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●保健室の会話


 僕は廊下の壁に寄りかかり天井を見上げていた……。


 入学式が終わり体育館から出て来た生徒の列が、僕の前を通り過ぎていく。ヒソヒソ僕の方を見て内緒話をしている生徒もいる……。入学式をサボったから、軽蔑されている訳ではない……と思う。


 興味本位の視線を向けられているのを感じる……。


 今更ながら気づいたのだが……僕の前を通り過ぎていく生徒達の制服は、深い緑色だった。この僕が着ている白い制服は、もしかして……いや明らかに……。


「あ~! こんな所に居た!」


 大きな声を出しながら、グレーのスーツを着た若い教師らしき女性が歩み寄ってくる。


「貴方、針乃君よね?」


「あ、はい……」僕は力無く頷く。


 やはり、怒られるのだろうか?


「も~! 入学式に来ないから心配したんだから! 迷っちゃったのかな?」


 意外にも、その教師は優しく微笑んだ。


「私について来てね。貴方は2組で、私が担任だから!」

「私の名前は、優木ユウキ 教子キョウコよ。よろしくね」


 敬礼するポーズでおどけて微笑んでみせる。名門校のイメージとは違う、軽いノリの先生でちょっと救われる感じがした。明らかに落ち込んでいる僕に、気を使ってくれているのかもしれない。とりあえず、どうやら初日から怒られる事はないみたいだ。


「すみません……」僕はそれだけ答えて、優木先生の後をついて行った。


 俯きながら歩いていると、優木先生のタイトスカートばかり目に入ってしまい、僕は目のやり場に困っていた。先生なのに結構スカートが短いんだなぁ……などと考えていると、後頭部に何となく視線を感じた。後ろからは、おそらく同じクラスメイトだろう生徒達も付いて来ている。そして、ヒソヒソ話と言うには、ボリュームが大きすぎる会話が聞こえてくる。


「――あの人がウチのクラスの特待生?」

「え~ 地味じゃない?」

「見えないけど、やっぱ頭良いのかな?」

「なんか、先生のお尻ばかり見てない?」


 いろいろ好き勝手な事を言っているが、どれも否定できないのが悔しい……。


 この白い制服は、特待生だけが着ているんだ。それが解ると罰ゲーム並に恥ずかしい。

常に他の生徒からの視線を感じる……。特待生は、制服からして特別という事か。


 しかし、そうすると廊下で会った琴葉野さんも、特待生だったという事なのか……。彼女も白い、パン……いや、制服を着ていた。終了直前に入学式に参加したって事だよな……。どうりで慌てていたはずだ。ちょっと安心したけど、遅れてでも参加しただけマシか。僕なんて……。


 そういえば、あのドクター・メイという変な人も本当に特待生だったんだな……。確かに白衣の下に、白い制服を着ていたように見えた。


 ふと、僕は彼女の胸元を思い出してしまいハッとする。だらしない顔をしているであろう自分に気付き、思わず周りを見渡す……。こんな目立つ格好じゃ迂闊に変な妄想も出来ない。


 そんな事を考えている内に、階段を3階まで上り、教室に到着する。


「さぁ、着いたわよ~。入って!」


 優木先生が生徒を教室内へ誘導する。僕のクラスらしい「1の2」は校舎の3階だ。これから毎日、3階まで階段を上る事になる訳か……さっそく気が滅入る。


 教室に入ると、既に机には名札が貼ってあり、そこに各自座るようだ。ふぅ~ とりえず自分の名前が本当にあって安心した。1番窓側の、前から2番目の席だ。


 みんな緊張しているのか、会話もなく大人しく座っている。有名な私立の学校とは言え、教室は普通というか、シンプルな一般的な教室に感じる。黒板も机も中学の時と、さほど変わりはない。


 ――まぁ、僕にとっては、あまり良い思い出のある空間ではないな……。


 相変わらず僕は、人付き合いは苦手だ。高校では友達とか……出来るのだろうか?


