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●運命の刻


 一旦、落ち着こう……。


 僕は少し、疑心暗鬼になりすぎているだけなのかもしれない。でも、琴葉野さんの部屋で何かがあったのかは確かだろうし、気になるな……。携帯で時間を確認すると、もう15時40分だった。


 僕は廊下に出て、少し先にある琴葉野さんの部屋、409号室に近づく。扉に耳を当ててみるが何も聞こえない。一応ノックをしてみたが何の反応も無かった。やはり後で本人に聞いてみるしかないかな。


 ――おや? 扉に気を取られている僕の視線の先で、何かが通り過ぎた気がした。人ではない何かだった……。通路の先で、膝位の高さの所を、何かが横切ったのだ。


 何だ? 今の影は? 僕は目を凝らして、通路の先を見直すが……もう何も居ない。


 すると、ポーンと遠くでエレベーターの到着する音が聞こえた。


 誰か来たのだろうか? 誰が来たにせよ、他の生徒の部屋の前でウロウロしていたら、怪しすぎるよな。


 僕は廊下の奥、410号室の前に、大きな観葉植物が置かれているのに気付いた。とりあえず……一旦、その裏に隠れて様子を見る事にしよう。


 エレベーターの方から、ゴロゴロと何かの音が近づいて来る。


 やはり誰かが来たようだ。僕は息を潜め、葉っぱの影から様子を伺う。

その人は、大きなシルバーのキャリーケースを引きずりながら歩いて来た。

遠目でも目立つ、白衣に赤い髪……。


 まさか! ドクター・メイ!? や、やばい!! な、なんで!?


 廊下の先、ちょうど通路が十字に分かれる中央で、ドクター・メイは立ち止まった。そして、くるっと踵を返し、僕が隠れている場所とは真逆の方向に歩いて行った。ゴロゴロとキャリーケースを引きずりながら向かう先には、僕の部屋しか無いはず……。


 通路の一番奥なので良くは見えないが、ドクター・メイは、僕の部屋の前で立ち止まったようだ。そして、さも自分の部屋かのように、ドアを開けて中に入って行った……。


 えぇ? どういう事だ? 彼女は、僕の部屋のカードキーを持っているのか?


 たまたま、部屋の外で隠れていたから助かったけど……僕が部屋の中に居たら、どうなっていたのだろうか? 考えるだけで、恐ろしくて震えてくる。


 ドクター・メイは、何を考えているのかまるで分らなく、そこが恐ろしい。それに……彼女は、拳銃を持った殺人鬼だ。


 僕が、震えて動けないでいる少しの間に、ドクター・メイは部屋から出てきた。おそらく、部屋に入って5分も経っていなかっただろう。大きなキャリーケースも変わらず左手に持ったままだ。今度は、こちらに向かって歩いて来る。


 やばい! もう出てきた。何だ? 何だったんだ?


 僕は、背中をできる限り丸めて必死に隠れる。もう様子を伺う余裕も無い。ゴロゴロと微かに聞こえるケースの音に集中し、頭を抱えて息を潜める。段々と近づいてくるその音に、僕は気が狂いそうになる。両手で口を押え、呼吸さえも我慢する。


 すると、こちらに向かってくる音がピタリと止まった。まさか、気付かれた? 僕は恐る恐る振り返り、様子を伺う。どうやら、僕に気付いている訳ではなさそうだった。


 ドクター・メイは、先ほど立ち止まった通路の交差点で、右を向いてしゃがみ込んでいる。なぜ? 僕からは見えないが、右の通路の先に何かあるのだろうか? 


 すると、どこからか迷い込んで来たのか、トコトコと犬が、ドクター・メイの前に歩いて来た。


 なんでこんな所に犬が? さっきの影は、この犬だったのかも……。


 その犬は茶色い中型犬で、黄色いシャツを着て、青い帽子まで被っていた。

懐いているみたいだし、ドクター・メイの飼い犬だろうか? 僕は、犬が近づいてきたら絶対に見つかると思い、さらに丸まって身を隠す。


 それでも、葉の影から覗き見ていると……


 彼女はしゃがみ込んだまま、犬の背を撫でて、信じられないような事を言ったのだ!


