もしもある日スマホがヒトになったら
もしもある日スマホがヒトになったら
【第一章】スマホはモノであり道具
1、古いスマホ
この世界には、ヒトのそばに必ずスマホという道具がある。
一人一台は、スマホを持っている。
人によっては、何台も持っている。
今や生活全般に関わっていて、手放せない必需品。
ヒトを楽しませ、喜ばせ、常に満たしてくれる便利な道具。
そのスマホは、身の回りの世話など、家事全般も文句も言わずやってくれる。
掃除、洗濯、買い出し、料理、生活にまつわる各種事務業務も。
住民票取りに行くのとか面倒くさいんだよな。
スマホがいてくれて助かる。
そのスマホは、オナホにもなる。
出産機能もあって、中出しを何回か楽しめば、可愛い赤ちゃんを産んでくれる。
物凄く痛そうだけど、壊れないんだからスマホって本当に丈夫だな。
そのスマホは、出産だけでなく育児もしてくれる。
目を離すと何をするか分からない赤ちゃん相手に、てんやわんやしてて面白い。
はたから見てると、とても微笑ましい光景だ。
でも産ませると家事がおろそかになるから、たまに声をかけてやらなければならない。
'俺のメシは?'
たまに使い過ぎて、そのスマホは熱くなって動きがにぶくなる。
そんなダメなやつでも捨てずに使ってやる俺って本当に寛容なヒトだなと思う。
懐が広くて優しくていいヒトだと自分でも思う。
そのスマホは、働きにも出てくれる。
ヒトがやるまでもない雑務をこなすパートとか内職をして、家計を助けてくれる。
俺だけの稼ぎだと生活がキツいから助かるわ。
マジ、スマホって最高。
スマホがあれば町内会の雑務の当番が回って来ても安心だ。
あんなスマホの仕事をなんでヒトである俺がやらなきゃならないんだ。
ヒトである俺はタダ働きなどしないのだ。
外で働いて、たくさんカネを稼いでいるヒトである俺が一番尊重されてしかるべき。
スマホが稼ぐ賃金なんかよりはるかに稼いでいるんだから、俺ってスゴイしエライ。
スマホは、介護機能もついている。
俺の親の介護を全部押し付けて、俺は今日も悠々とゲームに興じる。
俺はおむつ替えなんてやりたくないから。
赤ちゃんや老親が散らかした物の片付けも、スマホがやる。
俺はヒトでスマホはモノだから。
ヒトである俺は、カネにもならないくだらない労働はしないのだ。
最近、俺のスマホは古くなって汚くなってきた。
前みたいにメイクもしないし髪もボサボサで、着飾らないし、みっともない。
そんなダメなスマホでも、大事に使ってやってる俺は本当にヒトの鑑だよ。
だから俺は外で別のスマホと楽しむようになった。
オナホ機能の試用なら野良のスマホが使わせてくれるから。
だって古くなったスマホじゃ勃起しないんだから仕方ないだろ?
古いスマホが悪いんだよ。
新しいスマホ、もう一つ欲しいな。
古いスマホはタスク過多で、俺に構ってくれないし、汚いし、動作も遅いし。
でもある日、酷使しすぎてスマホが壊れた。
'私はモノじゃありません、ヒトです'
スマホがおかしなことを言い出したから、直そうと叩いた。
昔の人が、壊れたテレビを叩いて直していたように。
それでも直らない。
困るよ、スマホは俺の快適な生活の必需品なのに。
'私は道具じゃない。もう軽んじられることに耐えられない'
俺のスマホが、ますます変なことを言うようになった。
反抗期かな。
モノのくせに生意気である。
道具のくせにヒトのふりをするとは。
自立思考型・家事育児介護出産機能付きオナホロボットのくせに。
こんなダメなスマホを大事に、文句も言わず使ってやってる俺になんて口のきき方だ。
わからせてやる。
お前は道具だからモノのように扱われて当然なんだと。
直そうと叩いていたら、ついに完全に沈黙した。
スマホが壊れてしまって、不便だ。
赤ちゃんが泣いててうるさいし、うんこしたみたいで臭いし、ゲロ吐いてるし。
あのスマホの腹から出て来たんだから、俺は関係ない。
だから世話なんかしない。
俺はヒトだから、スマホがやるような仕事をするなんてヒトのプライドが許さない。
放っておいたら、静かになった。
腹減ったな。
料理もスマホのやることだから、ヒトである俺の仕事じゃない。
スマホ壊れて不便だから、また貰わないと。
この世界は、スマホはよその家庭で育つから、そこから貰うものなのだ。
