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●屋上の惨劇


 今朝、配られたプリントによると、僕の部屋は403号室で寮の4階だ。この寮は、一年生専用の寮なのだけど、一般生徒は2階から3階で、基本的には相部屋となっているらしい。4階というのは、特待生だけのフロアのようだ……。


 ミキキと相部屋という以外は、特別扱いに違いは無い。


 相田君の部屋は2階で、同じクラスの男子と相部屋だという。


「そんじゃ、何かあったら声かけてよ。俺は211だからさ!」


 僕は相田君に笑顔でお礼を言い、1階のホールで別れた。ふと、自然と笑顔が出ている自分に少し驚いた。なんとか寮生活もやっていけそうな気がする……。


「そっか~ 女優さんか~」


 相田君は独り言を呟きながら、上機嫌で階段を上って行った。僕は1階のトイレに寄ってから、エレベーターで自分の部屋へ向かう事にした。そこで僕は、保健室前で聞いてしまった会話を思い出し、急に不安になる。


 それに、なんで僕とミキキだけ相部屋? 何か理由があるのだろうか……。考えてみれば、初めて会う女子と同じ部屋なんて、どう接すれば良いのか?


 そんな事を悶々と考えつつ、トイレの鏡の前で手を洗っていた。僕は、とりあえず入学した事で……ミキキとの約束を果たしたと思う……。


 でもミキキは? 僕の「お願い」を覚えてくれているだろうか?


 そういえば、皆で食べる食事が思いの他楽しかったのでスッカリ忘れてしまったけど、下駄箱に入っていた手紙。もし部屋にミキキが居たら、読みにくいかもしれない。


 僕はコソコソとトイレの個室に入り、慎重にポケットから手紙を出し開けてみた。


 や、やっぱり……ラ、ラブレターなのかな? 


 しかし期待して見たものの、手紙にはたった一行だけしか書かれていなかった。


 ん? あれ? 僕は裏返したりしながら、文章が読めるように手紙をくるくる回した。可愛い丸い文字で書かれている内容を確認する。


「屋上で待ってるね……ミキキ……」


 思わず声に出して読んでいた。そしてスグに血の気が引いていくのを感じた。


 ミキキだって!?


 何て事だ! また僕は、ミキキを無視してしまったのか? いや! まだ……まだ、今も待たせているのかもしれない!


 僕は急いでトイレから駆け出して、寮を出て校舎へ向かって走った。時間を確認すると13時5分だった。昇降口の前の、トイレの横にある階段を一気に3階まで駆け上る。


「はぁ……はぁ……はぁ……あれ?」


 しかし、階段は3階までしかなく屋上へは行けない。僕は息を切らせながらも、キョロキョロと辺りを見渡し考える。


 そうだ! たしか廊下の先にも階段があったと思う。そっちからなら、屋上に行けるのかも。僕は、1年生のクラスが並ぶ廊下を走りだす。


 ――と、正面から3人の生徒が歩いて来るのが見えた。しかも、遠目からでも一目でわかる……一人は白いジャケットを着ている。特待生だ!


 僕は咄嗟にスピードを落とし早歩きに変える。特待生は見本となる生徒のはずだし、廊下を走っている姿は見られない方が良い気がしたのだ。白い制服の生徒は、一瞬男子かと思ったけどスカートを履いている。ショートカットの似合うボーイッシュな女の子……。


