プロローグのようですわ
*プロローグ
ふざけるのも大概にしなさい!!
あわや叫びかけて私はサッと口元をゴージャスな扇子で覆った。
煌びやかなシャンデリアが輝く大広間、淑女の色とりどりのドレスは花が咲き誇ったように美しく、取り巻く紳士たちのカフスの宝石が灯りに反射してきらめいている。
そんな大勢の貴族や、まして国王陛下も列席している舞踏会で、レディらしからぬ叫びを上げて、あわや大失態を犯すところだった。
「グラデュラス公爵令嬢、ご気分が優れませんか? 顔色が悪いですよ?」
恭しく話しかける美形の男は、美しい金髪に明るいミントグリーンの瞳、スラリとした長身に舞踏会用の衣装が映えるイケメンの王子様、のはずだが、なぜだか私にだけは違う人物に見えている。
あんたのせいだよ! と突っ込みを心で入れながら、引きつった笑みを浮かべた。
「い、いいえ、なんともありませんわ。どうぞ私にお構いなく。シャ・リ・ル・第二王子殿下」
わざと名前を区切って告げれば、人好きのする甘い笑顔を浮かべた。これは自分の武器を十分に理解して浮かべている笑みだ。
「はい、シャリルですよ。名前を呼んでいただけて嬉しいです、柴崎せ・ん・ぱ・い」
耳に顔を寄せてきたシャリル王子が、この場、いやこの世界に似つかわしくない名前を、わざとささやいた。
サッと私の眉間に皺が寄ったことを見て取ったシャリル王子はふふっと笑いながら顔を起こして私から離れる。
「どのみち、僕に頼らないとどうにもならないことを、そろそろ理解くださいね」と笑った。
ロゼリア王国、王都ロゼリアの王宮の舞踏会の真っ最中。
大勢の紳士淑女がダンスを楽しむ音楽の流れる中。柱の陰にになった壁際で隠れるようにして、まるでいけない約束でもしあっているような距離感の二人。
チラリとこちらに視線を投げた人は、この二人の関係にどんな想像をすることだろう。
けれど笑顔の私はもう一度叫びそうになっていた。
ふざけるのも大概にしなさい! と。
優雅に「ふふっ」と小さく笑って目の前の王子を見上げる。
「結婚なんてクソ食らえ、でございますわ」
口元を隠したままで私はにっこりと笑みを浮かべて小声で悪態をついた。
そんな悪態にも相手はなぜかとても嬉しそうに笑みを深める。
変態かっ!
美しく着飾った私のドレスは黒をベースに赤を取り入れた、いかにも悪役令嬢風味。
抜群のスタイルと情熱的な赤い髪色と相まって、それはそれは華やかに見えているだろう。
舞踏会の中でも一際人目を引いて、若い未婚の令息たちのみならず、既婚の紳士でさえもその視線を奪うほどの美貌の令嬢アンジェリカ。
しかし大きな窓ガラスに映る姿が私には、特徴もない黒髪のスタイルもさして特筆すべきところのないアラサーの日本人女にしか見えていない。
そして向き合う超絶美形の金髪王子も、私の目には茶色がかった髪のそれなりにイケメンの、一介の日本人にしか見えていない。
その王子が政略結婚など申し込んできたのだ。
私は……私は……元の世界に絶対に帰るんだから――!
先日支給されたボーナスだってまだ手を付けてないんだから、諦められるかっ!
血を吐くような思いを心の中で叫んだ。