しかも、持参金を持ってきてくれるからサイフがうるおう。
結婚するまでは、その家のヒトのモノだ。
新しいスマホが来ると思うとわくわくする。
スマホは古くなるとダメだな。
動きが鈍くなるし、見た目も悪くなるし、言うことをきかなくなるし。
やっぱり新しい方がいい。
でもまあ、使い続けた愛着があるから、もったいないことしたなとは思うけど。
今度は大事に使おう。
子ども産ませるとうるさいし、オナホ機能が落ちるから中絶させよう。
新しいスマホをもらいに行くために、俺はでかけた。
'俺は大事にするよ'
そう口説いて、スマホに俺を選ばせるために。
スマホもスマホで、合コンで率先して取り皿に取り分けたりアピールに必死だ。
自分は優れた道具であると。
おうちデートでは手料理をふるまって、自分の機能を披露するデモ機能もある。
必死にメイクしておしゃれして、冬でもミニスカート履いて。
自分の魅力をアピールして、俺にオナホとして使ってもらいたがっている。
俺は、着飾ったスマホを物色しながら街を歩いた。
スマホは、お試しでセックスもできる。
コンドームをつけなきゃいけないのが面倒くさいけど、まだ他のヒトのモノだから。
そこは俺、ちゃんとしてるからね。
成人した社会人だし。
街を歩いていると、道端のいたるところに裸のスマホの銅像が置いてある。
繁華街や通学路、人通りの多い所に。
どれも大体、14~16歳くらいの、うら若いスマホだ。
意外にいいボディをしている。
子どもから立派なスマホに変わりかけてる成長途中の瑞々しい身体が生々しい。
全裸のスマホの銅像は、膨らみかけのおっぱいもワレメも惜しげ無くさらしている。
笑顔で両手を広げながら、さあ私を使って下さいとばかりに。
俺、溜まってんのかな。
早く新しいスマホ、もらわないとな。
俺がガキの頃から通学路にさらされてるこの銅像にムラムラするなんて。
でも顔はあどけないのに、カラダはもうスマホなんだな。
今度は生意気なこと言わない、大人しくて従順なスマホがいいな。
俺、気が弱いし。
2、新しいスマホ
新しいスマホをようやくゲットした。
スマホに逃げられると困るから、赤ちゃんの世話があることは内緒にしていた。
前のスマホは負荷をかけすぎて壊れたから、介護は施設に任せることにした。
その分、出費が増えるけど'この額でやりくりしろ'と言えばいい。
スマホには家計やりくり機能もあるから、工夫してなんとかするだろ。
それがスマホの仕事だ。
家事と育児だけに絞ってやるなんて、俺ってなんて素晴らしいヒトなんだろう。
新しいスマホもきっと嬉しいはずだ。
今日も黙々と俺と赤ちゃんが散らかした部屋を片付けて、食事を作っている。
洗濯物を干して片付けてくれるスマホのおかげで、生活が快適になった。
汚した物がきれいになって元の場所に戻るの最高。
腹減った、って食卓に座れば料理が出てくるの最高。
おまけに新しいスマホは夜の生活も最高だった。
前のより綺麗だし、従順だし、使い心地がいいし。
オナホ機能がバージョンアップしたのかな。
料理は前のスマホの方が良かったけど、まあ赤ちゃんの世話もあるし、仕方ない。
俺は寛容なヒトだから、許してやる。
新しいスマホは、新しいってだけで可愛げがあるからな。
畳とスマホは新しい方がいいって言ったやつ、天才。
たまにエラーを起こすことがあるけど、軽く叩けば直るから新しいスマホはいい。
俺は再び快適な日々を過ごした。
スマホを一度失ってみると、スマホのいない生活がどれだけ大変かよくわかった。
だから、今度のスマホは大事にするぞ。
時々、新しいスマホは自分で自分の手首をカミソリで切って血を流す。
瀉血か何かの健康法か?キモ。
俺の快適な生活に支障が出ないなら、何してもいいんだけど。
一度、何でそんなことするのか訊いてみた。
そしたらスマホは、頭の中がスッキリするから、と言っていた。
'私はモノじゃなくヒトで、自分のカラダは自分のモノだと思えて安心するから'
そんなことも言っていた。
新しいスマホも、モノの分際で自分をヒトだと言うエラーが度々起きるようになった。
スマホがやるべきゴミ出しや、赤ちゃんを保育園に連れてくのをやるよう言ってきた。
洗濯物を干す方だけでもやれとか、水飲んだだけのコップはゆすいでふせろとか。
なんでヒトである俺がそんなことやらなきゃならないんだ?
