シシルークのドレスですわ
まあ、馬車もタクシーもどっちでもいいや、どうせ夢なんでしょ?
なんて考えることが面倒くさくなってしまうのは酔いが残っているからなのか、流されることに慣れっこの体質になったせいか。
しかし成瀬はどこにいったやら。タクシーでは一緒に乗っていたのに、現在、一人で馬車に乗りどこかへ運ばれている。
(これでちゃんと家に着いたら笑えるよねー)
さっきから夢だろうとは思うのだが、お尻と腰に響く不快感はやけにリアルで痛みまで感じているのに一向に目覚める気配がない。
どんどん夢かうつつかわからなくなってしまい、もう夢なら夢でいいや、との境地に落ち着き、ふと窓を見やると外はまもなく日が落ち切ろうとしている宵闇の時間。まるで鏡のように馬車の窓にくっきりと己の姿が映っている。
そして大きく息を呑む。
「え……、ちょっ、なにこの格好?」
本日のわたくし、色気ゼロのグレーのパンツスーツに五センチヒールの歩きやすい黒パンプスだったはずなのに、今着用しているのは色気たっぷりのオフショルダーのイブニングドレスだ。
シルクのような柔らかくて艶のある布地はさらりと軽く着心地が良い。
淡い紫から裾に向かって徐々に濃い紫へと美しいグラデーションが見事なドレスは、マーメードラインが体の線をくっきりと浮かび上がらせ、腰にはキラキラと光る石(多分宝石)がチェーンのようになった飾りのベルトらしきものを緩やかに巻いてアクセントになっている。
足下は歩きづらそうだけれど濃い紫の繊細なハイヒール。そこにもこれでもか! と宝石が飾られてキラキラしている。
「いや、綺麗だけどね、このドレスも靴も綺麗だけど! どうして私が着てるのよ!」
自分につっこみながら、このドレスにはとても見覚えがあった。
たしか遠い異国の貴重な布地――シシルークで作られた珍しいドレスだと、アンジェリカが自慢していたドレスと全く一緒だった。
アンジェリカ――それは現在はまっている王子を攻略するアプリゲームの登場人物の一人だ。
王国一の絶世の美女との呼び名もあるほどの美人でお金持ち貴族、それも王国のたった三家しかない公爵家の令嬢、御年十七歳で、ヒロイン(これは自分で好きな名前を設定する。もちろん私は自分の名前だ)のライバルとして、恋路の邪魔をしてくるキャラクターだ。