続・悲しい思い出ですわ
彼を信頼していた。大学の先輩で頼りがいがあって、私を大切にしてくれて、仕事の悩みも辛抱強く聞いてくれて。
彼が私の居場所で、私が彼の居場所だと……ずっと信じてきた。
――腐れ縁なんだ。
彼にとって私はやめたくても絡みついた腐れ縁だったなんて。
ふふふ、と小さい笑いが湧き上がり、私は踵を返して玄関から外に出た。
馬鹿みたい。全部、馬鹿みたい。
急に笑いと怒りがこみ上げる。
もらった時計をそっと手首から外す。指輪も、そしてネックレスも。
私を飾るものは彼からもらったものばかり。
気がつけば私は会社の前に戻っていた。
笑えるほど行く場所がなかった自分に嫌気がさしていた時、ちょうど同期の山際博也が通りかかった。
「あれ、柴崎、早めに帰ったのに忘れ物か?」
顔を上げた私を見た途端に、山際はぎょっとしてすぐに眉を寄せた。
「おまえ顔が怖い。会社の評判に関わりそうだし、ちょっと来い」と強引に近所のチェーン店の牛丼屋へ連れて行かれた。
「ここ、俺の行きつけ。おごってやるから、あ、トッピングなしで頼むわ。今、金欠なんだわ~」
行きつけだと自慢げに言うが全国チェーンの安い早い旨いの牛丼屋さんだ。
山際の飾り気のなさと、騒がしい牛丼屋の騒音に私の目は焦点を取り戻す。
結局、山際は何も聞かなかったけれど、私が長く付き合っている恋人がいることは知っているし、今日はいそいそと帰ったことも知っているから、きっと色々と察してくれたようだ。
普段は察しが相当悪くて上司にも小言をくらうくせに、こんな時にはちゃんと察してくれるこの同僚が憎めない。
とてもご飯を食べる気分にはなれなかったけれど、隣でもっしゃもっしゃと牛丼を掻き込む同僚を見ていたら少し気持ちが晴れてきた。
何度も着信を繰り返す携帯の電源をオフにしてしまえば、あんな二人のことは今は消え去る。
「ありがと、山際。あんたの間抜け面に癒やされたわ」
おごってくれたお礼に続けてそういうと、山際はニッと笑って「お役に立ててなによりです」とおどけて頭を下げた。
三枚目が板についた優しい同僚だ。
その日、私は安いビジネスホテルに泊まり、翌日の夜、彼の荷物を全て箱詰めして、彼の自宅へと着払いで送る。
メッセージカードには、「ありがとう」と「くそったれ」の二言だけを殴り書きして荷物の上にそっと置いておいた。
玄関の鍵は管理会社に連絡をして変えてもらった。自費で。
けれどその心配が要らなかったことを数日後に私は知る。
彼は荷物を受け取ったとメールで連絡をくれたきり、もう二度と私の部屋を訪れることも連絡をしてくることもなかった。
引っ越しをしたいとまで考えていた私をあざ笑うかのように、本当に彼は私のことなど必要としていなかった。絡みついていたのは、結局私だけだった。
たった一日あれば、人の心も繋がりも切れてしまうことを思い知る。
呆れるほど簡単に私は捨てられてしまったのだ。
新しい腕時計を買おうと思えるようになったのは、それからどれくらいの時間が過ぎてからだったかは覚えていないけれど、恋愛も結婚ももうこりごりだと、二度と誰かに心を開くものかと誓うまではそれほどの時間はかからなかった。