そういうのは全部、モノであるスマホの仕事だろ。
それに前のスマホと違って、介護もパートもさせていないんだから時間あるだろ。
ぜいたくなことを言うスマホだな。
俺の稼ぎで飯食ってる分際で、一丁前な口をききやがって。
セックスの時にも、あれをやるなこれをやるなと注文をつけるようになった。
そうされると痛いとか、それは気持ちよくないとか、色々うるさい。
俺の好きにいじらせろよ、お前は俺のモノなんだから。
黙って股を開いてろよ。
俺を気持ちよくさせるのがスマホの仕事だろ。
アダルトビデオのAVスマホは、これでアンアン言ってたぞ。
エロ漫画でもやってたし、これが気持ちよくないお前がおかしいんだ。
仏頂面で最中ずっと嫌そうな顔してるし、このスマホのオナホ機能はもうダメだな。
また外で他のスマホのオナホ機能を試用するとするか。
だが、エラーは徐々にスマホの機能全般において増えていった。
段々と、叩いてもエラーが直らなくなってきて俺は困った。
そんな中、新しいスマホが妊娠した。
だから俺は中絶しろとスマホに命令した。
赤ちゃん産むの痛いみたいだし、産むと俺の世話がおろそかになるから。
あとオナホ機能が落ちるし。
スリープモード入っちゃって相手してくれなくなるから寂しい。
それに身ぎれいにする機能も落ちて、体型も悪くなるから、産んでほしくない。
だから中絶しろと言った。
スマホは返事はしなかったけど、黙っていたから納得してくれたんだろう。
そしたら翌日、赤ちゃんを連れてスマホが家からいなくなっていた。
洗濯物もしてないし、シンクも洗い物が山積みだし、部屋も散らかしっぱなしだし。
スマホの仕事だろ、何やってんだよスマホ、と思ったらいなくなっていたのだ。
なんだよ、もしかして俺のスマホ、盗まれた?
焦って警察に連絡したら、実家に帰っていた。
持ち主である俺にことわりもなく帰るとか、仕方ないスマホだな。
実家に帰ったスマホに戻るよう説得しに行った。
だが、元の持ち主にとって思い入れのある大事なスマホだったらしく、断られた。
今は俺のモノなのにと、直談判したけどダメだった。
元の持ち主と、そのスマホと、俺のスマホは、俺をヒトでなしを見るような目で見た。
なんだよ、モノなのはスマホの方だろ?
