王子様はつぶやくのですわ
*王子様のつぶやき *
あれほど強烈な印象を受けた令嬢は他にはいなかった。
紅の髪は艶やかに揺れて、紫の瞳は宝石のように輝き、均整の取れたスタイルに似合いの美しいドレス。
婚約者候補の一人だと紹介されたアンジェリカ・グラデュラス公爵令嬢を見た瞬間、その美しさと威圧感に畏怖にも似た感情を抱いた。
それまでも何度か父の公爵と共に王宮に来ていたことがあった彼女は、幼い頃から誰からも美しい令嬢だと褒めそやされていたことは知っていた。
しかしまた高位貴族の令嬢らしいわがままさと気位の高さも人々の噂になっていた。
王宮にいれば自然と自分の立場が理解できてしまう。
第一王子として尊重はされているが、難産の末に己の命と引き換えに王妃であった母を失った王子より、現在寵愛を受けている王妃の息子である第二王子を尊重している派閥が力を持っていることを、イヤというほど知ってしまう。
王位を継げるかわからないと思うと、王子としての仕事にも身が入らなくなってしまった。父でさえ構わぬ王子には誰も尊敬などせず構ってもくれないと、いつの間にかそう思うようになっていたし、肌身にも感じていた。
けれど婚約者候補となった女性たちは私に気に入られようと話しかけ、笑いかけ、そして時にはしなだれかかってきた。
一時は自分を大切にしてくれる令嬢たちだと勘違いをしたが、それは自分の後ろ側にある王位や利権を大切にしているだけだと知ってからは、全てが馬鹿らしくなってしまった。
特に付きまとい、自分が一番だと主張するアンジェリカ嬢のプライドの高さと整いすぎた容姿、それにやけに甘い香水の香りが酷く苦手になってしまっていた。
初めて見た時に抱いた畏怖の念は間違っていなかったと確信したから、彼女を極力避けていたが、側近のオースチンに「グラデュラス公爵家の後ろ盾が王位継承に必要です。アンジェリカ嬢をお避けにならぬよう上手く利用しましょう」と言われた。
――彼女を選べば王位に近づける?
このまま王位を継げなければ何者にもなれない男でしかなくなる。
だがどうしてもアンジェリカ嬢に好意を抱くことはできなかった。
それが、あの日に全ては覆された。
あの舞踏会の日。
「避けて――――!」
聞いたこともないほど大きな叫びを上げながらこちらへと駆け寄るアンジェリカ嬢。
ドレスの裾もはしたなくまくれ上がらせて必死の形相で駆け寄ってくる彼女に一瞬怯えたが、すぐに私を押し倒しながらのしかかってきた。
――このような場所で!?
なんと破廉恥で無様なことを! と混乱する頭の中で彼女を非難する言葉が駆け巡ったが、すぐそれは勘違いだと思い知る。