「あらあら……ミキキ? どうしたのよ?」


 な、僕は一瞬、頭の中が真っ白になった。え? えぇ? 声が出そうになり口を押える。今、あの犬の事をミキキと呼んだのか?


 僕は、止まらない震えを抑えつつ、必死に理解しようとするが頭が回らない。え? どういう事だ? あの犬がミキキ? ミキキが犬?


 いや、きっと何か理由があって、犬にミキキと同じ名前を付けただけだ……。メールをしたり手紙を書いたり……保健室で会話も聞いた。犬がしゃべるはずが無い。僕は、必死に冷静さを取り戻そうと思考を巡らせる。そうだ……あり得ない。


 が、しかし……続けてさらに、驚くべきことが起きる。


「メイ! ここに居たの? 探していたのよ!」


 なんと……犬が、人と変わらない流暢さで喋ったのだ。あの保健室で聞いた可愛い声で……。


 僕は、あっけに取られて思わず身を乗り出してしまった。そんな僕に、気付かず2人? いや1人と1匹はしゃべりながら歩きだす。


「それにしてもミキキ。誰かに見られたら面倒だから寮の中では自重して欲しいのだけど」


 ドクター・メイは、当たり前のように犬に話しかける。


「ごめ~ん。でも、やっぱり気になって……。今テンくんが部屋に居ると思うんだけど」

「あらあら……ちょうど今、部屋に入って確認したけど誰も居なかったわ」

「え? そんな! 今さっきまで……」

「フフフ……私を信用して欲しいわね。もう準備は万全だし、後は彼だけよ……」

「テンくん……ちゃんと苦しまずに死んでくれるかな……」


 な、なんて事だ……犬が普通にしゃべっているのも不気味だが、その内容も酷い……。僕は、ショックな内容に愕然とする。


「そういえば……華菊さん……まさに冥土の土産だったわね……フフフ」

「全然面白くないし……。もう彼女すっかり灰になっているわ……」

「あらあら……それは良かった……」


 何て事だ。既に華菊さんの死体を処分しているのか? 灰? 燃やしている? 僕は、ベランダで肉の焼けるような匂いがしたのを思い出した。アレってまさか……。


 ――ドクター・メイと犬は、通路の奥へ歩いて行ってしまい、もう会話は聞こえない。


 危なかった……隠れていなければ確実に見つかっていた……。それに、あのしゃべる犬は……ほ、本当にミキキなのか? 信じられないけれど、今日は信じられない事ばかりが起きている。


 もう……僕の常識の許容範囲を超えてしまっている。何がなんだかわからない……。一旦、落ち着いて考えた方が良い気がして、僕は自分の部屋に向かった。琴葉野さんの部屋で何が起きたかは結局分からないままだけど、もうそれ所じゃない。


 時間を確認すると16時になっていた……。


 僕は慎重に辺りを見渡しつつ、カードキーで扉を開け部屋に入る。一応、用心したが、もちろん部屋の中には誰も居ない。


 ふぅ~ ベッドに座ってやっと落ち着いた。このまま寝てしまいたい……。そして、起きたら全て夢だったら……どんなに嬉しいか……。でも、これは現実だ……。ドクター・メイは、なぜ華菊さんを殺したのだろうか? お風呂場の血まみれの制服は、いったい……。


 いや、それよりもミキキと呼ばれた犬は、一体何なんだ? 本当のミキキは、まだ校内のどこかに居るのか? あるいは……。


 僕は、意を決して立ち上がった。そして、恐る恐る脱衣所に向かう。台車に乗ったダンボールの中身を、確認しておこうと思ったのだ。しかし……。


「そんな!」僕は思わず声を上げた。お風呂場のドアは相変わらず開いたままなので、血まみれの制服が目の前に飛び込んで来るはずだったのだが……。そこには、なぜか染み1つ無い、真っ白な制服がかけてあった。


 え? え? 血まみれの制服は?? 僕は少しパニックになる。とりあえず、大きなダンボールをよけてバスルームへ入る。そして制服に近づいて直に触ってみた。所々に汚れが少し付いているが、血らしき染みは全くない。


 ど、どういう事なんだ? 僕は振り返り、脱衣所にあるダンボールを眺めた。箱に無数に付いていた、血の手形が一切無い……。僕は、ダンボルールに近づき、勢いよく開ける。そこには、真っ白なタオルが入っているだけだった……。


 ど、どうして……?


