サイコパスはごめんですわ
「おまえら、その女から離れろ」
言いながら転がされている私に近づくギースの声は一層苛立っているように感じた。
手足を縛られ猿ぐつわを噛まされたままの私のすぐ横にしゃがみ込んだギースが、おもむろに髪を鷲掴み、私の顔を無理矢理に上げさせる。
「むんんっ」
髪が引き攣れる痛みに顔をしかめて呻きが漏れた。
ゴクリ、とギースの喉が動いた。
「こいつは……扇情的なお姿だな、アンジェリカ。こいつらが堪らなさそうな目で見るのも仕方ない、か」
自分の姿を見ることはできないから、どんな姿なのかわからない。
ただドレスは自分で着付けることが難しかったのでずいぶんと乱れているだろうし、化粧もしてない上に乱暴に麻袋に詰められていたから髪も乱れているに違いない。
それが扇情的に見えるのだろうか。柴崎菜央の時には言われたこともない言葉だ。
無理矢理起こされている顔に鼻先が触れるほど顔を寄せたギースは薄く舌なめずりをして笑う。
「いいねえ。殺すのが惜しいくらいだ。だがおまえの首筋から血が滴る姿も震えが来るほど官能的だろうな。その血を全て舐めとってやる」
ギースの残されている片目に、ほの暗い欲望の炎が灯っているように見えた。
(おまわりさーん、本物のサイコパスがここにいますよ――! 捕まえて――!)
完全なるサイコパスだわ、ヤバいわ、この男。
ヒロインに見せた執着と美しい最後の潔さはどこ!?
「喜べ。思惑通りにおまえの王子様が軍を率いて王都を出発したと情報が入った」
「んっっむむ!?」
え、嘘、と言ったつもりだ。
ヒロインじゃないのに軍を出したの? なぜ?
(まさか……成瀬が?)
リゼル王子とは言っていなかった。ならばもしかしたらシャリル王子かもしれない。
成瀬、と心の中で呟く。
ああ、自分の心を騙しきれない……あいつに会いたい。
一度、そう思ってしまえば平穏に凪いでいた感情があふれ出る。
こんなところで死にたくない。成瀬に会いたい。元の世界じゃなくてもいい、ここでいいからもう一度会いたい、とても……。
その時、どんな表情をしたのだろうか。
ギースが目を細めて、私の髪を一層引き上げた。
痛いって!! 髪の毛が全部抜けるわ!!
「うむむむっ!」
顔を歪めて痛みを訴える私に、ギースがニヤリと口元を曲げた。