 自分のせいだとはわかってはいるけど、結局今まで友達と呼べる人は出来なかった……。携帯のアドレス帳にはお母さんの番号と、後もう1つのアドレスしか無い……。僕をこの学園へ導いた、ある意味救いの女神……ミキキのアドレスだ。


 ミキキもこの学園に今日入学しているはずなのだけど……。


 僕は携帯を取り出して時間を確認する。10時45分だ。もちろん教室の壁にも大きな時計があるが、時間を見る時に携帯を出すのが癖になっていた。校内は圏外みたいでアンテナは立っていない。でもそれは、僕にとってはどうでも良い事だ。


 データフォルダから1つしかない画像ファイルを選ぶ。ポニーテールの幼い可愛い女の子が変わらない笑顔で現れる。このデータが消えないか心配で、機種変更も出来ないでいる……。


 全員が自分の席を見つけて落ち着いたのを見計らい、優木先生が妙に明るい口調で自己紹介を始める。25歳で独身だとか、初めての担任で気合が入っているとか、好きな音楽とか、誰も聞いてもいない事を良く喋るなぁ……。


 それよりも気になるのは、僕の前の席だ。今の所、まだ誰も座っていない。

 欠席? 学園生活の初日から? いや、入学式をサボった僕が、そんな事考えるのもおかしいけど……。


 何となく、窓の外に目をやると3階ということもあり校庭全部を見渡せる。校庭の奥にはプールやテニスコートも見える。山ノ上なのに、思ったより広いんだなぁ。


 改めて教室の席に着くと、僕は先が不安で不安で仕方なくなってくる。今日から早速寮での生活が始まるし……初めての事が多すぎる。それに、まずミキキと会わないと!


 ミキキは、どんな感じの子なんだろうか? 僕は成長した制服姿のミキキを想像していた。


 そうすると、不思議と不安も和らぎ落ち着けるのだった。


「――ちょっと聞いているの? え~と、針乃……テンくん?」


 担任が僕の顔を覗き込んでくる。うわ! 思わず声を上げそうになってしまった。


「はい、学生証。説明したでしょ? 寮の部屋のキーにもなっているから無くさないでね!」


 そう言って手渡されたカードには、願書にも貼った僕の写真が印刷されていた。


「みんなは既に学生証を受付でもらったと思うけど、寮の部屋はオートロックだから必ず持って部屋を出るようにね!」


 優木先生が、みんなにも改めて伝えるように大きな声で言った。


「じゃ、ほら! 自己紹介よ! 立って!」


 え? どうやら僕は自己紹介のトップバッターらしい。僕はこういう時に、何を言えば良いのかサッパリわからない。みんなの挨拶を参考にして、適当に済ますつもりだったのに……。


「あ、え~と……あ、あの針乃です。天と書いてタカシです。よ、よろしくお願いします」


 僕は、立つと同時にそれだけ言ってスグに座った。人前で話をするとか勘弁してほしい。


「あら? タカシって読むのね? ふ~ん」


 名簿に何やら書き込んでいる。振り仮名でもふっているのだろう。まぁテンと読み間違いされるのは慣れっこで、小学生の時には、それがそのまま、あだ名になっていた。正直、自分でもテンという響きは嫌な感じはしない。


「で、それだけ? もうちょっと無いの? 何かもっと、あるでしょ?」


 優木先生は、少しひきつったような笑顔で僕の前から動かない。


「え……いや、もう……無いです」


 僕はそれだけ伝えると机に額が付きそうなくらい俯いた。先生も負けじとのぞき込む。


 いや、本当に無理なんです! コレ以上は何も無いし! 僕が俯いたままでいると、ようやく先生は諦めたようだ。


「ま~ テンくんは……いっか。そんじゃ~ 次!」


 だからタカシだって! と心の中で突っ込む。それに、いっかって何だよ。特待生だから?そんな所も特別に許されてしまうのだろうか? それはラッキーではあるけど……特待生効果が大きすぎて、ちょっと怖い気もする……。