 すれ違いざまに目が合ってしまった。


「わっ! 君も特待生だな?」


 彼女は立ち止まり、右手の指を銃のような形にして僕を指さす。


「うっ!」


 僕は後ずさりながら、無視する訳にもいかず立ち止まる。


「あ、初めまして。針乃…… タカシです」


 今度は、少しタカシを強調して自己紹介してみた。


「針乃? あ~! テンくん! テンくんだよね? 君! アハハハ」


 その女子は、手を叩きながら無邪気に笑う。


「う、うん……」


 さすがに、もうテンでいいや……という気になってくる。


「ボクは兎角トカク アツメよろしく!」


 笑顔でピースサインを出された。なんか、無駄に元気の良い子だな……。


「え~っと後ろの2人……眼鏡のボサボサ髪の彼は、矢追ヤオイ君。あと、こっちの小っちゃい子は、節木フシキちゃんね」


 兎角さんは、一緒にいた生徒を紹介してくれた。後にいた眼鏡の男子と背の低い女子が、会釈してきたので僕も釣られて頭を下げる。


「テンくんは、1人でどうしたんだい?」


 兎角さんは僕の右手の袖を掴み、屈託のない笑顔で聞いてきた。


「あ、ちょっと屋上に用事が……」


 僕は曖昧に答えて早くこの場を立ち去りたかった。


「何ですと? 屋上ですと!?」


 兎角さんの後にいた矢追君が、予想外に食いついてきた。


「ま、まさか汝も、UFOを呼ぶつもりでござるか!?」


 え? 一瞬、言われた意味が分からず固まってしまった。


「アハハハ。ごめんごめん。ボク達さっきまで屋上で、UFOを呼んでいたんだよ」


 兎角さんは腰に両手をあて、胸を張り自慢げに答える。


「え? 何? UFO?」


 僕は、全く話に付いて行けず混乱する。


「兎角さん……私はUFOなんて、信じていないの……」


兎角さんの後ろで、頭の上に団子のように髪を結んでいる節木さんが、小声で呟く。


「アハハハ。まぁ、いいじゃない! ボク達はもう仲間なんだし!」


 兎角さんは、節木さんの頭の団子をポンポンしながら笑う。


「勝手に仲間にされるのは、心外なの……」


 節木さんは背が低い事もあるが、常に俯いているので、さらに小さく感じる。


「え~っと……兎角さん達は、今まで屋上に居たのかな?」


 僕はとりあえず、そこだけが気になった。


「うん! 居たよ。風が気持ち良かった~ アハハハ」

「あの物体は、UFOに間違いないのですぞ!」

「まだ今の段階では……断定するのは、早急なの……」


 3人がいっぺんに答えるので対応に困る……。


「うぅ……」


 屋上にミキキは居なかったのか? 僕が知りたいのはソレだけなのに!


「あ、あの……屋上には、この先の階段で行けるのかな? 居たのは君達だけだった?」

「うん、そうだね。ボク達以外には、他に誰も居なかったな」


 あれ? すると、ミキキは屋上に居なかったのか? どうしよう……今からでも一応行ってみるべきかな……。僕は少し考え込んでしまった。


「どうしたんだい? テンくん! 深刻な顔して!」

「我々3人で呼んで、一瞬だけやっと姿を見せたのだ! 汝1人では……」

「私は、UFOなんて呼んでいないの……一緒にしないでほしいの……」


 3人は相変わらず、それぞれ僕に話しかける。


「あ、ありがとう。でも一応、屋上に行ってみるよ。僕、高い所が好きだから……」


 かなり強引だと思いつつも、この3人に付き合っていても仕方ないし、僕は屋上へ行ってみる事にした。


「ところで、テンくん。君も何か特別な力があるんだろう?」


 屋上へ歩きだそうと背を向けた僕に、兎角さんが小声で言った。


「えっ!?」


 僕は声を出して驚き、ゆっくりと振り返る。


「な、なぜ……そんな事を?」


 僕は、かなり動揺していた。僕の嘘を見抜く力は、誰にも言っていない……。それに「君も」と言った? 他にも特別な力を持った人が居るのか?


