そして冒頭に戻るのですわ
酷く甘い声と、柔らかな口調。耳にそっとかかる吐息。いたずらを企む目元。
私はサッと頬が熱くなるのを自覚しながら、思わず叫びそうになった。
ここで冒頭の状況に戻る。
ふざけるのも大概にしなさい!!
あわや叫びかけて私はサッと口元をゴージャスな扇子で覆った。
「グラデュラス公爵令嬢、ご気分が優れませんか? 顔色が悪いですよ?」
ふざけたことを言うからだよ、あんたのせいだよ!
憎たらしい彼にわざと名前を区切って告げる。
「い、いいえ、なんともありませんわ。どうぞ私にお構いなく。シャ・リ・ル・第二王子殿下」
「はい、シャリルですよ。名前を呼んでいただけて嬉しいです、柴崎せ・ん・ぱ・い」
耳に顔を寄せてきたシャリル王子が、この場、いやこの世界に似つかわしくない名前を、わざとささやき、私は眉間に皺を寄せる。それを合図にあいつは私から離れる。
「どのみち、僕に頼らないとどうにもならないことを、そろそろ理解くださいね」
ふざけるのも大概にしなさい! と私はもう一度叫びそうになりながらも優雅に笑みを浮かべ彼を見上げる。
「結婚なんてクソ食らえ、でございますわ」
口元を隠したままで私はにっこりと笑みを浮かべて小声で悪態をついた。
そんな悪態にも成瀬はなぜかとても嬉しそうに笑みを深める。
「私は逃げるわ。後の種まきはシャリル王子様とエバンス卿、あなたにお任せいたします」
「「種まき?」」
成瀬とエバンスの声が仲良く重なる。
ふふふ、と私は優雅に微笑み、手にした扇子で二人をビシッと指し示した。
「いい? リゼル王子が発表する前に、あのココア・モスドナルド令嬢に挨拶してきてよ」
「なぜ?」
「リゼル王子が婚約発表されるそうですね、おめでとうございます、とそれだけ言えばいいから」
チラリと目をやれば、リゼル王子はココア・モスドナルド令嬢とファーストダンスを踊っている。
どうやら一番の座をあのミキール令嬢さえも蹴散らしてゲットしたらしい、おめでとうございます。
あのヒロインちゃんは無理矢理にでもイベントを発生させようとするガッツと、男に媚びるのも厭わない性格からして、婚約の言葉で彼女を焚きつければ、ちゃんとリゼル王子を押しきってシナリオ通りに婚約者に収まってくれるだろう。そうあってください、お願いします。
それに彼女は貴重な癒やしの魔力を持っているのだから、王家が取り入れたいと思うはずだし、ウインウインってやつよね。
もしくはあの様子だとミキちゃんことミキール・タニターノ令嬢が負けじと頑張ってくれそうな気がする。そうなれば二人して私をこの恐ろしい地雷だらけのレースから脱落させてくれるだろう。
……ところで私は何もしていないから隣国に嫁がされないよね? 大丈夫だよね?
一抹の不安が胸を駆け抜けるが、この場を切り抜けるにはそれしかない。