 後の席の体格の良い男子が、待ちきれなかったかのように勢い良く立ちあがり、自己紹介を始める。僕は皆の自己紹介を聞き流しつつ、また窓の外に目をやり桜を眺める。


 はぁ……それにしても、これじゃ僕の第一印象は最悪だよなぁ……。入学式も結果的にはサボってしまったし、自業自得とはいえ少し落ち込む。


 皆の自己紹介をそれとなく聞いていたが、このクラスにはミキキという名前の女子は居なかった。そもそも本名とは限らないけど……。しかし、ミキキはどうやってお互いを見つけるつもりだったのだろうか?僕は、あの画像の子がミキキなら顔は目に焼き付いているので、見つけられると思うけど、

ミキキの方は僕の顔も知らない訳だし……。


 でも、まぁ特待生は10人しかいないらしいから、僕を見つけるのはそれ程難しい事じゃないのかもしれない……。それ以前に本当に、ミキキは山校に入学しているのだろうか? 配られた入学案内のプリントを改めて見てみると、どうやら1クラス30人構成らしい。1学年5クラスあるから1年生だけで150人もいるのか……。


 僕はミキキのコネ? で特待生として入学できたけど……他の特待生も、何かコネとかで入学したのだろうか? やっぱり……ミキキも特待生なのかな? だったらいいな。


 ミキキを探すなら、まずは特待生全員を調べてみるのが、早いような気がする。窓の外を眺めながら考え事をしていると、いつの間にか担任からの、今後の説明なども終わって休憩時間になっていた。


 休憩中だからか、やっと教室内が騒がしくなる。お互いの自己紹介を話題に、お喋りタイムと言う奴だ。人見知りの僕には、そんな器用な事は出来ない……。1人でうつむいて座っていると後ろから背中を突かれた。


「って!」声を上げて後ろを振り向くと、体格の良い男子がニヤニヤしている。


「よう! 特待生!」


 その男子は座っていてもわかる長身に加え、肩幅も広くゴツイ。左右を刈り上げ頭頂部の髪を立たせているせいで、180センチ以上はありそうな感じがする。


 何だコイツ? 怖そうだな……まさか僕をいじめる気なのだろうか? どうしよう……。そんな不安とは裏腹にその男子は馴れ馴れしく話しかけてきた。


「テンくんだっけ? 俺は、相田アイダ 植男ウエオよろしくな!」


 そういってニカっと笑った。体育会系独特の屈託のなさを感じる。


「天と書いてタカシって読むのだけど……」

「入学式で学園長が、テンくんって言っていたからさ。もう俺の中ではテンくんだよ?」

「えぇ? 学園長が?」


 僕は戸惑いながらも、愛想笑いをしつつ相田君に尋ねる。


「学園長のお墨付きだし、テンくんでいいんでね?」


 相田君は、真っすぐに僕を見て笑いながら言う。どうやら学園長が入学式の時に、僕の名前を間違えて呼んだみたいだ。しかも、僕が居なかったので連呼したとか……。


 さ、最悪だ……。そりゃ、みんなの記憶に間違って残ってしまっても仕方ない……。


「まぁ、本名と違ったとしても、初日からあだ名が付くなんて良い事だろ?」


 相田君はそう言ってワハハと笑った。


「そ、そうなの……かな?」


 それにしても、怖そうな見た目だけど相田君ってイイ奴だな。


「他に特待生で、入学式を休んだ人って居なかったのかな?」


 僕は相田君に問いかけた。


「ん? 特待生は、たしか5人しか出席してなかったなぁ?」


 思い出すように相田君が天井を見上げる。


「特別待遇なだけあって、ルーズな連中だよな~ テンくんもだけどさ!」


 相田君は、やれやれと言う感じでまた笑った。5人って、特待生の半分だけって事だよな……少し安心した。


「あ、そうそう!」相田君が興奮気味に大声を出しので、僕はビクっとする。


「そういえば、何とビックリ! ロボットが出席したんよ!」

「え? ロ、ロボット?」


 僕は口をあんぐりと開けて、聞きかえしてしまった。


「特待生の人が作ったらしいよ。確かドクター……メイ? とかって言ったかな?」

「えぇ? ド、ドクター・メイ?」


 そうか、彼女は自分の代わりに、ロボットを出席させていたのか?


