彼と彼女のロマンス対策室 -横恋慕王女様を撃退せよ-
初めて書き上げたので読みにくい文章かもしれません。誤字脱字等ございましたらご指摘いただけますと幸いです。(23-11-22:読みにくすぎたので段落などを修正しました)
「――作戦を立てる」
うららかな午後、王宮中庭の四阿でまだ湯気をたてる紅茶を前に、ジェルアン王国王太子アダルベルトは宣言した。
「作戦目標はどのようなものですか?」
丁寧に割ったスコーンにクリームを盛りながら、王太子の婚約者ヴァレリアはさっと考えを巡らせた。
表向きはまだ公務には携われないが、多忙なアダルベルトの相談役のような立場を担っている彼女は既にいくつかの案件に関わっている。
現在王都で騒がれている貴族邸への連続強盗は騎士団の調査が大詰めなのでおそらく関係はないし、そもそも王太子が直々に手を下す案件でもない。貧民街の衛生改善案件は教会と調整をはじめたばかりでまだ次の段階に手を出すには早い。
ならば新学期がはじまったばかりの学園内の問題で――
「気づいたようだけど、フランジア王国のブリュエット王女の件だよ」
「はい」
ジェルアン王国の貴族子女なら通学義務のある王立学園に、新学期に合わせて隣国から王女が短期留学に来ている。
この王女がまた厄介者で、王子ばかりが続いた後に産まれた待望の王女をその父親たる国王が過剰に甘やかしている所為でわかりやすい我儘娘に育っている。
その厄介者を押し付けられて困ってはいるものの、ジェルアン国王の姉が嫁いでいる隣のフランジア王国とは現在それなりに良好の仲で、あまり騒ぎにしたくないというのが正直なところだ。
しかもただ我儘なだけならまだしも、ブリュエットはアダルベルトに一目惚れをしており、見かける度にアプローチをしてくるので非常に鬱陶しい。
フランジアの王妃がジェルアン国王の姉である以上、アダルベルトの代でフランジアと結びつくメリットは無い上に、より強固になる二国が他国に無駄に警戒されるというリスクがある。
ついでにブリュエットのような我儘娘はアダルベルトの趣味ではない。
纏わりついてくるブリュエットはアダルベルトの頭痛の種になっている。
しかしどんな厄介者であろうとも立場は隣国の王族のため、できる限りアダルベルトが対応せざるを得ず、感情的に無下にしすぎるのも好ましくない。
ヴァレリアも筆頭公爵家の娘として淡々とブリュエットに対応しているのだが、恋敵認定されているため近くにいるだけで不機嫌になるという有様である。
「フランジア王女殿下は下位貴族の子女たちに、わたくしが如何に悪女でアダルベルト様に相応しくないかを吹聴させているので家として報復の準備はしておりますが……」
「念のため確認するけど何をするつもり?」
「当家の子飼いの商会がフランジアの上位貴族の間で流行中の赤真珠を抑えておりますので、そこを起点にあちらを突き上げてもらおうかと」
「もう少し穏便におさめたいから、とりあえず準備を止めてもらっていいかな」
「かしこまりました」
ヴァレリアは仕事が早く、アダルベルトも未来の伴侶として評価している。
しているが、凝り性かつ少し過激にやりすぎることもあるので目が離せない。
なおヴァレリアは、特に酷い中傷を行った者の家に圧力をかける準備が済んでいることは黙っておくことにした。
「ブリュエット王女には早期に帰国してもらうか、大人しくしてもらいたい。……そのための作戦だ」
「フランジア王女殿下のプロファイリングはお済みですか?」
「基礎情報はまとめてきた、他者の視点も欲しいからヴァレリアの意見をくれ」
「拝見します」
手を拭き、侍従から数枚の紙を受け取ったヴァレリアは素早く目を通した。
ブリュエットの自国での日常の振る舞いを始め、おこした騒動の詳細やジェルアンにきてからの我儘の内容などが列挙されている。
可愛らしいものから傍迷惑なものまで多種多様な我儘が発揮されており、フィクションとして読むには楽しいものだとヴァレリアは思った。
入寮してからたった数日でジェルアンの王宮から貸し出していたメイドが引き上げられているほどの横暴さなので、フランジアからついてきているメイドたちの負担の大きさが忍ばれる。ノンフィクションなのが残念だ。