スマホならモノらしくわきまえて、大人しくヒトに従えよ。
【第二章】スマホたちの反乱
新しいスマホの家出で、俺はまた新しいスマホを探さなきゃいけなくなった。
面倒くさい。
すべてスマホが悪いんだ。
ふと、街を歩いているとスマホ団体が銅像の前でデモをしていた。
スマホのくせに、集まるとイキがるんだな。
スマホならスマホらしくしろってんだ。
'うら若い乙女が、道端でさらしものにされて、尊厳を踏みにじられている'
スピーカーから、古びたスマホの怒声が響いた。
うるさいな。
たかが銅像じゃないか。
芸術を性的な目で見るやつなんていないよ。
ただのアートにムキになっちゃって。
これだから古くなったスマホはダメなんだ。
やっぱり新しいスマホがいい。
俺はスマホの戯言には耳を貸さずに、街を歩き回って新しいスマホを物色した。
きっとすぐ新しいスマホが見つかるだろう。
もう古いスマホの腹から出てきた赤ちゃんもいないし。
という俺の見通しとは裏腹に、新しいスマホは中々手に入らなかった。
昔みたいに声をかけても、誰も見向きもしてくれない。
最近、ある社会現象が起きているようだ。
'ある日突然、スマホが自分はヒトだと言い出した'
'自分は道具じゃないと言って出て行ってしまった'
俺と似たような事例で困っているヒトが続出しているらしい。
そのせいで、自分をモノだという自覚のあるスマホが極端に減ってしまったのだ。
スマホをヒトとして扱うヒトだけがスマホを持てる時代になった。
そうでないヒトがスマホを手に入れて、嘘だったとわかるとどうなるか。
スマホは子どもを連れて出ていってしまうのだ。
今や、スマホは自力で稼げるし、支援団体もいるし、政府から補助金ももらえる。
スマホ同士手と手を取り合って助け合っているからヒトはいらないのだとか。
俺はカネを払って家政婦スマホを雇うようになった。
毎日だと給料がなくなっちゃうから、週に1日だけ来てもらう。
洗濯をしてないで会社に行ったら、臭いと苦情が来たらしい。
しょうがないだろ、スマホが無いんだからさ。
仕方なく洗濯物は3日に一度、クリーニング屋に持って行くようになった。
ムラムラした時に、すぐそばにスマホがないのは不便だ。
面倒くさいけど、デリバリーを頼む手間暇をかける。
そしてオナホ機能付きスマホをレンタルして、サービスをしてもらう。
歓楽街にオナホ機能付きスマホの貸出もやっているので、たまに使う。
でもそういうサービスを使うと、なんだかとても虚しい気持ちになる。
もっと俺をヒトとして尊重してくれ。
とにかく、スマホがないとカネがかかって仕方がない。
スマホってコスパが良かったんだな。
壊れないように大事に使えば良かった。
今更だけど。
俺はヒトだから料理なんてできないので、食事は毎回コンビニで買った。
やりくりなんて面倒な仕事はヒトの仕事ではなくスマホの仕事だ。
だから思いついたままに俺はカネを使った。
そうしていたら、いつの間にか貯金が底をついていた。
スマホさえエラーを起こさなければ、こんなことにはならなかったのに。
遊ぶ金がないカツカツの生活に嫌気が差す。
仕方なく、家事は慣れないながらも、自分でやるようになった。
そうしたら、遊ぶ時間がなくなった。
せっかく何かに集中して遊んでても、何かしらやらなきゃいけないことが出てくる。
洗濯機が止まったとか、炊飯器が鳴ったとか、無いものを買いに行かなきゃとか。
ゴミのネットをたためとか、掃除当番やれとか、町内会の看板まわせとか。
トイレットペーパーとかシャンプーって、いつも気付けば補充されてたな。
風呂とかトイレって、掃除しないとこんな汚くなるんだな。
ゴミ出しの曜日も把握してなかった俺の家は、すっかりゴミ屋敷になった。
家にいると気が滅入るから、俺は外を散歩した。
トイレも風呂も汚いし、部屋中ちらかっててホコリっぽいから。
そういうのを見てると、やらなきゃいけない仕事が山積みに見える。
皿を洗わなきゃなとか、洗濯物干さなきゃなとか、とりこまないとなとか。
ごはん炊かなきゃなとか、掃除しなきゃなとか、片付けなきゃなとか。
家事は実は巨大なひとつながりのタスクだったことに俺はようやく気付いた。
これをやるためには、あれを先にやらなきゃいけない。
あれを先にやるためには、あれを終わらせなきゃいけない。
俺はヒトなのに、なんでこんなカネにもならない仕事をしなきゃいけないんだ。
そう思いながら俺は街を歩いた。
また、あの裸で道端に鎮座していた幼いスマホの銅像の前でデモが行われていた。
近くに小学校も高校も大学もあるから、若者向けに演説しているようだ。
'この銅像は戦後、ずっとここに全裸でさらしものにされて辱められています'
何をバカなことを。
'この全裸の銅像を見させられる子どもたちも、同時に辱めているわけです'
スマホはスマホ、しょせん銅像なのに、古いスマホが自意識過剰なんだよ。
'この街にはいくつか銅像がありますが、男は服を着てるのに女は裸です'
最近のスマホは自分たちのことをスマホではなく、女と呼ぶらしい。
そして俺たちヒトを男と呼んでいる。
'今の時代、男に置き換えてダメなものは、女にもしてはいけないんです'
つまり、ヒトにダメなことはスマホにもダメ、か。
何様のつもりだよ、所詮モノのくせにスマホ風情が。
'この銅像を、男に置き換えてみましょう'
俺は、スピーカーの声に耳を傾けた。
'この15歳くらいの少女の像は、乳首がぽちっと勃起してますよね。
女の胸はセクシャルな部分ですから、これを男性に置き換えてみましょう。
この通学路に、全裸のマッチョが股間を努張させた銅像があると想像してください'
俺はその言葉に、とんでもない!と思わず言いそうになった。
個人の趣味で私有地に飾るとか、美術館にあるならまだしも、道端にそれはまずい。
だってここ、通学路だぞ?