 白いバスタオルを箱の外に出すと、中には何故か、白い電話機が入っていた。それに、黄色い箱のような物が無造作に幾つか入っている。なんだこの黄色い箱……PCケースか? 丸い穴が開いているけど……。


 いやいや! そんな事より、さっきは確かに、血に染まったタオルが入っていたんだ……。それに……制服だって、血で真っ赤に染まっていた……はず。


「まさか、これも……ドクター・メイの仕業?」


 さっき、ドクター・メイが僕の部屋に入った時に証拠を隠滅したとしか考えられない! キャリーケースの中身と入れ換えれば、時間的にも無理じゃないと思う。


 うん、そうに違いない……。


 僕はタオルを適当に箱の中に戻して脱衣所から出た。僕は、ベッドの上で大の字になって天上を見上げながら考える。そして、目をつぶり大きく深呼吸をした。


 ふぅ~ まず落ち着かないと……。


 一番の目的は、ミキキに会う事なんだ。それも犬じゃない方の……。ここで待っていてミキキが来てくれればいいけど……そんなにのんびりも出来ない。すでに、人が殺されているのだ。僕だって殺される可能性もある。まず、危険かもしれないけどドクター・メイに話を聞いてみるか……。彼女と犬が、奥の部屋に向かったという事は、わかっている。


 ドクター・メイは、僕が殺人の瞬間を目撃した事を知らないし、

何度か接触しているが、すぐに僕を殺す気もなさそうだった……多分だけど。


 でも……相手は拳銃を持っているし、僕は爆発するかもしれない制服を着させられている。ああ! 情けないけど逃げ出したい。一体……僕は、どうすれば……。


 そうだ! そうだ、そうだ。こういう時にこそ、ミスミラの手紙じゃないか! 自分を落ち着かせるためにも、今の内にミスミラの手紙を読んでおこう。僕は、鏡さんから受け取った封筒から、手紙を取り出し読み始める。


 すごいね針乃くん。本当に山ノ上学園に入学したんだね。

 きっと凄く頑張ったんだろうね。おめでとう。

 でも、大事なのはこれからですよ。1人で悩まず、時には誰かを頼ってね。      

 すてきな日々を送れるように祈っています。

                        ミスミラ



 ――僕は、短い手紙の文章を何度も読み返す。ミスミラらしい無駄の無い文章だ。


 何度か貰った手紙も同じ感じで数行だったけど、的確に僕を励ましてくれた。今回の手紙もそうだ。僕の学園生活は、今日からなんだ。大事なのは、これからだ。それに今起きている事は、もう僕の手には負えない。既に人が死んでいるんだ。


 1人で解決するのは無理だ。やっぱり職員室に行って、先生に事情を話して任せよう。


 きっとそれが、正解だと思う……。


 ドクター・メイが殺人犯の証拠は無いけれど、携帯で撮った画像で、大量の血が流れたのは、証明できると思う。居なくなった華菊さんの話をすれば、先生も信じてくれるかもしれない。


 ミキキは……どういう立場なのか、わからないままだけど……。


 携帯で時間を確認すると、16時50分だった。


 す~はぁ~ 僕は再び、大げさに深呼吸をし部屋を出る覚悟を決める。まずは職員室へ向かおう。寮を出て、昇降口を入ってすぐだ。ドクター・メイに見つからずに、そこまで行ければ何とかなる。彼女は、まだ4階の奥の部屋に居ると思う。今の内に、寮の1階まで行かなければ……。


