第3話 A級装備
「おい! 待てよ、無等級」
礼拝堂の外に出たフレミーを、金髪の男子生徒が呼び止める。
「なんだ、シュロ?」
「シュロ『さん』だ!」
シュロ・ナイチンは不快そうに言い返し、すぐに下卑た笑みを浮かべる。
フレミーの顔を舐めまわすように見ながら、ゆっくりとフレミーに近づく。
「……ぷっ」
そして一瞬、裸エプロンに視線を移した後、フレミーの顔を見て噴き出した。
「おいおい。天下の学年主席様が、女神様から授かったのが、まさかこんなハズレ装備とはなあ。なあ? 今、どんな気持ちだ? ん?」
一般的に、A級装備を授かることは女神からの期待が大きく、C級装備を授かることは女神からの期待が小さいと言われている。
無等級に至っては、戦力外だ。
学年主席という期待された存在でありながら無等級装備を授かることはつまり、頂上から最下層への転落を意味する。
過去、同様の出来事によって、冒険者への道を諦めた者もいるのだ。
学年十位であるシュロは見たかったのだ。
どれだけ努力しても追いつけなかったフレミーが絶望する様を。
そして、フレミーの転落をもって、やはり自分の方が優れているという証明をしたかったのだ。
「光栄だ」
「……は?」
が、シュロの期待は裏切られた。
フレミーの返事は、シュロの望んでいた物とは異なっていたどころか真逆だった。
フレミーは、自身を見るシュロの瞳をまっすぐ見返す。
それは、フレミーの先の言葉が本心であると、誰もが理解してしまうほどに澄んでいた。
「……強がりを!」
「強がりなんかじゃないさ」
「無等級装備だぞ!」
「等級は、あくまで人間が決めた物だ。女神様が、俺に最も適した装備として選んでくださった装備。きっと、素晴らしい物に決まっている。ならば俺は女神様の期待に応えるべく、この装備を使いこなし、一流の冒険者になるだけだ」
あまりにも真っすぐなフレミーの言葉に、シュロの額に青筋が走る。
落ち込むフレミーが見れることへの期待が砕かれた今、シュロに残ったのは劣等感の加速だ。
装備ひとつで未来を決めつけてしまった、シュロという器の限界だ。
「……ざけんな」
シュロは、女神から授かった【魔法剣】を抜いた。
「気に食わねえんだよ! その目! その声! その態度! 何様のつもりだ!? 平民の分際で!!」
劣等感は、罵声という形で発散された。
「シュロ、お前も平民だろう」
「違う! 俺様は騎士だ!」
「騎士は、武功を立てた平民に与えられる称号であり、爵位じゃあない。それに、称号とは家でなく個人に与えられるものだ。騎士を名乗れるのはお前の父親だけで、お前はただの」
「黙れ! 俺様は騎士の子! つまり、騎士も同然なんだよ! お前みたいにmなんの称号も持っていない凡人とは格が違うんだよ!」
シュロは、平民だ。
しかし、騎士の称号を持つ父の元に生れ、その背中に憧れを抱きすぎたため、強い選民意識を持って育ってしまった。
だからこそ、ラパン学院で自分よりも優秀だった平民は、全員がシュロにとっての敵だった。
だからこそ、騎士の子である自分に敬意を払わない生徒は、全員がシュロにとっての敵だった。
学年主席であるフレミーは、シュロの敵の最たる存在だった。
「決闘だ!」
シュロが叫ぶ。
言葉でフレミーを絶望させることはできないと考えたシュロは、フレミーを力でねじ伏せることで、プライドを取り戻そうとした。
シュロにとって、フレミーはラパン学院の模擬戦で一度たりとも勝てなかった相手である。
しかし今、フレミーの装備は裸エプロンだ。
武具でもなければ防具でもない。
一方、シュロの手には、A級装備【魔法剣】がある。
シュロは、魔法剣を強く握りしめた。
シュロの振る舞いに対し、フレミーは困ったような表情を浮かべる。
