてしまうのは、恋乃丞にとっても余り良い話ではなかった。

 ところが、その『余り良い話ではない』状況に拍車がかかる事態が生じた。

 インターホンの呼び鈴を合図として玄関を出た恋乃丞は、頭の中に幾つもの疑問符を浮かべながら眉間に皺を寄せた。


「自分、何してんの?」


 問いかけた相手は、陽香だった。

 怜奈の隣に、幼馴染みの美少女が当たり前の様に佇んでいたのである。


「んと……一緒にガッコ、行こうかなって思って」

「あたしが誘ったんだ!」


 もじもじと気恥ずかしそうにしている陽香の隣で、怜奈がドヤ顔で胸を反らした。


「俺、何か罰ゲームやらなあかんのやったっけ?」


 恋乃丞が渋い表情を浮かべると、怜奈は不満顔でぷっと頬を膨らませた。猫の様に表情がころころとよく変わるというよりも、その様子は単純にリスを連想させた。


「ちょっとぉ笠貫君。キミは両手に花って言葉を知らないのかい?」

「いや知っとるけど、俺の場合、こんなんどう見ても拷問やろ」


 もうこれ以上は付き合っていられなくなってきた。

 恋乃丞は大股に歩き出し、ふたりの美少女を撒こうと画策した。

 が、出来なかった。

 陽香と怜奈が揃って、恋乃丞の上着の裾をぎゅっと掴んで逃走を阻止してきたのである。

 益々渋い顔になって恋乃丞はふたりにじろりと嫌そうな視線を返した。


「自分ら、俺殺す気か」


 この美少女達は、何も分かっていない。

 彼女らは長らく陽キャの側に居たから、陰キャが下手に目立ってしまった時のリスクなど何も知らないのだろう。

 ここはひとつ、懇々と説教してやるしかないか。

 しかし、言葉を尽くしたところで理解して貰えるだろうか。

 正直なところ、余り自信は無かった。

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