腹が減っては戦できませぬわ
ここでヒロインはドアに体当たりをしたり窓が壊せないかと奮闘していたけれど、魔力を込めた術式が部屋に施されているから、絶対に開かないことを理解している私は無駄な努力はしない。はい、体力温存します。
(と言うか、ご主人様って)
ゲームの中で起きた誘拐事件であればこの黒幕はシュバリエ大公だが、実際に彼が顔を出すことはない。では考えられるのは……あいつか、名前忘れたけど、あの男か。
(あー、名前思い出せない。あの攻略対象の隻眼の男、危険で執着の強い……)
確か夜遅くになってから、名前の忘れたあいつが部屋を訪れてくる。
そしてヒロインへとどれほど自分が王家を憎んでいるか、だからおまえを誘拐しただのとご丁寧に語り始める。
うん、本当にあいつの名前が出てこないや。
いくら考えても名前が出てこなかったが、どうやらこれがヒロイン誘拐事件と同じだということは間違いないようだ。
この部屋からは絶対に出られないようになっているから、逃げ出すタイミングを間違わないようにしなければならない。
(しばらくは大人しくしておいて国境で火の力を使って逃げ出すのがベストかもしれない)
男たちの内の一人が食事を運び込んで来てくれたが、大人しくしている私を見て、少しだけ同情を含んだ眼差しをしていた。なぜなら運んで来てくれた食事は今まで食べていた貴族の食事とは比較にならないくらい粗末なものだったから、きっと私が食べられないだろうと同情したのだろう。
堅いパンと具のほとんどない色の薄いスープ、それに切れ端のベーコン。
アンジェリカならば怒り心頭で「こんな物をわたくしが食べるわけなどないでしょう!」とひっくり返すか、見向きもせず空腹を我慢するところだが、私はもちろん美味しくいただきました。
ヒロインさえその粗末な食事内容に涙ぐみながら、それでも前向きに「お腹が減っていたら戦えないわ」なんて健気に食べるシーンだったけれど、私は案外いけた。
堅いパンだってハード系のパンを好む私には久しぶりの堅パンウエルカムだし、スープに浸せば十分い
ただけた。
スープだって具はなくてもそれなりに塩と野菜の味がしていて案外美味しかった。ベーコンなんて日本で食べるペラペラの物よりも香ばしくて肉の味がしっかりしていた。
あ~、ごちそうさまでした、とお腹を満たし、風呂も入り快適にウトウトと粗末なベッドで横になっていると、その男は静かに部屋に入ってきた。
ゲームではヒロインが怯えて震えるのを見て男が揶揄しながら笑っていたので、ここは図太くいくことにする。寝たふりを決め込んで横になっていた。
「グラデュラス公爵令嬢、あんた起きてるんだろ? 寝たふりなんざ俺には通用しないぜ」
クスッと笑うので、私は観念して目を開ける。
ニタニタ笑いながら私を見下ろしている男は片目を古い皮の眼帯で隠していた。
(やっぱりこの男ね。でも名前が出てこない)
直接会えばわかる。ピリピリと肌を刺すような危険な空気を奴が放っていることを。この男がそこらの普通の男とは違っていることがはっきりとわかる。危険、その一言だ。