「シュロ、学院の規則によって、許可のない決闘は禁止されている」
フレミーは、馬鹿がつくほど真面目で堅物だ。
彼の辞書に、規則を破るという文字はなかった。
「安心しろよ。【装備神託の儀】が終わったことで、卒業の儀は全部終わった。つまり、俺たちはもう卒業生。学院の生徒じゃねえ。つまり、糞窮屈な学院のルールに従う必要は、もうねえってことだ! それとも何か? 卒業してなお学院のルールを引っ張り出して、俺様から逃げるつ」
「ああ、確かにな。失念していた。卒業したということは、双方の意思で決闘を行ってもいいということか。わかった。その決闘を受けよう。俺も、装備【裸エプロン】の力を試したかったところだ」
双方の同意はなった。
嫌味を遮られたシュロは不機嫌そうだったが、フレミーをぼこぼこに打ちのめす機会が早々にやって来たと思えば、溜飲も下がった。
思わずにやけ、武者震いで全身が震えた。
さらにここは、【装備神託の儀】が終わったばかりの、礼拝堂の目の前。
礼拝堂から出てきた生徒たちは、何事かとフレミーとシュロの周りに集まり、二人を円で囲んでいた。
つまり、ここでの敗北は、ラパン学院の卒業生ほぼ全員が知るところとなる。
完全な公開処刑状態が完成したのだ。
フレミーは、二本指を立ててシュロの方へ手を伸ばした。
「ただし、条件が二つある。一つ。勝敗は、降参宣言、あるいは相手の気絶によって決めよう。真剣決闘のように、死ぬまで戦うというのはなしだ」
「いいだろう」
所詮は生徒同士のいざこざ。
シュロも、フレミーの死までは望んでいなかった。
「もう一つ。装備は、女神様から授かった物のみとしよう」
「……いいだろう」
シュロは、父から譲り受けた防具を装備していた。
シュロの父、つまり騎士の称号を持つ人間の装備は、学院を卒業したばかりの平民では手が届かない程良質な装備だ。
フレミーにとっては、対等な決闘を作り上げるための当然の要求だ。
一方、シュロにとっても、A級装備と無糖級装備の純然な力比べになるため、断る理由はなかった。
むしろ、フレミーに使い慣れた武器や防具を使われるより、ずっと都合がよかった。
要求を終えたフレミーが手を下ろすと、今度はシュロが二本指を立てた。
「お前が二つ要求したんだから、俺も同じだけ要求する。まず一つ。助っ人はなしだ」
「決闘だろう。言うまでもなく、当然だ」
決闘とは、一対一での真剣勝負。
シュロの言葉は、本来ならば意味を持たない。
が、シュロが言葉を発した後に周囲を見渡したことで、言葉の意味が変質する。
即ち、周囲の生徒たちに対しての、フレミーを一方的に攻撃しても止めるなという牽制だ。
決闘を邪魔する者は、神事を邪魔した人間と同程度の見られ方をする。
「よし。ではもう一つ。この決闘で負けた方は、買った方の言うことをなんでも一つ訊くんだ」
「なんでも?」
「ああ。本来決闘は、命と地位の奪い合いだ。それに比べりゃあ、安いもんだろう?」
「確かにな。賭けのない決闘というのは、決闘と呼べないか。いいだろう。ただ、常識の範囲内で頼む」
フレミーの最後のお願いを、シェロは嫌らしい笑みでごまかした。
承諾をしていない以上、フレミーのお願い――三つ目の要求は、この決闘において成立しない。
つまり決闘の勝者は、敗者へどんな命令でもできる。
例え、命を奪うような命令であっても。
もっとも、この決闘自体が生徒同士の戯れ、つまり正式な立会人のない非公式でもある。
厳密に言えば、勝者も敗者も言うことを聞く義務はない。
だからこそシェロは、今を選んだ。
生徒たちという観客と、聖堂の敷地内という女神の目に触れる場を。
非公式ながら、公式に匹敵する強制力を持つ環境を。