 兎角さんはニコっと笑って当たり前のように言う。


「人は誰しも、特別な力を持っているもんね! 多くの人は気付いていないだけでね!」


 兎角さんは、指で銃のように僕を撃つ真似をし、ウインクをした。


「そ、そうだね……そ、それじゃ!」


 僕は、それだけ言って屋上へ向かって歩きだした。


「アハハハ。またね! テンくん!」


 後から兎角さんの元気な声が聞こえた。僕は振り向かず逃げるように速足で歩いた。ビックリしたけど……僕の力に気づいて言った訳では無い……よな?


 何か不思議な子だ……兎角 集さん。


 廊下の先に見つけた階段を登りきり、鉄の扉を開けると屋上だった。そこは、水色の高いフェンスで囲まれていた。ベンチなども置いてある事から、普段から憩いの場として開放されているのだろう。


 全体を見渡して見ても誰も居ない……。天気が良くて気持ち良いけど、しかし……どうしようか……。


 僕は携帯を取り出して時間を確認する。13時20分だ。


 携帯は、ここでもやはり圏外だ。僕は何気に、屋上をフェンス沿いにぐるりと一周、歩いてみた。山の上にある学園なので景色は素晴らしい。校舎の奥には赤い三角屋根の学生寮も見える。フェンスの外に並ぶタンクの裏までは見えないが、そこまで生徒は行かないだろう。


 ベンチはパイプで出来た簡素なタイプで、背もたれが無いので後に人が隠れるのは難しい。やはり特に身を隠せそうな場所は無いな……。


「誰も居ない……か」


 僕はつぶやきながら立ち止まり、ぐるりと全体を見渡す。


 屋上はL字型で、角の部分に階段につながる出入口が四角い建物としてあるのだが、コンクリートの塊に扉があるだけの、窓もないシンプルな物だ。隠れるのは無理かな……裏には回り込めないし、ちょっと歩けば見つかるよな……。僕は、建物の周りをブツブツ呟きながら歩いていた。


 その時、建物の壁の上の方にパイプ状の梯子があるのに気付いた。


 下まで続いていない梯子なので登る為の物では無く、何かの作業用かもしれない。一応気になったので、僕は梯子に手を伸ばして登ってみた。背が高くない僕は、少し苦労したが何とかよじ登れた。


 ここは屋上のさらに1番高い所だ。もちろん誰も居ないし何もない。屋上を囲むフェンスが低く見え、ちょっと怖い。高さ30cm程の壁で囲まれているが、壁と言う程の高さは無く、ベンチに近いな……。


 僕はその壁のベンチに腰をかけて、空を流れる雲を眺める。


 ミキキは何処にいるんだろう?


 そろそろ部屋に戻ろうかと腰を上げた瞬間に、足元のドアが開き声が聞こえた。


「ええっと、ここは屋上ですよね?」


 聞き覚えのある女子の声が聞こえた。ミキキではないが、さっきまで聞いていた声だ。僕は何となくかがんで身構える。まだ屋上には出て来ていないが、誰かが扉の向こうで話しているようだ。


「フフフ……天気が良くて、最高ね」


 さっきとは別な声が聞こえた。この声の持ち主は忘れられない。


 ドクター・メイだ!


「え、えぇ……でも……」

「あらあら、心配? 大丈夫よ。一瞬の事だから。フフフ……」


 そして扉が大きく開き、女子生徒が1人で屋上に出てきた。僕は、その女子が出てきた扉のある建物の上にいたので、まだ気付かれていないようだ。


 チラッと下を覗き見ると女子生徒が、風になびくスカートを両手で抑えながら立っている。ブレザーは着ていなくて、白い長そでシャツに緑のスカートだ。その子の茶色い波打った髪の毛が、風でさらに大きくなびいている。後ろ姿だが、聞き覚えのある声。この髪型にスタイル……。


 この子は、華菊さんだ!


