そこで叫ぶ必要はありまして?
血圧がやばい。このままでは血圧が上がりすぎて脳天から出血しそう。
でもちょっと待て、と自分の中のわずかな理性の欠片がつぶやいた。
(やっぱり外見はアンジェリカになってるの?)
不思議に思いながらも、このまたとないチャンスをおめおめとは逃さじと、推しその二であるガゼルへと手を差し出した。
すぐに彼は優しく微笑んで私の手を取り、それから腕を組む。
「今日も綺麗ですね、アンジェリカ様」
「これが!?」
「はい?」
ついうっかりといつもの調子で返事をしてしまったので、慌てて「んんん。喉が……ゴホッ」などと言いながら咳払いをしてごまかしつつ、このアラサー喪女のどこに綺麗要素があるのか、お前の目は節穴か? と疑いの眼差しを送る。
眼差しを送っておいてなんだが、やはりガゼルの顔の良さに口の端がニヤリとゆがんでくる。
「そのように見つめられては……その……」
サッと目を逸らせてあさっての方向を見ながらしどろもどろになったガゼルに私は「だよね」と納得をした。
まずこの姿でアンジェリカだと思っているのが正気の沙汰とは思えないが、それをさらに美しいとか言うとは、どう考えてお世辞にもほどがある。
だから居心地悪そうに目を逸らせたことに逆に安堵したのだ。
そして今の自分の目的は、誰がなんと言おうと王子だ。
そう、推しその1、リゼル王子に会うまではこの夢から覚めるわけにはいかない。
「さあ、ガゼル卿、行きましょう」
愛しの王子に絶対に会うんだから! と意気込む私は興奮で目は血走りムフーと鼻の穴が膨らんでいたが、それは目を逸らせていたガゼルにはバレなかった。
*
こっそり、こっそりと王子のお姿を遠くからでも見られればそれで満足だったんですよ?
こんなドレスに着られたアラサー女のままで王子様の御前に姿を現すつもりなど微塵も無かったですよ?
それなのに、いきなりドアの前にいる男が叫んだんだよ。
「グラデュラス公爵ご令嬢アンジェリカ様! ディバイン侯爵ご令息ガゼル様! ご入場です」
結婚式かっ!
突っ込みそうになる自分を大いに制して、ガゼルの肘に手を置いたままで開かれた扉の中へと足を踏み入れた。ザザッと視線が集中して中にいた人たちがこちらを見る。
やめて。
みんな超見てくる。マジやめて。
しかしその視線も、会場の中の様子を見た瞬間に一切気にならなくなった。
うっほほ~い! と声を上げかけた。
さっきから口をついて出そうになる言葉を何度も飲み込んだが、今のうっほほ~い! は飲み込んで正解だろう、元の自分であっても。
だが興奮は隠しきれない。
(見たよ見た! この大広間! 王子とダンスをする時にいつも出てくる大広間だわ! でもスマホの画面で見るよりもずっと豪華で広い! 明るい! なんかいい匂いする!)
煌びやかなシャンデリアに照らされた大広間は、白い壁に淡い色の花が飾られ、隅のテーブルに料理とデザート、飲み物が並び壁際にはブルーを基調とした座り心地の良さそうなソファーが置かれている。
そして多くの紳士淑女がそこここでグラス片手に談笑している。