「追加する情報は、アダルベルト様を狙うにあたって我が国の貴族子女を味方にしようと愛嬌をふりまいていますので、情報に疎い下位貴族の一部が取り込まれている程度でしょうか。わたくしの友人の縁戚が取り巻きに交ざってくれておりますので集まりで何が話されているかは把握しております」
「それは助かるな……大きな問題になりそうな話題はあるか?」
「いまのところはおべっかとわたくしの悪口だけですが、フランジア王女殿下自らは誘導するだけで当人はわたくしの悪口を言わないあたりそこまで考え無しではなさそうです」
「悪知恵だけは多少働くわけだ」
「わたくしをなんとか悪女にして、愛のために耐える健気なヒロインになりたいのかもしれません」
多方向に我儘放題をしながら健気なヒロインを気取るという大きな矛盾をはらんだ作戦が上手くいく筈もなく、状況を把握している貴族子女たちからは既に白い目で見られている。
今は気づいていないが、周囲の冷たい視線に気づいたときには大騒ぎをするだろう。
ひとりで大騒ぎをするだけなら問題ないが、今までの傾向からすると自らの父親に泣きつく可能性がある。
「父親に泣きつく前に、自分の意志で手を引いて欲しいんだが……」
「そもそも留学の件、フランジア王妃陛下はなんと仰っているのですか?」
「王が盲目親馬鹿すぎて長期留学ではなく短期留学にするのが精一杯だったそうだよ」
ブリュエットの問題行動が表面化してからフランジアの国王夫妻の仲は少し溝がある。
王女の件以外では堅実なフランジア国王に目を覚ましてもらいたくてフランジア王妃も故国に望みを託したようだが、甥であるアダルベルトからするとただ迷惑な話である。
「癇癪が爆発しない状況をコントロールできれば、プライドだけは高いから自ら早期帰国の意思を固めてくれるかもしれない。その『健気なヒロイン』とやらのイメージを維持できれば傷は浅いと考える……か?」
「そのイメージ自体が幻なので当人の認識の問題ですが……プライドの高さと視野の狭さを利用するのは良いかもしれません」
ブリュエットが自国でいくつもの騒動をおこしても、彼女は自身が大多数に讃えられる素晴らしい王女だと評価されていると疑いもしていないので視野の狭さは筋金入りだ。多少の粗は見えず、表面上の称賛で誤魔化せる。
となると、ブリュエット以外の大多数にこれが茶番であることを理解させる状況をつくれば勘の良い者たちが周囲を誘導してくれるだろう。
「――では、王女殿下にはちゃんと健気なヒロイン役を担っていただきましょう」
あの方の理想とは少し違うかもしれませんけど、とヴァレリアは隅々まで計算された笑顔で微笑んだ。
この顔をしたときの彼女には特に気をつけなければならない。少々過激な作戦を練っているであろう婚約者をどう宥めていくかという溜め息を、アダルベルトは冷めた紅茶と共に飲み干した。
◆ ◆ ◆
「――でね、皆様ったらわたしがどんなに否定しても訴えるべきだと言うんですの。でも本当にヴァレリア様は悪くなくて……」
四阿での会議から二週間、アダルベルトは頭痛と胃痛の最中にいた。
ヴァレリアは体調不良を装いここ暫く学園を休んでいるため、ブリュエットにほぼつきっきりと言えるほどに付き纏われている。
アダルベルトを独占できることに気を良くしたブリュエットは、ヴァレリアから直接嫌がらせめいたことをされるけど魅力的な己が悪いと言わんばかりに物語のヒロインめいた自分の言動に酔っている。
ヴァレリアは不在なため、すべて虚言であることがわかっているが、何故このような浅はかな嘘をつき続けるのかアダルベルトには理解できず、それ自体がなにかの策略かと疑うもブリュエットが裏で何かをしたり指示を出している様子はない。
普段カフェテリアに赴く際は王族や高位貴族のみが使用できるスペースを優先するが、今は仕上げのために数日前から目立つところに陣取っていた。
落ち込む――演技をした――ヴァレリアを視界の隅に捉えながらブリュエットの虚言に付き合うこと数日。
ヴァレリアが休みはじめてからも同じ調子で似たようなことを聞かされ続けること更に数日。中身の無い話をにこやかに聞き流し続けることにアダルベルトはそろそろ限界を感じていた。
