隙の無い男なのですわ
成瀬春人という男は、隙のない人に見える。
まだ半月も過ぎていないけれど、与えられた仕事は要領よくこなし、少しでも不明なところがあれば、すぐに聞いてきてくれる。
えてして男は女に教えてもらうなんて、と変なプライドがどこかにあって、わかならいながら自分でなんとかしようとして後で面倒なことになったりするものだが、成瀬はその点、とても優秀だった。
「あ、ちょっと先輩のとこに行ってきます。失礼しますね」
コップを持って成瀬は立ち上がり私たちの方へ来る。
先輩独身男性社員の皆様のために、今日の花である受付嬢を占領しないように気を遣っているのが私にはわかった。
「お邪魔します。入れていただいていいですか?」
明るく私たちの側に座る成瀬の表情とは正反対に、受付嬢の表情はすっかりお葬式だ。
「お、成瀬、もう仕事には慣れてきたか?」
受付嬢の睨む視線に気がつかないで気軽に問いかけたのは、同じ総務課の山際博也。私の同期で同じ二十七歳だ。
「はい、山際さん。かなり慣れてきました。でもずっと外回りしていたので、じっと中にいるのがそろそろ苦痛になってきました」
クスッと冗談っぽく笑う笑顔が可愛らしい。
まだ少し少年らしさを残しているようにも思えるのは、自分が年を食ったからだろうか。
人から見れば二十九歳なんてまだまだ若いだろうけれど、私の内面はもうすでに初老の気分だ。それもすべては三年前の出来事のせいで……。
「柴崎先輩、飲んでますか?」
手近にあるビール瓶を手に、私の顔をのぞき込んできた成瀬に笑顔を浮かべる。
「ええ、結構飲んでますよ。成瀬君は飲んでますか? 遠慮しないでね」
答えながら、まだ半分ビールの残るコップにビールを注いでくれた。
(しかしいつ抜けるかな……。早く帰ってイベント進めないと)
心はスマホに飛んでいる。
今回のイベントを全部クリアすれば特別なドレスとコインが五十枚も手に入る。どうしてもそれを手に入れたいのだが、イベントの終了が今日の十時までだ。
(まあ九時過ぎには終わるかな。それから急いで帰ったらクリアできそうか)
段取りを整えていると、同期の山際が成瀬にささやいた。
「成瀬、おまえ帰りは柴崎を送って行ってやってくれないか?」
「え? オレがですか?」
成瀬が驚いているが、それ以上に驚いているのは私の方だ。