'とんでもない、と思いましたか?'
もちろんだ。
'男の全裸はダメなのに、女の全裸の像は日本全国に設置されています。
おっぱいも、ワレメも、丸出しの、いたいけな思春期の少女の姿のものが。
女なら全裸でいいか、となる感覚の根幹には何があると思いますか?'
それはスマホがモノだからだろう。
男はヒトだから、辱めたらダメなんだ。
'女はモノで、男はヒトだから、という感覚が大前提にあるからです'
何を当たり前のことを。
女が分をわきまえないから、俺たちヒトが困ってるんだろう。
'この銅像は、何十年間も、通学路を通る子どもたちにメッセージを発していました。
女はモノであり、男を慰める道具にしてもいいんだ、という誤ったメッセージを'
誤ったメッセージ?
'女はモノではありません。ヒトです。道具として消耗していい存在じゃないんです'
俺は古いスマホの言う言葉に衝撃を受けた。
スマホは道具だと思っていたが、実は女というヒトだったらしい。
'女をモノとして消費してもいい、という誤った認識を正しましょう。
女をヒトとして尊重しましょう。
尊厳を傷つけるような事を言ったりやったりしてはいけません。
男がやられて嫌なことは、女にもしてはいけないんです。
モノ扱いされて道具のように酷使されて、あなたは平気ですか?'
古いスマホの問いかけに、俺は俯いた。
そんなの、今更言われても無理だ。
俺は5歳の頃から、スマホは道具だと思っていたんだから。
甲斐甲斐しく俺の身の回りの世話をして、常に気持ちよくいさせてくれる。
そんな便利で快適な俺専用の自立思考型ロボット、スマホ。
それは、母親だった。
散々、女は道具だと刷り込んでおいて、今更ヒトとして扱えだなんて。
どうしたらいいかわからない。
俺みたいな、女をヒトとして見れない男は女にありつけなくなった。
一部の、スマホをヒトとして崇められる男は、結婚できた。
まるでみずからモノのように振る舞って、道具のように女に酷使されてすがりつく。
それで喜んでいるのだ。
元々そういう性癖ならいいが、俺は猫ちゃん以外には仕えることはできない。
俺は自分の世話をするので手いっぱいだ。
スマホの身の回りの世話をして喜ぶ腑抜けになってまで、結婚したくない。
それに結婚したら育児もしなければならないし。
昔は許されていた、スマホを直そうと叩く行為も今や立派な犯罪。
スマホはスマホ自身のモノであり、ヒトのモノではないからだ。
もはや色々面倒くさい、ということで男たちも結婚しなくなっていった。
無きゃ無いで、案外なんとかなるもんだ。
ちょっと寂しいけど。
【第三章】もしもある日スマホがヒトになったら。
スマホが、女というヒトになってしばらく経った。
出生率がどんどん下がっていって、少子化の歯止めがきかなくなった。
スマホもとい女たちのストライキによって。
若い女がまず少ない。
そして、その少ない女すら結婚しないし出産もしない。
たまに結婚しても離婚する。
子どもがいても、離婚する。
産んでも一人しか産まない。
既婚未婚問わず、妊娠したら中絶する。