「あ、あの……本当に……ここで?」


 華菊さんは振り向いて、ドアの中に向かって話しかける。


「フフフ……急でごめんなさい。誰も居なくて良かったわ」


 ドクター・メイは、まだ屋上へ出てきていないようだが、なんだろう? この状況。


 華菊さんは、ついさっき鏡さんと部屋に向かったと思ったけど……。僕は、ドクター・メイは苦手だけど……別に悪い事をしている訳でも無いし、隠れている必要は無いよな……。そう思って声をかけようと思った矢先に、耳を疑う言葉を聞いた。


「さあ、貴方には早速だけど、死んでもらうわ!」


 僕は驚き、立ち上がりかけていた体を止めて伏せる。


 え? ちょっと待て? し、死んでもらう? な、何を言っているんだ?


 どうやらドクター・メイも屋上に出てきたようだ。僕は伏せてしまったので下の様子がわからない。ど、どうしよう……。


「あ、あの……どうして……わ、私なんですか?」


 華菊さんは、状況が解っていないようで、震えた声で尋ねる。


「フフフ……貴方、今朝ミキキに会ったのよね? その時にもう決めていたみたいよ」


 ドクター・メイが意味の解らない事を言う。


 ミキキが? 一体何の事だ?


 一瞬の静寂の後、パチンと指を鳴らすような音が聞こえた。


「だ、誰か! 助けて!」


 華菊さんが、堰を切ったように悲鳴に近い声で叫び、走り出す。僕は、高さ30cmの壁から少しだけ頭を出して、下を覗き込んだ。カッコ良く飛び降りて助けに行きたい所だが、体がすくんで動かない……。やっとの思いで、下を覗き見るだけが精一杯だった……。僕は、なんて情けないんだ。知り合いの女子が目の前で助けを求めているのに!


 ――華菊さんは奥のフェンスまで走って逃げるも、もう震えて動けないようだ。ドクター・メイが銃のような物を突き付けながら華菊さんに歩み寄る。


 銃だって? まさか本物なのか?


 僕は震える膝を叩いて、何とか立ち上がろうとするも、どうしても動けない。心が動く事を拒否しているようだ。


 叫んでドクター・メイの注意を惹きつけるか? でも彼女は銃を持っている。僕に何が出来る? 僕も一緒に撃たれて、お終いじゃないのか?


「もうそろそろ、良いかしら?」

「い、嫌! せ、折角、この学園に入れたのに!」

「フフフ……この学園の歴史には残るわ……きっと、貴方が居なくなった後もね」


 華菊さんは、フェンスを背中に動けないでいる。


「じゃ、さようなら!」


 ドクター・メイが銃を構え、狙いを定める。


 どうしよう!! 助けなきゃ!


「いやっ、きゃぁ~~~!」


 華菊さんが絶叫と言える叫び声を上げる。人の本気の叫び声を初めて聞いた。僕は身を乗り出したが、叫ぼうにも声が出ず意味なく宙に手を伸ばす


 パン! パン!


 何かが破裂するような音がして、華菊さんの胸元から、大量の赤い液体が噴き出した。そして彼女はゆっくりと、真っ赤に染まる胸元を確認するように座り込み、そのまま動かなくなった。白いシャツがみるみる真っ赤に染まり、その赤い液体は周囲にも広がっていく。


「フフフ……思った通り綺麗に咲いたわね……」


 ドクター・メイは振り返り、満足そうに決め台詞のような事を言う。僕は両手で耳を塞いで屈みこんだ。華菊さんの最後の叫び声が耳に残って消えない。


 何も出来なかった……僕は、何も……華菊さんが……殺された?


 それにしても、何でドクター・メイはこんな事を?


 冷たい汗が体中から滲み出てくる。震えが止まらない。耳を塞いで伏せたまま、どれくらいの時間がたっただろうか?


 目の前で知っている人が殺された!? その人を助けられなかった!?


