補佐官が哀れですわ
任命の話が通っていないのであれば、いきなり派手な令嬢がくそ忙しい執務室に来て火遊びをしては休憩に王子を連れ出したような印象だったのだろう。
その上司運のなさ、同情するわ……。
部屋の隅にあるティーセットで紅茶を手早く淹れ、顔面蒼白で絶句しているエバンスにそっと差し出せば、彼は呆然としたままでゴクリと飲んだ。
「そ、そ、そ、それは……ご冗談……です、よね? 冗談……熱うぅぅっ!」
熱ささえ遅れて認識するほど動揺している姿はもう哀れだ。
「そういう訳で、明日から三日間はアンジェリカ嬢に仕事の主導権を渡すから、エバンスは彼女の言う通りに動いて」
追い打ちをかける容赦ない主の言葉に哀れなるエバンスは、部屋のあらぬ方向を見続けて微笑んだ。
夢だ、仕事のし過ぎだ、幻聴だとブツブツ呟いている。
ごめんねエバンス。ほんとに申し訳ない。でも文句ならそこにいるあなたの主に言ってね。
心の中でエバンスに詫びながら、私は目の前にある書類へと手を伸ばした。
*
「……まだいる」
一旦、体調が悪いと執務室を辞したエバンスが、夕方になり戻ってきて開口一番、私の姿を見てそう言った。
失礼なやつめ。同情したのに。
あれから数時間も経っているのでもう私がいないものと思って戻ってきたのだろう。
普通のご令嬢ならばこんな執務を長時間することはないだろうが、お生憎様、私は八時間労働なら御の字、十二時間労働だって平気なんですよ!
ちょうど王子が席を外しているからと、ジロリと私をにらみつけながら眼鏡を中指で押し上げる。
「先ほどリゼル王子にも確認しましたが婚約者候補から外れてなどおられないではないですか。そのような嘘をついてまで王宮に入り込みたいのですか? 節操も無くシャリル王子に狙いを変えたのですか?」
「は?」
ちょっと待って? 今、なんと?
鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くしている私の様子にエバンスは冷笑する。
「婚約者候補から外れるなんて見え透いた嘘に私がだまされるとでも? 公爵家の後ろ盾が必要なリゼル王子と王家に入り込みたい公爵家の利害関係がある以上、そんなことあり得ませんからね。驚かれていますが、調べられるとは思いもしなかったのですか?」
フフン、と鼻で笑うエバンスは十分に憎たらしいが、それどころではない。
(リ、リゼル王子の婚約者候補から外れて……ない?)
なぜ? あの忍者のような文官はどうした? 奴は仕事を全うしてないのか?
それじゃあ、まだおっさん国王への道は繋がったままだと言うの!?
その時、シャリル王子の執務室の扉がノックされると同時に開かれ、そこにはリゼル王子と護衛騎士のガゼル、それに数人の付き添いの人たちが立っていた。




