筋肉には注意ですわね
まかり間違ってもアンジェリカを伴侶に選ぶなんて愚を犯してくれるな。
あなたが先日した「アンジェリカを選ぶ」と言った宣言は聞いてないことにしていますからねー! ちゃんとお断りしたからねー!
それどころかおっさん国王とも結婚したら王妃の立場が待っている。恐ろしいことだ。
(やっぱり体調不良を装って今度の舞踏会は欠席したい。何が起こるかわからないし)
どうぞヒロインちゃんとお揃いの衣装を着て楽しんでくださいね、王子様。
仕事で必要となった分厚い本をヨイショと持ち上げた途端、シャリル王子が手を伸ばして取り上げた。
「重たいものは男に任せるものだよ、レディー」
間近で笑うイケメンに一瞬だけドキリとしてしまった。
キザ! キザ野郎じゃないか! 一瞬翻弄された自分を戒める。
「これぐらい自分で持てますけど?」
ツンと澄まして言えば成瀬が笑いながら耳元に顔を寄せた。
「男は頼られるのが嬉しいものだよ? 覚えておいてね、アンジー」
バッと耳を手で覆う。
耳にかかった吐息と、唐突に呼ばれた愛称。
顔が熱い。耳も熱い。
「ううう、この――たらし王子ぃぃぃぃ!」
バチコーンと力任せに奴の腕を叩いた。
意外と筋肉質な腕にまたドキリとさせられてしまい、慌てて顔を背けた。
こちらの貴族はたしなみとして乗馬も剣術も幼い頃から訓練を受けているだけに現代の会社勤めの男たちよりも体はがっちりとして筋肉質だ。
眼鏡文官で本好き、時間があれば歴史や法律の本を読みあさり続けたいタイプのエバンスさえも乗馬と剣術をたしなみ、ひょろそうに見えて筋肉はしっかりとある。
油断禁物、アラサー喪女には若い男の筋肉は目の毒、手の毒、脳の毒だ。
結局重い本は運んでもらい、私は執務室の隅に準備されているお菓子をテーブルに運び紅茶も入れて休憩を促す。
「適度な休憩は仕事の効率を上げます。ここでお茶にしましょう」
そう声をかけると、初めてこの執務室に来た時には「お茶ばかり」などと目を三角にしていたエバンスも、今では「賛成ですね」とすぐさま同意をして笑みを見せてくれる。
机から顔を上げた成瀬が肩を少し回しながら「いいね」と眩しい笑みを浮かべる。
仕事は山積みだけど、この穏やかな雰囲気の執務室が今の私にはとても快適だ。
(元の世界で仕事をするのもやりがいはあったけど、この世界の仕事も悪くないな。このままここで働けるのなら、多分お給金もいいだろうし、この人たちの隣はなんだか落ち着くし)
なんてことをふと思ってしまうのは、我ながら紅茶が美味しく淹れられたからかもしれない。