 僕はあまりのショックに放心状態になっていた。昼間の学校の屋上で、いったい何が起こったんだ?僕は這いつくばったまま、しばらく状況が理解できず身動きが出来ないでいた。


 ふと、目の前の床に何かが書いてある事に気づく。床は雨ざらしで汚れているが、そこに文字が書かれていた。


(テ ン の バ カ !)と、マジックか何かでハッキリと書かれている。つい最近書かれた物だろう。


 こ、これは……一体誰が? いや、この可愛い文字は手紙の文字と同じだ。


 ミキキが書いたのか? え? なんで? やっぱりミキキも屋上に来てたんだ! この文字を見た事で、何故か僕は驚くほど冷静になった。


 そうだ! こんな所でジッとしていても仕方ない。でもいいから先生に知らせないと! それから救急車? 警察? いや、まずは、現状を把握しなくては……。


 ドクター・メイは音もなく近付いてきたりする……油断はできない。


 耳を澄まし……背後を確認し……僕は慎重に頭を上げる。周囲を見渡すが風の音しか聞こえない。屋上にはもう誰もいないようだ。中腰になり足元も覗き込むが、やはり誰もいない……。さっきの出来事は夢だった?


 いや、屋上の床に、さっきは無かった血だまりのようなものが残っている。立ち上がって屋上全体をもう一度見渡し、僕は梯子を伝い屋上の床にゆっくりと降りた。


 そして、大きく深呼吸をしてみる。


 うん、大丈夫だ。


 僕は覚悟を決めて、華菊さんが撃たれた場所に近づいてみた。床に残った赤い液体に近づいて見てみたが、これは絵の具やケチャップなどではない……。実際に見た事は無いけれど、たぶん血液なんだと思う……。


 そして、この血だまりのようなものは、かなり大きい。ここから出入り口のドアに向かって、ポタポタと赤い跡が続いている。そして、それを踏んで出来たであろう、足跡もいくつかある。


 ドクター・メイが、華菊さんをどこかに運んだのだろうか……。


 犯人は、ドクター・メイで間違いないよな……女子生徒が1人で死体を運べるものか?


 僕は、保健室でのミキキとドクター・メイの会話を思い出す。台車などを使えば……いや、屋上までは階段しかない。台車は無理だろう。事実はわからないが、今屋上に誰もいない事を考えると、何とかして運んだのだ。


 一体どうやって? ちゃんと見届ければ良かった! 僕にもう少しだけ勇気が有れば……。


 今更、後悔しても仕方ない。僕はもう1度目を閉じて先程の出来事を思い出してみる。チラっとして見えなかったけど、赤い長い髪に医者のような白衣。それに赤いハイヒール。後ろ姿だけど、間違いなくドクター・メイだろう。


 手に持っていたのは黒い小型の銃? 少なくとも2発は撃ったと思う。携帯を取り出して、時間を見ると13時50分だ。僕は30分以上、屋上にいた事になる。


 とりあえず、この光景を写メに撮っておいた。何かの証拠になるかもしれない! 被害者が見当たらなくても、これだけの惨状を見せれば、警察も調べてくれると思う。赤く残った足跡を調べれば、ドクター・メイの上履きという、証拠も見つかるかも……。


 ん? あれ? 上履き? 僕は改めて思い出す。


 たしか、ドクター・メイは、ハイヒールを履いていた。後ろ姿だけどそれは確認した。しかし屋上に残っている足跡は、僕の上履きと同じような感じだった。


 あの場にもう1人居た? 華菊さんを運んだ人は、別に居るのか?


 何にせよ、もはや僕の手に負える事ではない。先生に知らせて110番だ!

不思議と校舎の中には、血の跡や足跡は見当たらない。拭き取られたのだろうか?


 僕は、屋上から階段を一気に1階まで駆け降りる。その途中で、消火栓の非常ボタンが目に入った。


 そうだ、これを押せば消防の人が駆け付けてくれるかも?


 しかし、よく見るとランプ部分が外れていて壊れているようだ。次の消火栓も、次も! 全部壊されている! 


 なんでだ? これもドクター・メイの仕業?


