1話:免許皆伝
「もうお前に教えることは何もない」
東京の喧騒から離れた山奥のとある寺「修練寺」の道場で、右京詩音は師匠にそう言われた。
「だが修行が終わったわけではない。これからも技を磨き、男を磨き、人としての正道歩むのだ」
「押忍」
師匠に向け、詩音は静かに礼をした。
「ここ修練寺での修行を耐え抜き、島原流の免許皆伝を果たした人間が現れたのは実に三十年ぶりのことだ。他の者も、右京を見習い、鍛錬に励むように」
ーー押忍!
修練寺の四十名の門下生が、声をそろえて返事をした。
右京は今日、島原流古流武術、そして修練寺の修行の全てを終えた。門下生代表として他の門下生の模範となり、日々の地獄のような鍛錬を耐え抜いてきたのだ。
「右京。最後に閃拳を見せろ。他の者はこれを目に焼き付け、見本とするのだ」
「押忍、師匠」
詩音は立ち上がると、構えた。
閃拳とは、島原流武術の基本的な突き技である。しかし、基本だからと侮ってはならない。極めれば閃光のように速く大砲のように強烈な一撃を繰り出せる。詩音は右拳を右脇腹に添え、深呼吸して精神統一した。
「おお、ついにその領域にまで達したか!」
詩音の構えを見て、師匠は嬉しそうな声をあげる。
「閃拳が完成されすぎて、光り輝いているぞ!」
詩音は精神統一の為目を閉じているから気づいていないが、詩音の足元が発光していた。それは円状の光で、文字のようにも見える模様がびっしりと描かれている。
「し、師匠!」門下生の一人が叫んだ。
「それはもしや、魔法陣ではないでしょうか!」
「何? 魔法陣だと? なんだそれは。右京が魔法を使えるようになったとでも言うのか? しかし島原流にはそういったものはなかったはずだが…………」
師匠も流石におかしいと思ったのか、魔法陣に近づき注意深く観察し始めた。やはりしっかり見ても、この文字はなんと書いてあるのか全くわからない。
「ハァッ!」
詩音が目をかっぴらく。閃拳の準備が整ったようだ。
詩音は異変に気づいた。足元は眩しいくらいに輝き、目の前には驚いた表情で詩音を見る師匠がいたのだ。
「ま、待て右京!」
「押忍! もう遅いです!」
詩音は既に拳を突き出し始めており、今更ブレーキを入れることはできなかった。
「セャアッ!」
詩音の腕が伸びきるその瞬間、今までいた木造の道場から石造りの白く広い場所に景色が変わった。目の前にいた師匠はいなくなり、奥に数人の老人、周りには何人もの兵士の格好をした男たちが立っている。
詩音の閃拳は音速を超え、巨大な音と衝撃波を伴って、空を切った。
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