消えた令嬢ですわ
言葉としては何一つ嘘ではない。彼女が婚約者だと明言したわけじゃない。「おめでとうございます」の言葉も、おめでたい気分だと言うことの表れだ。それだけだ。
そんな言い訳を心の中で呟くエバンスだったが、彼の良心の片隅に引っかかっている罪悪感を吹き飛ばすような弾んだ言葉が令嬢から発せられた。
「まあ! やっぱ今日だったんだ。ドレス贈ってくれないし何してんのよ、この王子のグズ! って思ってたけど……そっか、今日だったのね。ま、あなたは攻略対象じゃないから私にとってはどうでもいい人間だけど、とにかく伝言くれたらか、お礼は言ってあげるわ。ありがと、メガネ!」
じゃっ、と彼女はあっという間にリゼル王子に向けて駆けだして行った。
残されたエバンスはポカーンと呆気にとられていた。
「……な、んだ……あの令嬢」
何か意味不明ながら失礼なことを言われた気がしたが? 王子に対してもクズとか言ってなかったか?
「私……今日は疲れました。帰りたい」
切実な思いで深く息を吐き出したが、彼の願いは届くどころか、その後数日間王宮から帰られなくなるとは、この時のエバンスには知る由もなかった。
――アンジェリカ嬢が攫われたようだ。
王宮の庭園に落ちていた片方のヒールはアンジェリカ・グラデュラス公爵令嬢のものと判明した。
彼女付きの侍女が「それはアンジェリカ様がご自身で選ばれ私たちが磨き上げたものですので間違いありません」と震えながら証言したのだ。
自主的に脱いだとは思えない片方だけの靴。王宮内のどこにもいない令嬢。
すぐさま王宮内で捜査が開始され、更にもう片方の靴が、そしてゴージャスなセンスが、わざとらしいほどに点在するように落ちているのが発見された。
それは馬車本体と馬をつなげておく、いわゆる車庫のような場所に向かっていた。
さらにそこの守衛に聞き込みをすると、一人の騎士が具合の悪くなった令嬢を送り届けるからと馬車を出したことが判明した。
彼が出した馬車は「グラデュラス公爵家」の馬車だったそうだ。彼はグラデュラス公爵家の家門の入った徽章を見せて信用させたとのことだった。
このことが判明するまで一時間ほど。王宮の宴はまだ続いている最中だったが、途中退場が許可されないという異常事態に、少しずつ人々が違和感を覚えるころでもあった。
すぐにグラデュラス公爵家に確認に走った騎士からの報告で、かの家の馬車は屋敷に戻っていないことも判明した。それどころか、その日はグラデュラス公爵家からは舞踏会に参加しておらず、もちろん王宮に馬車を出していない。馬車が一台、忽然と屋敷から消えていたのだった。
そしてさらにその一時間後には郊外でグラデュラス公爵家の馬車が乗り捨てられているのが見つかった。




