逃げる算段をしますわ
でも、知っているのよね。
この小屋には男たちも泊まるから、昨晩の部屋のように部屋を封印する魔法は掛けられていない。だからこそヒロインは外で洗濯をしたり掃除をしたりできたのだ。
ただこの小屋の周辺には目くらましの術式が施されていて、誰もここを見つけることは出来なくなっている。
昨日の部屋の封印の術式も、今日の目くらましの術式も、ギースが施したものだ。
アンジェリカやヒロインが身のうちに持っているような魔法の力はギース自身にはないのだが、様々な研究によって魔法に近い効力を発揮する術式は見つけられており、ギースはその難解で複雑な術式を自在に描くことができた。
そしてその術式に特殊な力を持つ希少な鉱石、いわゆるレアメタルの力を借りることによって効力を発揮する。
これら術式を学ぶ者は一種のエリートであり、貴族か貴族に推薦された優秀な庶民のみが専門の術式研究の組織に所属し一般には公開されていない上に、希少鉱石がとても高価なために、庶民が学んだとしても鉱石を買うことができない。
ギースはシュバリエ大公を後ろ盾としてそれはそれは血の滲むような努力をして、優秀な人材の中にあっても数倍の速さで術式を習得し、大公の財力によって希少鉱石も使い放題だから、どんどん術式を実地で学び、自在に扱うことに長けたのだった。
彼の努力はひとえに憎しみが原動力だったからであり、自分を高めるためや人のためなどではない。
だから研究組織から強く引き留められたにも関わらずに、何の未練も見せずに組織を飛び出してシュバリエ大公の元に身を寄せた。
それからは裏の汚れた仕事を厭わずにこなし、自ら犬と呼ばれることに甘んじている。
(ギースの生き様は同情もするし忍耐強いとも思うわ)
でもあのサイコパスはいただけない。ギースの考えていることがさっぱりわからない分、下手に動くのは良くないが、今夜はそのギースが不在になると言う。
――逃げるなら、今日。
そう心に決めた。
私を粗末な寝台とも言えないような木のベッドに座らせたギースは、昨晩噛みついた首筋にそっと唇を寄せ、チュッと強く吸い付いた後、ペロリと舐めた。
ゾクリと妙な感覚が背中を走り抜けて、思わず眉根を寄せた。
「不愉快に歪められたその表情が男を誘うってことを覚えておけ。他の奴に見せるな」
私を見下ろしながらギースが髪をかき上げ、そして背を向けて扉を出て行く。
入れ替わりに男たちが食料を手に小屋の中に入ってきて、こちらに視線を投げたが、なぜかサッと顔を背けた。それから黙々と料理を始める。