 僕は物音に注意し、慎重に部屋を出てエレベーターへ向かう。心臓の音が、うるさい程ドキドキしている。誰かに見つかった瞬間に終わりな気がする。

なんとかエレベーターの前まで到達したが、ボタンを押しかけて少し考えた。


 エレベーター内で、ドクター・メイと鉢合わせする可能性もあるよな……。最悪の事態を考え、僕は階段で1階まで下りる事にした。一段一段、慎重に階段を踏みしめながら、ゆっくりと確実に下りていく。静か過ぎて怖くなるが、誰とも会わずに無事1階まで辿り着いた。


 ――と、ここで遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。事件に気付いた誰かが、警察を呼んでくれたのだろうか? 僕は少しほっとする。階段の入り口部分から、そっと顔を出しエレベーターホールを覗き込む。


 よし! 誰も居ない……いや、寮の外側には数人の人影が見える。


「あらあら、さすが時間通りね。テンくん」

「うぁあぁぁ!」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえ、思わず叫んでしまった。僕は地雷を踏んだ瞬間のように、致命的なミスをしてしまったと瞬時に悟った。


 そうだ! ドクター・メイは音もなく近づいて来る。背後も警戒すべきだったのに!


「フフフ……準備はOKかしら?」

「はぁはぁ……一体……何を……」


 僕は、あまりの恐怖で後ろを振り向く事すら出来ずにいた。


「困った事に、誰かが警察を呼んでしまったようね。もう時間がないわ。フフフ……」


 僕は、段々と近づいて来るサイレンに期待しつつ、なるべく時間を稼ごうと試みる。


「僕は、何をすればいい? ミキキはどこに?」

「フフフ……心配しなくても大丈夫よ。このまま寮の扉を出てくれれば、それでいいわ」

「わ、わかったよ……」


 僕は、なるべく通路をゆっくり歩き、寮の扉に向かう。ガラス張りの寮のドアから、すでに校舎の前に止まっているパトカーと、数人の警察官が見えた。

このまま扉の外に出て、警察官に保護してもらえば、命だけは助かるのでは? 


 いや、それにしては、ドクター・メイは落ち着いているように見える。どうして? そうだ! 僕が着ている上着だ! 警察官ごと爆発させる気なのかも……。


 その隙に、逃げる気なのだろうか? どうすれば……。僕がドアの前で扉を開けるのを躊躇していると、拡声器を持った婦警さんが大声で叫んだ。


「ハリノ テン! 大人しく出てきなさい! 逃げ場は無いぞ!」


 えぇ? ぼ、僕? まさか警察は、僕を捕まえに来ている? え? なんで?


 僕は、一瞬パニックになり、振り返り後ろに居るドクター・メイを確認する。すると彼女は、優しく微笑み、ゆっくり深く頷く。しかし、その右手には拳銃のような物が握られ、僕に向けられている。


 もう選択肢は無い。


 僕は、覚悟を決めて扉を開けた。その一瞬、風が強く吹き桜の花びらが舞い踊る。


「ハリノ テンだな! 抵抗すると撃つぞ!」


 パトカーの横で、拡声器を持った婦警さんが、僕を指差して叫んでいる。僕は、両手を上げて無抵抗をアピールしてゆっくり歩く。そして心の中で祈る。頼むから撃たないでくれ、僕は爆弾を身に着けているんだ!


 数人の拳銃を構えた警察官に包囲されつつも、彼らは撃つ気がなさそうに見え、安心した。そうだ……警察は無抵抗の学生に、いきなり発砲したりしないだろう。

 ところが、なぜか僕の前にヨロヨロと歩み出てきた、ミニスカートの婦警さんが、僕に拳銃を向けて引き金に指を掛ける。


 え? なんで? 無抵抗の学生なのに!


 立ち尽くす僕の目の前で、婦警さんが構えた拳銃が火を噴いた。同時に、僕の胸元から噴き出した血しぶきが、桜の花びらと一緒に白い制服に降り注ぐ。僕は、スローモーションのように、ゆっくり大の字に後ろに倒れていく。


 薄れゆく意識の中、17時を知らせるチャイムが聞こえる。


 ――一体、どうしてこんな事になったのだろう?


 僕は、ミキキに会いたかっただけなのに……。


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