 ――って、いやいや……高校生が普通、自動で動くロボットなんて作れる訳がない。


「凄かったぜ~ 自分で歩いて来て、ダンスまで披露して帰っていったよ」


 ダンス? そ、それは是非見たかった……。


 僕はドクター・メイの白衣姿を思い出す。本当に科学者だったのか……。確か彼女は入学式はツマラナイ物だと言っていたけど……。面白くさせる演出をしたって事だろうか? そんな凄いロボットを作れるなんて何者だ?


 ドクター・メイは見た目からして変な人だったけど、実はそのスジでは有名な凄い科学者だったりするのだろうか?でも……僕は、彼女の目が赤く輝いたのを思い出した。


 それでも……信用は出来ないな……。


 もう1つ、僕にはどうしても相田君に聞きたい事があった。


「あ、あの……特待生にさ……」


 僕は喉が枯れたような、ガラガラの声で何とか喋った。


「ミ、ミキキって名前の女子は……」

「ん? ミキキ? あ~ そう言えば……」

「い、居たの?」


 僕は思いがけない大きな声を出してしまった。周囲から笑いが漏れる……。は、恥ずかしい……相田君もビックリしたようだ。


「ど、どうしたんだよ?」

「あ、いや、ゴメン。で、その……ミキキって子は居たのかな?」


 僕はネクタイを緩め、平静を装いつつも話を進める。


「確か入学式に出席していなかったけど、そんな名前が呼ばれたような……」

「ホ、ホント? ちゃ、ちゃんと思い出してよ?」


 僕は思わず身を乗り出して問い詰めた。クラスの全員に注目されてしまっているが、気にしている場合じゃない。


「ん~ 確か居たと思うけど……」


 と、その時、不意に横から声を掛けられた。


「ヒラメキさんよね? 居るわよ」


 僕はビクっと横を振りかえる。黒縁の眼鏡をして左右に三つ編みという、古風と言うと失礼だが、いかにも真面目そうな女子が立っていた。眼鏡をクイっと上げて微笑む。


「相変わらず周りを気にしないのね……針乃君は」

「え? 相変わらず?」


 その子は満面の笑みをキープしつつ僕を見ている。


「………………」僕はその女子の頭の上から足元まで、改めて見てみる。

黒いタイツを履いているのが他の女子とは違うけど、やっぱり見覚えがない……と思う。


「え~っと……以前お会いした事が?」


 彼女のキープしていた笑顔が、段々と引きつる……。


「じょ、冗談はやめてよ! ね?」


 僕はしばらく考えた後、助けを求めるように相田君の顔を見る。


「ちょっ! え? 何? ホントに覚えていないの? し、信じられない……」


 いきなり大声を出されて僕も相田君ものけぞった。


「ゴ、ゴメン……」


 僕はとりあえず謝った。こういう時は大抵、僕が悪いのだ。


「ショックよ……今世紀最大のショックよ……」


 クラクラしながら額を抑えている。本当に今にも倒れそうなくらいショックだったらしい。しかし悪いが、僕には全くこの眼鏡の子に、見覚えが無い。


「テンくん、本当に知らないのかい?」


 困った顔で相田君が話しかけてくる。


「う、うん……」


 その眼鏡の子は、相田君の机に手をついて落ち込んでしまった。