 僕はもう消火栓は諦めて職員室を目指す事にした。1階まで下りて、3年生の教室の前を一気に駆け抜けて、昇降口のトイレの前まで辿り着いた。


 はぁはぁはぁ……よし、職員室はこの先だったはず……。


「あらあら? 廊下を走るのは良くないわね……」


 トイレの前で息を切らし立ち止まった所で、背後から声を掛けられた。僕は心臓が止まりそうな程ビックリした。振り返らなくてもわかる。もう、この声は覚えた……ドクター・メイだ!


「フフフ……そんなに驚いて……失礼ね」


 僕はなるべく平静を装って振り向いた。


「あ、いや、な、何でもないよ。ホント何でも……」

「会えて嬉しいわ。いったい何をしていたのかしら? 制服が汚れているわよ?」

「え?」


 僕は言われて初めて白い制服の胸やお腹周辺が黒く汚れている事に気が付いた。たぶん屋上で寝そべったりしたからだ。


「あ、えっと、こ、これは、ちょっと転んで……。で、でも、もう大丈夫……」

「そういえば、ちょうど良い事に、替えの制服があったわ~ しかも男子用の!」


 ドクター・メイは、抱えていた大きな紙袋から白い制服を取り出した。


「え? いやいや、そんんな……。僕、急いでいるので」


 僕は全力で否定した。ドクター・メイの目は真っ赤に輝いて見える。


「特待生が、そんな汚れた制服で歩き回るのは駄目よ。さぁさぁ」


 ドクター・メイは強引に僕の腕を引き寄せる。


「ちょ、ちょっと……」


 足がすくんだ僕は、よろけてドクター・メイに寄りかかってしまう。


「お願い。テンくん……少しだけじっとしていて……」


 僕の肩を抱きながら、耳元で彼女は優しく甘い声で囁いた。まるで悪魔の囁きだ。僕は、ここで殺されるのかもしれないと目を閉じる……。気付いたら制服の上着を脱がされ、新しい物に交換させられていた。


「フフフ……似合うわよ。とっても……」


 ドクター・メイが目の前で僕の制服の胸元のボタンを留める。


「あ、ありがとう……」


 僕は、それだけ言うのがやっとだった。一体なぜ、僕に強引に新しい制服を……。


「フフフ……」


 ドクター・メイは満足そうに微笑む。


 なんて……怖い笑みだ。屋上に僕が居た事に気付いて待ち伏せしていたのだろうか?


 彼女の目の前で、このまま職員室に向かうのは無理だ……。警察に連絡しようにも、携帯はこのトイレの前でしか電波が通じない。


「ド、ドクター・メイさんは……こ、ここで何を?」


 僕は、何とか適当な話をして彼女が立ち去るまで待つか考える。


「私? 私はちょっと電話が来るのを待っているのよ。私の方からかけてもいいのだけど、向こうの都合もあるだろうし、もう少し待つわ」

「そ、そうなんだ……」


 うぅ! 最悪だ……ドクター・メイが居る間は警察に連絡出来ない……。男子トイレの中にも平気で入ってくるような人だからな……。それに考えてみれば、僕に時間稼ぎが出来るほど会話を繋ぐ話術なんて無かった。作戦変更だ。一旦、部屋に戻り少し時間を潰して、すぐに戻って来よう。


「あ、僕はとりあえず自分の部屋に戻ろうかな……」

「あらあら、残念ね……暇つぶしに話し相手になってもらおうかと思ったのに……」

「ご、ごめんなさい……また今度……」


 じょ、冗談じゃない! 殺人鬼かもしれない人と立ち話なんて! 僕はひきつった笑い顔をしていたと思う。


「貴方の制服は、ちゃんと後で返すから安心してね」

「え? いや……すみません……替えの制服を持って無かったので……助かります……」


 僕はとりえずお礼を言ったが、本心では一刻も早くこの制服は脱いでしまいたかった。あのドクター・メイの瞳……絶対に何か怪しい。


 着替えといえば、ドクター・メイは返り血など一切ない真っ白な白衣を着ている。血まみれの華菊さんを運んだんだのなら、血が付かない訳がない。どこかで着替えたのだろうか? それに華菊さんの死体は今どこに……。いや、今はそんな事を考えている場合じゃない!