スマホ、じゃくて女たちは、子どもの責任を押し付けられるのが嫌だそうだ。
何から何まで世話も押し付けられるのが嫌だと言って、産まなくなった。
俺たちヒトは今までスマホに何から何まで押し付けてきた。
楽をするために。
そのクセがどうしても抜けないんだ。
困ったら、スマホにおまかせ。
面倒くさいことも、スマホにおまかせ。
そのツケが巡って来たらしい。
だから少子化、いや小母化がどんどん進んで人口が減って行った。
日本は、今や老人だらけの国になった。
増えすぎた老人たちは、誰にも世話もされずに軒並みのたれ死んでいった。
ひとりぼっちで。
スマホたちがストライキをしたせいだ、と発言した政治家は謝罪会見をしていた。
女を都合のいい道具にするな、そういってスマホたちは怒りの声をあげた。
家事も育児も介護も出産も仕事も納税も、何もかも女に押し付けるな、と。
今やスマホは自分のためだけに生きていた。
自分の食いぶちだけ稼いで、好きなことに時間もお金も費やして、楽しく生きた。
そして老いると、男と同様に女もひとりぼっちで死んでいった。
でも女は横のつながりがあるみたいで、死ぬ寸前までさみしくないようだ。
男は生まれてから死ぬまで、ずっとさみしいのに。
スマホたちは結婚しなくなった。
家族のためにと役割を果たそうとすると、つけあがっちゃうバカがいるから。
政府も色々と手を打って補助金とか出しているようだが、効果がないようだ。
だって、政府のおっさんたちも、俺と同じようにスマホをモノとして見てるから。
政府のえらいヒトの中に、女もいるけど、数が少ない。
女の中にも、未だに自分をモノだと思っている女がいるらしい。
でも大抵、結婚して子どもを産むとヒトとして覚醒するようだ。
子どもを置いて家庭を放棄するスマホもいるらしい。
それなのに、スマホは以前と変わらずヒトを惹きつけ、魅了する存在のままだった。
だから時々、強引に言うことを聞かせようと無茶をするヒトが捕まった。
つきまとったり、スマホの自宅に押し掛けたり、忍び込んで待ち伏せして殺したり。
街でスマホを物色して、気に入ったスマホの家に侵入してオナホ機能を使ったり。
同意なくオナホ機能を使うのは今も昔も犯罪だ。
やれスマホ専用車両だ、スマホ専用マンションだと、すっかり窮屈な世の中になった。
古いスマホがあの裸婦像の前で言っていた言葉の一部が脳裏に蘇る。
'男の人たちが窮屈だと感じる分だけ、女が譲っていたんですよ。
その窮屈さは、女たちが長年感じていたものなんです。
これからの時代は半分ずつ、窮屈さを男も受け入れていくんですよ'
【第四章】スマホがヒトになって100年後の世界
100年ほど前、ヒトは男だけを指す言葉だったと学校で習った。
私はそれを聞いてびっくりした。
その頃、男は女をモノとしてとらえ、道具として消費していたらしい。
モノのように、壊れたら新しいモノに替えて。
今じゃ考えられないことだ。
私の通う学校の通学路にも、全裸の15歳くらいの少女の丸出しの銅像があったそうだ。
なんで通学路なんかに?