しかし要求を呑まなければたちまち不機嫌になるため作戦予定が狂う可能性がある上、ふたりきりになりたいなどと無茶なことを要求してくるので、折衝案として人目のある場所で側近らに少し離れて待機してもらっているためひとりで対応せざるを得ない。
信頼のおける協力者への根回しもとっくに終え、あとはヴァレリアの準備が済むのを待つのみという状態だったが、本日決行だと連絡があった。
早くヴァレリアたちとの穏やかな日常に戻りたいと切実に願う。
ヴァレリアよりもブリュエットを優先する自分の姿に周囲の視線も痛くなってきたが、そのためにこの二週間我慢をし続けたのだから後少しくらいどうってことないのだ――極度の疲労のため思考が自らの深い内に飛びそうになったとき、カフェテリアの出入り口がにわかに騒がしくなった。
人波が割れ姿を表したのは、普段の眩いほどの美しさは影を潜め、今にも消えてしまいそうなほどの儚さのあるヴァレリアだった。
公爵家のメイドたちの努力の賜物か、髪や肌はくすみつつも最低限の艶を維持している。
しかし制服の襟元の妙な隙間や腰回りのシルエットの不自然さが体型の急変を物語り、痛々しさを滲ませている。
表情は固く、それでも凛と背筋を伸ばした彼女は美しく、決してうつむかないその姿は矜持を感じさせた。
「ヴァレリア!」
アダルベルトは思わずヴァレリアの元へと駆け出すとその手をとった。
「ああ、こんなに痩せて……いったいどうしたんだ?」
「アダルベルト様……いえ王太子殿下、わたくし……」
よく通る声は頼りなく掠れ、アダルベルトを見つめる潤んだ瞳は爛々と輝いていた。輝かせるな、あと一息なんだぞとアダルベルトは内心でぼやく。
ヴァレリアは二週間をかけてこの『最愛の婚約者と横恋慕女の仲を認め身を引く決意を固めた健気なご令嬢』の姿を作り上げた。
凝り性な彼女は急激短期ダイエットでやつれようとしたが、それだけはアダルベルトにも家族にも侍女にも、誰からも許可がおりなかったので、ほんの少しだけ大きめの制服を急いで用意させた。
髪や肌はメイドたちが荒れかけのように見えるメイクの試行錯誤を行い、その間に本人はロマンス小説仲間の侍女と共に演技の研究に熱を上げた。
とても楽しかったとヴァレリアは振り返る。
「わたくしは……貴方様が望むなら……婚や」
「まぁ、ヴァレリア様はいったいどうなさってしまったの?」
アダルベルトとヴァレリアが愁嘆場を演じようとすれば、すかさずブリュエットが割り込んできた。
注目されるべきは常に自分であるとばかりに急いで邪魔をしたのだろうが、真剣そうな会話に割り込むなどとは王女とはいえあまりにも無礼。
演技とはいえヴァレリアに決定的なことを言わせたくなかったので利用はさせてもらうが、いったいどう教育されればこのような王女が完成するのだろうとアダルベルトは改めて疑問に思った。
「ブリュエット殿下、お話は後ほどに……」
「ヴァレリア様ったらお肌も髪もぼろぼろではありませんの! 淑女として問題ですわ、失恋でもされましたの? 失恋はおつらいですわね、でも大丈夫ですわ。ヴァレリア様でしたらすぐに次のお相手が見つかりますわよ、もう同年代の殿方は難しいでしょうけどもほら……しっかりした貴女でしたらうんと年上の方の妻も問題なくこなせますでしょう? もしよろしければ、わたしもお相手探しをお手伝いさせていただきますわぁ」
性格の悪さが滲み出るどころか全面的に表出させ、この場にいる女性のなかで淑女として問題があるのは一体誰なのか問わずともわかる状況で、ブリュエットはうっとりと喋り続けた。
つい先程まで作っていた健気なヒロインのようなキャラクター像はいったいなんだったのか。
ブリュエットが自分の世界に浸っている間、アダルベルトはヴァレリアに寄り添い慰めることにし、どさくさに紛れて肩を抱くとヴァレリアは一瞬ぴくりと身を固くしたが大人しく身体を寄せてくれた。
ブリュエットの相手もなんかもう面倒になってきたし、これ以上彼女にボロを出されるとこちらの予定にも支障が出る。
なんだかヴァレリアも可愛いことだしとアダルベルトはブリュエットを無視して作戦を巻いて進行することにした。