「そ、それじゃ!」


 僕は精一杯の微妙な笑顔で、とりあえず立ち去る事にした。


「あ、そうそう。その制服……絶対に脱がないでね。絶対に……。お願いよ」

「え……」

「無理に脱ごうとすると……もしかしたら破裂しちゃうかも……フフフ……」

「なっ!」


 僕は、耳を疑ったが、屋上での事を思い出す。そうだこの人は、怯えて命乞いをする華菊さんを、躊躇なく撃ち殺したんだ。この制服には爆弾か何かが仕掛けられているのか? そういえば少し重たい気がする……。


「あらあら……本気にしないで。でも脱いじゃ駄目なのは本当よ」


 ドクター・メイは、青ざめて立ち尽くす僕を見て声をかける。


「そうそう……ポケットに手紙も入れておいたわよ。フフフ……」


 手紙? 僕の上着に入っていた、ミキキからの手紙の事か? 新しい上着のポケットに入れ直してくれたのか? 妙な所に気が利くな……。


「わ、わざわざ、ありがとう……」


 僕は、一応お礼を言って一刻も早くこの場を立ち去ろうと、下駄箱へ向かう。しかし、そういえば……僕の靴は、下駄箱には無かったんだ。でも、このまま上履きで外に出て行って、ドクター・メイに何か言われるのも嫌だな……。履きかえるフリだけでもしておこう……。僕はドクター・メイの視線を背中に感じつつ、下駄箱の蓋を開ける。


「えぇっ?」


 目立ちたくないと思っていたのに、つい声を上げてしまった。なぜか、さっきは無かったはずの僕の靴が下駄箱の中にあったのだ! 僕は、慌ててドクター・メイの方を振り返る。ドクター・メイは一瞬だけ首を傾げたが、ちょうど携帯に電話が掛ってきたようだ。白衣の胸ポケットから携帯を取り出して話し始めた。


 あ、危なかった……。


 僕はわざと靴をゆっくりと履き替えて聞き耳を立てる事にする。


「私よ。ええ大丈夫。それが……やったわよ。……例の制服……」

「ええ、そうよ。……見ているわ。フフフ……」

「……駄目よ。……華菊さんを火葬……放置出来ない…………待って」

「ええ……華菊さん……彼女は間違いなく……死んでいたわ……だから…………」


 断片的にしか聞き取れないけど、華菊さんはやっぱり……死んだんだ……?


「そうね……彼女の死因は……だから……フフフ。きっと、お似合いよね……あの……」


 いつでも消せるからか? ドクター・メイは、僕の事は全く気にせず電話している……。


「……注射して……動かなくしたら……をして出来上がり……」

「詳しくは伝えていないわ……どうせ……消えるのだから……」


 ドクター・メイはトイレの前をウロウロ歩きながら話していたが、突然立ち止まり……そして僕を見てニヤリと笑った。


 やはり、この無理やり着せられた制服は口封じの為の物なのか……。僕はもうこれ以上は、ここで聞いていられなかった……。とにかく逃げ出したかった。僕は靴を履き替えて、転げるように走って寮へ向かった。


 ミキキ……結局屋上には居なかったし……まだ会えないでいるなんて……。しかし、さっきの屋上での出来事は現実だったのだろうか? ドクター・メイ。彼女は何者なんだ? 人を殺して、死体を運んで、あんなにすぐに平然としていられるものか?


 今日は、入学初日なのに。信じられない事ばかりが起きる……。


 僕はただ、ミキキに会いたいだけなのに!




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