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1.試練の春

 高校二年の春を迎えた始業式。

 校舎前の大掲示板でクラス分け名簿を見た瞬間、笠貫恋乃丞(かさぬきれんのじょう)は『また、あいつと一緒か』と内心で小さな溜息を漏らした。

 自身の名が記されたリストの少し下に桜庭陽香(さくらばはるか)と書かれたその箇所を、何度も何度も見返してみる。

 が、矢張り見間違いではない。

 今回もまた、あの幼馴染みの美少女と同じクラスになってしまった。


(この世に神も仏もあらへんな……そないに俺を責めたいんか)


 恋乃丞はがっくりと項垂れながら、大掲示板前から距離を取った。

 そのうち、陽香もここへやってくる筈だ。彼女とは顔を合わせること無く、さっさと新しいクラス――二年A組の教室へと入ってしまおう。

 死んだ魚の様な目で周囲をそれとなく見渡してから、恋乃丞は気配を殺しつつ校舎玄関口の下駄箱へと足を急がせた。

 周囲の誰も、恋乃丞に目を向ける者は居ない。

 凡庸な外観と存在感の薄さが、新学年の始業式早々から威力を発揮している。

 すれ違う者達はいずれも友達同士や同じ部活同士などでグループを組んでおり、時折遭遇するぼっち連中も敢えて恋乃丞と接触を取ろうとする者は居なかった。


(学校は兎に角、勉強するとこ……遊ぶのは卒業してからでも十分やわ)


 そんなことを考えながら、恋乃丞は廊下を進み、新しい教室へと足を運ぶ。

 新学年初日の席は五十音順と決まっているから、恋乃丞はクラス分け名簿で確認しておいた位置で自席を見極め、早々に着席して窓の外を眺めた。


(春やなぁ……世の中、平和や)


 掌の中に幾つかの胡桃を握り締め、ごろごろと転がしてみる。握力を鍛える為にと、下校の際に殻を握り潰す目的で持参したものだ。

 物心ついた頃から親に叩き込まれている古式殺闘術『我天月心流(がてんげっしんりゅう)』の鍛錬は、時と場所を選ばない。

 恋乃丞の握力はその凡庸な外観からは想像も出来ないだろうが、実は掌の中の胡桃の殻を複数同時に握り割る程度には鍛えてある。

 十年以上かけて鍛錬を積み重ねてきた恋乃丞の肉体は、校内最強ランクの戦闘力を持っていると見て良い。

 しかしその実力を知る者は、一部を除いてほぼ皆無だ。

 今の恋乃丞は兎に角陰気で存在感が薄く、ほとんど誰の目にも留まらない幽霊としての立ち位置を確立させている。

 だが、それで良い。

 下手に悪目立ちすればどうしても陽香の視界に入り込んでしまう。今の自分に彼女と接点を持つ資格は無いことを、恋乃丞は誰よりもよく理解していた。

 やがて、教室出入口が妙に騒がしくなってきた。

 何人もの男女が塊となって入室してきたのが分かる。そしてその中心に居る人物が誰なのかも、恋乃丞は早い段階から把握していた。


(あぁ……来おったか)


 陽香だった。

 彼女はこの日も艶やかなキャラメルブラウンの髪をなびかせ、校内最上とまで謳われた美貌に笑顔を浮かべて華やかな空気を醸し出している。

 その陽香を軸として、彼女の周囲には大勢の男女が輪を作り、ひとつの巨大なグループを形成していた。

 どの顔ぶれも明るく社交的で、お互いに何の分け隔ても無く笑顔を向け合う。

 俗にいう、陽キャと呼ばれる連中だ。恋乃丞とはまるで縁の無い世界だった。

 そして陽香は、そんな陽キャ達の中心的存在だ。

 男女や年齢を問わずに振り返らせてしまう程の類稀な美貌と、誰とでも明るく接するアイドル的な気質が相まって、今や彼女はスクールカースト最上位に君臨している。

 その陽香が一瞬だけ、ちらりと恋乃丞に視線を送ってきた。

 恋乃丞は慌てて顔を背け、陽香の目から逃れる。


(何でこっち見んねん……)


 心の中に重苦しいものを感じながら、恋乃丞は盛大に溜息を漏らした。


◆ ◇ ◆


 恋乃丞と陽香は、幼稚園から高校に至るまで、常に同じクラスだった。

 所謂、幼馴染みというやつだ。

 実際ふたりは、幼い頃は一緒に遊ぶことが多かったし、仲も良かった。たまに喧嘩することはあってもすぐに仲直りし、その都度、お互いの友情を確かめ合って来た。

 小学校の高学年頃になると男女に分かれてそれぞれの友人と遊ぶ機会も多くなったが、それでも誕生日やクリスマス、お正月などのイベント毎には必ずといって良い程に一緒に過ごしてきた。

 恋乃丞は陽香が楽しんで明るい笑みを見せてくれるのが何より嬉しかったし、彼女の為ならばどんなことでも厭わない程に陽香を大事な友達だと思い続けてきた。

 ところが中学二年の或る日、その関係が一変した。

 恋乃丞が陽香に告白してきた上級生をストーカーと勘違いして、叩きのめしてしまったのである。

 それ以降、恋乃丞は陽香と距離を取り始めた。陽香からの視線が、耐えられなかったからだ。

 以来、ふたりの間からは会話が消え、笑顔が消え、そしていつしか赤の他人として振る舞う様にまでなっていた。

 顔向けなど、出来る筈も無かった。

 幼い頃から常に一緒で、いつでも彼女の幸せだけを願っていたというのに、その陽香の大切な初恋を台無しにしてしまったのだ。

 今更どの面下げて、幼馴染みとして振る舞うことなど出来るだろう。

 それなのに天は常に、恋乃丞に試練を与え続けた。

 関係が破綻した中学二年から現在に至るまでも、恋乃丞と陽香は毎年同じクラスだった。


(もうエエ加減、勘弁して欲しいわ……)


 恋乃丞は毎回苦い表情で小さくぼやきながら、新しい年度を迎えている。

 それは今年も、例外ではなかった。

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