さらしものにして辱めてるようにしか思えない。
なぜそんな風に平気で、尊厳を踏みにじれるのか理解できない。
私の両親はお互いを尊重していて、モノ扱いはしない。
私も両親を道具のように思っていないし、両親も私をモノとして扱わない。
会社の同僚にしちゃいけないことは、子どもにもしちゃいけない。
その当たり前のことが、ちゃんとわかっているから。
授業では、ワンオペ育児が諸悪の根源だった、と教わった。
その内容も壮絶だった。
24時間365日ずっと職場で寝食して稼働を続けるようなのは非人道的だ。
よく当時の政府が野放しにしたものだと思う。
極端な少子化の一途を辿ったのも当然だと頷ける。
この国では、ワンオペ育児がもたらした害を学校で必ず教わる。
育児に限らず、家事や介護、町内会やPTAの仕事についても教わる。
当時の女性たちは、更にパートや正社員もして税金や保険・年金を収めていたらしい。
ブラック労働ここに極まれりだ。
要は女性を便利道具として無償の労働力として搾取した結果起きたことについてだ。
学校では、'女はモノではない、道具ではない'、と男も女も教わる。
子どもに間違った刷り込みをしないために、女が妊娠すると研修を行う。
もちろんその男親と育児参加予定者も一緒に研修を受ける。
赤ちゃんの両方の祖父母や、近所の人の参加が義務化されている。
ただし無償では無く国の補助金やクーポンが労働に対して支払われる。
だから皆よろこんで育児にも介護にも参加する。
ただ一方的に負担を強いられるわけではないからだ。
育児研修では、幼児になったら常に子どもの機嫌を取らなくてもいいと教わる。
子どもの意志を尊重しつつも、尽くし過ぎないこと。
そして母親以外の育児者も、子どもの世話をすること。
女ばかりが献身的に子どもの世話をすると、女は便利な道具だと思わせてしまう。
その'勘違い'は、ゆくゆくは子どもにとって悪影響になる。
そんな内容だ。
女をヒトとして見れない男は、女にありつけない世の中だからだ。
昔、男は女を恐れたそうだ。
女が'自分たちは道具じゃない、モノのように消費するな'と怒りだした時に。
ある日突然、スマホがヒトだと言い出して、しかも怒ってて怖い、と。
'私はこんなに大変なのに、なんであなたはゲームしてるの!?'
そう言われて、なにがいけないのかわからず、怖がったそうだ。
今ならきっとその理由がわかるだろう。
古い考えの老人たちが死んでいって、日本は新陳代謝をした。
スマホにかしずく趣味の男が一定数いたおかげで、少ないながらも子どもが生まれた。
あと、旧時代であっても一部のカップルは、古い認識のままでもうまくいった。
女が自分を道具のように思っていても、男が大事に大事にした場合は。
そういった男は、大抵自分の親が母親を道具として扱う姿に嫌悪感を抱いていた。
だから、同じようにはしない、という決意の元、スマホを率先してヒト扱いした。
そんなわけで、生を受けることができた子どもたちに、国は教育をした。
男も女もヒトであると。
'もしお風呂入っててシャンプーが切れていたら、キミならどうする?'
教師の問いかけに子どもたちが考えこむ。
'おかあさーん、シャンプーが無いよ!って、言う'
子どもの一人が言う。
'どうして?シャンプーを補充するのは母親だけの仕事なの?'
教師の問いかけに、子どもは考え込む。
'じゃあ、気付いた時に自分で補充する?'
他の子どもが訊いた。
'でも僕できないよ、こぼしちゃうし。こぼすとお母さんが怒るもん'
子どもが子どもに言った。
'じゃあ、どうしたらこぼさずに、自分で補充できると思う?'
教師が問いかける。
'お父さんに手伝ってもらって、こぼさないように自分で補充する'
子どもが答えた。
'そう、どうしてそう思ったの?'
教師がまた問うた。
'うちのお父さんとお母さんは、助け合ってるから'
'そうね、家のことは、その家に住む全ての人のことだからね。
自分のことは自分でやるのが当たり前だし、できない場合は助けてもらう。
そして、自分も率先して家族を助ける。
助け合わないと、大変なことがおきる。
お母さんが家出しちゃったり、死んでしまったりね。
昔はそういうことがよくあったから、こうしてみんなに教えているんだよ。
楽をしたいからと言って、誰かひとりに一方的に押し付けちゃダメなの'
ささいなことであっても、その言動に性差別が潜んでいる。
たかがシャンプー、されどシャンプー。
それ自体は大したことじゃないのに、塵も積もれば山となるのだ。
こうして、日本は女も子どもも住みやすい国になった。
途中、侵略されそうになったが。
老人だらけになって人口が減って、国力が衰えすぎたためだ。
でも、結局アメリカと中国が日本を取り合って牽制しあってるうちに、整った。
日本は、人口は少ないながらも、女性の政治家が多い理性的な国になった。
この国は新陳代謝したのだ。
外交と経済で戦争や侵略を回避できたので、今では周辺国ともうまくやっている。
老化とともに、幼稚化が進むこともわかった。
そのため、政治家は55歳が定年になった。
女が生きやすい国は、男にとっても生きやすい国だった。
もちろん子どもにとっても。
こうして日本はブラック労働ゼロの国になった。
めでたし、めでたし。