「はぁ……酷いわ……針乃君……」

「え?」

「私達、同じ中学だったじゃない! 何なら小学校も!」


 僕の机に歩み寄り両手をダン! と机に強く叩きつけながら彼女は叫んだ。


「そ、そうなの?」

「いや、俺に聞くなよ!」


 僕は、思わず相田君に聞いてしまった。


「え~っと、ゴメン。僕、あまり人の顔を覚えられないと言うか……」


 彼女は相田君の後ろの席からイスを引きずってきて、僕の横に座った。


「いいのよ……でも今度は忘れないでよね? 私の名前!」

「う、うん……あ! でも、ほら、まだ名前を聞いてない? よね?」


 その眼鏡の子は、折角座った椅子から勢いよく立ち上がる。


「なっ! さっきの自己紹介も聞いて無かったの! 信じられない……2度と出来ないくらいの改心の出来だったのに!」


 彼女は両手で自分のおさげを引っ張って悔しがっている。


「ゴ、ゴメン……。その……考え事していて……」

「ワハハ、謝ってばかりだなテンくんは」


 相田君が見かねて話に入ってきてくれた。本当にいい奴だ。


「君は確か、鏡さんだよね?」

「そうよ! カガミ 真知子マチコよ」


 そう言って鏡さんは、親指で自分の顔を指しながら言う。


「もう……忘れないでよね? ね?」


 睨まれた。忘れるも何も、初めて聞いた気がするのだけど。


「ハイ……」僕は力なく答えるだけだった。

「で? ヒラメキさんがどうしたのかしら?」

「あっ、いや……鏡さん。僕が聞いたのはヒラメキじゃなく、ミキキだよ」


 鏡さんは首を傾げながら言う。


「え~っと。閃 ミキキさんの事じゃなく?」


 僕は思わず立ち上がり、鏡さんの肩を両手でつかんでいた。


「キャ! い、痛いわよ針乃君……」


 鏡さんは驚いて悲鳴をあげる。そして顔を真っ赤にして上目遣いで僕を見る。


「あ……ゴ、ゴメン……」


 思わず女子の体に触ってしまった。多分、僕の顔も真っ赤だったと思う。顔を手で扇ぎながら、ふぅ~ と一息ついて鏡さんは話し始めた。


「閃さんの事は、入学式の時に特待生として名前を呼ばれていたのを覚えていただけよ。彼女も入学式は欠席だったけど、珍しい名前だったし、それに……」


「え? ミキキもやっぱり特待生だったの!?」


 僕は思わず口を挟んでしまった。予想していたとはいえ嬉しかったのだ。


「そうか~ あ、ゴメン。で? それに、何?」

「う、うん……自分のクラスの特待生くらい、名前を覚えようと思って……」

「え? 自分のクラス? それって……」

「ひょっとして……気が付いていないの?」


 鏡さんは僕の前の空いている席を指さして冷静に見つめる。


「あ!」僕は、勢いよく立ちあがり前の席の机に貼ってある名札を見た。


 そこには「閃 ミキキ」と書かれていた。


「ヒラメキ? ミキキ……」


 思わず口に出して呟いていた。なんて事だ……すぐ目の前の事に気付かないなんて。


「そういえば、特待生の席って決まっているんだよな~」


 相田君が思い出したように話し出した。なんでも、特待生は各クラスに2人ずつ居て、その席は、窓際の前2席と決まっているらしい。5クラスあるから、ちょうど10人か……。


