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—第33章:ヴェルヴェットの限界

「もうだめだ、限界…」


ヴェルヴェットは自分の部屋に入るなり、ベッドに腰掛け、塞ぎ込むように頭を覆う。


マリアの暴走から数日が経った。それ以降、マリアとレオンの距離がものすごく縮まってきている。マリアがちょくちょく交代してくれないかと言ってくるので、なぜ?と質問すると、ごにょごにょとよくわからない言葉を並べる。


しかし、一応聞いただけで理由は完全に理解している。レオンに直接会いたいのだ。


まぁ、あんなシチュエーションであんなことを言われたら…そうなるのは確かにわかる。わかるが、この体はあたしの体でもあるということが非常に問題だ。


レオンはというと、もともとチラチラこちらを見られていたのが最近はより悪化してきている気がする。そして会うたびに過去の件でマリアにまだ感謝が足りないので伝えたいだとか、あれからのマリアがまた落ち込んでいるかもしれないので心配だとか、いろいろ理由を言ってくる。


風呂の時間には交代しているけど、「レオンの部屋に行くなよ」と注意をしている。


今のところ守ってはくれているが、時間の問題な気がしている…


だからといって風呂の時間の交代はもうしないなんて言ったら、この間のような事がまた起こるんじゃないかと想像しただけで冷や汗が出てくる。


そもそもレオンもそんなこと到底許さないだろう、つまり、詰んでいるのだ。


「はーーー…」


さらに頭を抱える。


—あの、ヴェルヴェット。


「ん?」


—今後についてちょっとみなさんで作戦会議しませんか?


いやもう、露骨な提案だ。どうせレオンに会いたいからだろうと邪推してしまう。


この状況を一刻も早くなんとかしなければ、あたしの精神が持たない。頭をかきむしる。すっかりマリアに返事をするのを忘れている。


—いえ、そういう事ではなくてですね…そろそろ真剣に私たちが元に戻る方法を考えませんか?


「ああ、そういう事」


結局レオンに会いたいという内容を遠回しにいっているだけな気がしなくもないが、マリアが現状の詰んでいる状況の解決策を提示してくる。しかし、前に考えたがかなりハードルが高い。聖王国という国自体に多大な貸しを作るというのが無理難題に思う。


「何か手立てがあるの?」


—前回お話しした通り、聖王国を悪魔に襲わせればいいのでは?


「あんた…この間のことを反省したんじゃないの?」


—なぜですか?別に聖王国は仲間じゃないですし。それにレオンさんは私の全てを肯定してくれると言ってくださいました。であるならば、もうやることは一つじゃないですか。


「あっそう…」


頭を下げて項垂れる。


神や正義といった依存先がレオンになっただけな気がする。なんかもうこの件はこれでもういいやという諦めの境地に達していた。


まぁ、確かに他の国の人々は助かるわけだし、傭兵をやっていれば生きるも死ぬも運みたいなところもある。完全に悪と断ずるものでもないし、そもそもあたしにはそんな事を言う権利もない。いや、そもそもあたしは傭兵だ。マリアを諭す人格者でもなんでもない。それにあたしだって今まで好きに生きてきた。これからだって好きに生きてやる。


「とりあえず、アモンになんかいい手があるか聞いてみるか」


ベッドから立ち上がるとアモンの元へ向かう。


「いや、ねーけど」


希望の光は即座に断たれた。アモンに一筋の光明を願って訪ねてきたが、当然のように返される。


「だって俺様は人間の世界でいう中間管理職だぜ?大悪魔は上司ってことになる。部下が上司たちに命令できるわけないだろ。それに説得する理由も何にも思い浮かばねーし、お前らだって何もないんだろ?」


その通りだ。これといって理由は思いつかなかった。そしてアモンは以前にも中間で管理をするポジションだと言っていた。だからこそインチキで金稼ぎができたわけだ。しかし即答で無理だと言われ、近い将来起こるであろうことが現実味を帯びてきて、ぐぬぬとなる。


「そんなこと言わないで、なんかいないの?話を聞いてくれそうな、旨みがあれば話を聞いてくれそうなそういう俗物的な悪魔でもいいからさ」


「うーん、そんなこと言われてもなぁ。基本的に大悪魔たちは人間を殺すことを命令するわけだからな。人間が来た瞬間、即殺すだけだぞ。あ、そういえば…」


何かを思い出したかのような反応をアモンが見せる。


「何か思い出したの?!」


「思い出したっていうか、ちょっと毛色の違う大悪魔はいるにはいる」


「だれ?どこにいるの?」


「そう捲し立てて聞いてくるなって!ベルフェゴールって大悪魔だ。基本的にこいつは何もしない。サボってるからな」


大悪魔というのは強大な力を持ち、手下の悪魔たちに命令を下す立場だと思っていたが、そのような悪魔もいることに驚く。マリアも「そんな悪魔いるんですか…」と明らかに驚いた声をあげている。