「それで……」僕は、鏡さんの方を向き直り尋ねる。


「ミキキは……今日は、休みなのかな?」

「え~っと確か、体調不良との事だったので、保健室で休んでいるのかも……」

「えぇ!?」僕はまた勢いよく立ちあがる。

「ねえ? どうしてそんなに閃さんの事を気にするの? それに呼び捨てだし……」


 鏡さんが困ったような、不思議そうな顔で聞いてくる。


 でも今は、上手く説明できそうにない……。


「ええっと、ゴメン! 後で説明するよ!」


 僕はそう言って、廊下に向かって走り出した。


「保健室は1階よ!」


 背中から、鏡さんの声が聞こえた。僕が何処に向かったか察してくれたらしい。


「ありがとう!」


 僕は大きな声でお礼を言った。そして、廊下を走りながら思った。こんなに自然に出た「ありがとう」は初めてだ。


 僕は階段を段飛ばしで駆け降り1階へ。下駄箱のトイレの前を通りすぎると、その先に保健室が見えた。


 あ、あった……。僕は足を止め、ふぅっと呼吸を整える。


 ここに、この中にミキキが居るのか……あ、でも、具合が悪くて寝ているのかな? ここまで来たけど、どうしよう……保健室の扉を開ける勇気がない……。


 僕が扉の前でしばらく躊躇っていると、中から女子の話し声が聞こえてきた。キョロキョロと左右を見渡たして、誰も居ない事を確認する。僕は悪いと思いつつも、気になって扉に耳を近づけ、聞き耳を立てる。


「――で、殺してしまったの?」

「うん……だって仕方ないじゃない……」


 え! こ、殺し? なんの話だ? 僕は一気に血の気が引くのを感じた。


「あの子、昨日までは元気だったのに……死んじゃったのね……」

「ちょっとやめてよ、そんな言い方。私が悪いみたいじゃない」

「なにも殺さなくても……。――で、亡骸はどうしたのよ?」

「まだ部屋に置いたままだけど……後で外へ運んで埋めるわよ」

「貴方1人で? 出来るのかしら?」

「うぅ……いざとなったら、彼にお願いして手伝ってもらうから……」

「彼って……テンくんの事?」


 なっ! 僕は思わず声が出そうになり口を両手でふさいだ。 


 え? 何だって? え? ぼ、僕?


「もう台車に乗せてスグに運べる準備はしてあるし。中身は見せないわ」

「ミキキ……貴方って……ホント」

「あはは。準備がいいでしょ?」


 ミキキだって? やっぱりこの物騒な話をしている女子は、ミキキなのか?


 何で? どうしてそんな話をしている??


 僕は手足が震えて、頼りなくその場にしゃがみこんだ。


「あらあら、誤魔化すにも限度って物があるんじゃない?」

「解ってるわよ、上手くやるわ。メイは相変わらず心配症なんだから」


 メイ? そういえばこの声は、聞き覚えがある……。そうだ! ドクター・メイ! あの変な人だ!


「そういえばさっき。フフフ……テンくんと……」


 急に声が小さくなり、会話が聴きづらくなる。


 な、なんだ? 僕と何?


「え? ズルい! なんで? どうやったのよ?」


 ミキキらしき女子は大きな声で答える。


「フフフ……心配するフリをしつつ……ね。凄く自然にやれたと思うわ」

「ふ~ん。そうなんだ~。ふ~ん。ま、いいけど」


 僕は不安になり、ドクター・メイに触られた後頭部を触って確認する。


「えっと、あ、ところでメイ。これを渡しておくわ。今日中に済ませたいし」


 ガサゴソとなにか紙を広げるような音が聞こえる。


「あぁ、例の。ふ~ん……完璧じゃない。さすがミキキね」

「でしょ? それにターゲットはもう決まっているわ。凄い美人なのよ」


 ターゲットだって? なんだ? 一体なんの話をしているんだ?


「フフフ……それは準備が良くて助かるわね。あら? 今……」


 ドクター・メイが驚いたような声を出した。


 なんだろう? 僕は一層、息を潜めて聞き耳を立てた。


「え? 何? どうしたの?」

「…………」


 急に声のトーンが下がった。ヒソヒソ何か話しているようだけど聞こえない……。


「え! えぇ~! うん。そうね……」


 そして、急にミキキらしき女子が驚いたような声を上げた。さらに何か話しているみたいだけど良く聞こえない……どうしよう……。気になるけど……このままずっとドアの前にいる訳にも行かないし……。


 そうだ! 今、来たフリをして、自然に中に入ってみても大丈夫なのでは? うん、それなら大丈夫だ! 別に悪い事はしてないし……。


 僕は自分に言い聞かせつつ、ノックをしようと立ちあがった。


「それじゃ! そろそろ私は、行くわね!」


 ドクター・メイの声が聞こえる。僕は咄嗟に動きを止める。やばい!


「う、うん、ありがとう。後は自分で何とかするから!」


 ミキキらしき女子が答える。


「あ、研究室に帰るの? 私も後で行くわ!」

「フフフ……わかったわよ。それより1回くらい教室に顔を出しなさい」

「それもそうね……」

「じゃ! そろそろ行くわ~」


 ドクター・メイが出てくる! 僕は無意識に、転がるように走って逃げてしまった。


 ガラガラガラ……と、後ろで音がした。たぶん保健室の扉が開く音だ……。僕は下駄箱の前のトイレに飛び込み個室に入った。聞き耳を立てていた事が何となく後ろめたい気がして、つい逃げてしまった!


 気付かれていないハズだけど……大丈夫かな? それにしても保健室の会話……殺しとか死体とか? 一体何だったんだ? こんなにも自分の心臓の音が大きく聞こえるのは生まれて初めてだ。


 ハァハァハァ……呼吸が整わない……もう、ドクター・メイは行ったかな?


 静かに扉に耳を近づけて外の音に注意を払う。


 コン! コン!


「はうぅ!」思わず変な声が出た。


 ノックされている! だ、誰に?


「もしもし~? 大丈夫かしら? 具合が悪いみたいだけど~」


 こ、この声は、ドクター・メイ? 何で? どうしよう! どうしよう!


 コンコン! またノックされた。


「大丈夫かしら~? 誰か呼びましょうか~?」

「だ、大丈夫です……」


 僕は精一杯の裏声を使い、掠れた声で答えた。


「あらあら……あんまり大丈夫そうじゃないけど……」

「…………」

「まぁ、いいわ。誰だか知らないけれど携帯くらい持っているわよね? この学園内は殆どが圏外だけど、何故かこの周辺だけ電波が通じるのよ。何かあったら携帯で誰かに助けを呼ぶ事ね。それじゃ、お大事に。フフフ……」

「…………」


 立ち去ったのだろうか? 今のはドクター・メイの声に間違いないと思うけど……。ここって……男子トイレだよな?


 そういえば、廊下で会った時もそうだったけど彼女……確かハイヒールを履いていたのに、いきなり後ろに居たり……全く足音がしなかった! 神出鬼没って奴? 不気味だ……。


 携帯を手に取ると、確かに電波が弱いながらも入るみたいだ。時間を見ると、もう11時40分を過ぎている。僕は、恐る恐るトイレの個室の扉を開けて外の様子をうかがう。もう誰も居ないようだ。廊下に出てやっと一息つく。まだ足の震えが止まらない。


 早く教室に戻りたいけど……さっきの保健室の話は、やっぱりどうしても気になる。何かの聞き違いかもしれないし……TVとかゲームの話かもしれない。もう1度ちゃんと確かめてみた方がいいよな……。僕は再度保健室へ行きドアの前で聞き耳を立ててみた。


 ――もう話し声はしない。今度は、ノックをしてみる。


「は~い、どうぞ」


 ドクター・メイともミキキとも違う、女の人の声が聞こえた。僕は深呼吸をして思い切ってドアを開ける。


「あら? どうしたのかしら?」


 目の前には、白衣を着た女の人が立っていた。間違いなく保険の先生だろう。僕は保健室を見渡してみる。2つ有るベッドには誰もいない。


「あ、あのミキキ……いや、閃さんは? ここに居るって……」

「あ~ 閃さんの様子を見に来てくれたのかしら?」

「あ、はい」


 僕は適当に話を合わせた。


「ちょうど今さっき、出て行った所よ。すれ違わなかった?」

「あ、あの僕、トイレに寄っていたので、それで行違ったのかも。戻ります」


 僕はとっさに言い訳をして、すぐに保健室を出た。


 もう、ミキキは教室に戻ったらしい。僕も急いで戻らないと!



 そして、ミキキと会って話をしなければ!


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