「まぁ、こいつはもともと怠惰の悪魔として生まれたらしいからな。だから誰かに咎められるってことはない。いっつもぐーたらしてるはずだ」


「やる気のない悪魔か、交渉ってできるの?」


「いや、できないだろ。怠惰の悪魔って言っただろ?自分で動くなんてするわけがない。だから最初に思い浮かばなかった」


「じゃあダメじゃない!」


また八方塞がりか。さっきから希望を見出しては絶望に突き落とされるのを繰り返して、だんだん疲れてきた。


「だから無理やり服従させればいいんじゃないか?俺みたいに」


「あー、そういうことか!」


そういえばアモンとも主従契約をしていた。普段は一緒に傭兵パーティを組んでご飯も一緒に食べていて、ただの傭兵仲間的な扱いになっていたので、完全に契約のことを忘れていた。


しかし、懸念点が一点だけある。そもそも本当に勝てるのだろうか? 大悪魔ヘルマルクは確かに倒せたが、同じ強さとは限らない。もしベルフェゴールという悪魔のほうが強く、圧倒的な力を持っていた場合、そこでゲームオーバーだ。そう考えていると。


—今の私たちに単体で勝てる大悪魔は恐らくいないと思います。大悪魔ヘルマルクも、魔法の発動の予兆の時点で消滅しました。体内に神聖魔法が流し込まれたというのももちろんありますが。


だとしても、今の私たちが使う神聖魔法は上位を超えた超位神聖魔法になっています。複数ならまだしも、一体の大悪魔に遅れをとるとは思えません。それに、いざとなったらヘルマルクの時と同じように剣技を混ぜて戦えばいいのです。


なるほど、確かに今の私たちの魔法はとてつもない力を秘めているのはなんとなく感じている。そして、マリアが言うのだから間違いないだろう。


というか、私は傭兵だ。正々堂々と正面から攻撃を仕掛ける必要はない。後ろから不意打ちで一気に勝負を決してしまえばいいのだ。


ヘルマルクのように灰になってしまうと困るので、ある程度の調整はしなければならないが、最悪、死んだところで私たちが危険になるわけでもないし、それならそれで仕方ない。


「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべて、完璧な作戦を頭の中に描く。


「じゃあ戦って倒して主従の契約を結ぶ。そして他の大悪魔たちに聖王国に差し向けるような話をさせてけしかければ」


「うまくいけば聖王国に侵攻するんじゃねーの?」


よし、とガッツポーズをする。ようやくだ、ようやく希望の光が見えてきた。これがうまくいけばあの耐え難い状況を打破できる。絶対にこの作戦は成功させなければならない。そう胸に誓う。


「ああ、そうだ。場所はどこなの?」


「場所か…こう、地名がしっかりとあるわけじゃないからな。もちろん魔王軍の領地だから行くまで何日かかかるぞ」


アモンが場所の説明に悩む。確かに地名があったとしても人間が使う地名とは違うだろうし、地図があっても読み方も違うだろう。


「とりあえずリオのところに行って相談してくる。場所もそうだが、何かいい移動手段を教えてくれるかもしれねーしな」


なかなかナイスな提案をしてくる。こいつやっぱりあたしより頭いいなと感心と感謝を心の中に抱く。


「じゃあ、これ持っていきなさい」


ズシャッと大金が入ったギア袋をアモンに渡す。


「おいおい!いいのかよ、これ?」


「長旅になるんでしょ。あんた、どうせ今までの報酬は全部飲み食いにつかってるんでしょ?これで装備とポーションをしこたま買い込みなさい。あんただけは治癒魔法使えないんだから、しっかりと準備してよね。お酒とかにはあんまり使わないでよね」


どうせ飲食にも使うのはわかりきっていた。だからせめてあまり使うなと注意をする。


「へへ、大丈夫だよ。任せとけって。さすがに自分の命の危険があるのになにも準備しないわけにはいかないしな。ああ、あとその銃の水晶1個貸してくれ。今の話で思い出した事がある」


「別にいいけど?」


いまいち腑に落ちないが、スペアの魔弾の水晶を渡す。


「よしよし、ここではなんだし、あとで返すわ」


そう言うとアモンはリオの家に向かって行った。

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるのっ……!」


と思ったら


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