アダルベルトは名残惜しく思いつつ一度ヴァレリアから身体を離し、向かい合ってから跪く。
「ヴァレリア」
「……はい」
「すまなかったね、私は君を愛しているよ。だから私から離れないで欲しい」
「――! アダル、ベルト、さま……」
目を見開いてから、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼすヴァレリアをそっと抱きしめると、周囲から大きな拍手が沸き起こった。
今まで王太子とその婚約者は、いかなる時もお互いを尊重しつつも紳士淑女として適正な距離を保つ理想的な政略結婚の姿だとされていたが実態は違う。私的な場ではお互いを慈しんでいたであろう姿に周囲はその認識を改めた。
考えてみれば公的な場で過剰に接触するのは成人前の子女として好ましくないものだ、厳しく教育されてきたふたりが距離感に気をつけるのは当然であった。
ふたりは理想的な政略結婚の姿ではなく、理想的な王侯貴族の姿であった――この評価はすぐに社交界を巡ることになった。
◆ ◆ ◆
カフェテリアでの愁嘆場から数日後、アダルベルトとヴァレリアの姿は王宮中庭の四阿にあった。
「今回の騒動も、終わってみればなかなか楽しかったです」
「君はそうだろうね……」
あの後、自分の独壇場だと思っていたブリュエットは大きな拍手に我に返り、抱きしめ合うふたりを見たぽかんと大きく口をあけて固まった。
その隙をついてアダルベルトは畳み掛けることにした。
『歓待を示すためとはいえ距離感を間違えて申し訳ない』『ブリュエットの今後の評価のためにもすぐ改めよう』を要約すると『国のために我慢して多少従ったが、婚約関係ですらない間柄であれ以上そちらの要求に従ったらお前ただの痴女だぞ』となる。
なんでも自分の都合の良いような受け取り方をするブリュエットだが、流石にこれは正しく受け取ったようで侮辱するなと喚こうとした……が、少し前にジェルアン王国でできた取り巻きからしつこく聞かされていた物語の結末を思い出した。
少し前にジェルアン王国で流行していた悲恋の歌劇で、主人公はとある架空の国の王女で密かに想い合う公子の恋人がいた。
だが彼には婚約者に他国の公女がおり、ふたりの関係は決して認められることはなかった。やがて王女にも別の国の王子との婚約の話が出てしまい……というあらすじで、すったもんだの末に事態は駆け落ち寸前までいくものの結局はお互いの幸せを願ってそれぞれの道を行くというストーリーだった。
なんという愛の無い話かと思っていたが、別れ際の主人公のセリフは良かったと印象に残っている。
そうだ、それを参考にすれば自分は惨めではない――
『……ええ、貴方の優しさはわたしの最奥に。これだけは決して手放しませんわ、今までありがとう』
なお歌劇のセリフは情事の暗喩を含んでいるが、ブリュエットがそれを知る筈もなくただ恋を秘めて未来にいくのだという前向きなセリフだと認識している。
周囲の大多数もこの茶番に気づいているため、アダルベルトとそんな仲では無いとわかり切っておりその場で流された。
こうしてブリュエットは『健気な悲恋のヒロイン』として早期に帰国していった。
名目は体調不良による療養だが、すぐにフランジア王国で大暴れすることになるだろう。少しは経験を積ませてやったのだから、これ以上の王女の教育は自国で行ってほしいとアダルベルトとヴァレリアは思った。
「しかし、君の拘りと演技力には驚いたよ」
「ありがとうございます。皆が快く協力してくれたおかげです」
「妙な短期ダイエットはダメだからね」
「説得力が増すと思ったんですけど……」
「ダメ」
間髪を容れずに拒否をしてくるアダルベルトがなんだかくすぐったくて、ヴァレリアは思わず笑ってしまった。
そんなヴァレリアを見つめる彼の瞳がなんだかいつもと違う様子で居た堪れなくなり、流れを変えるべく口をひらいた。
「演技といえば、その、アダルベルト様も迫真でした」
「……ああ」
アダルベルトは見つめ合う視線をそらし、気まずげに彷徨わせると、意を決したように再びヴァレリアを見た。
「演技じゃ、なかったからね」
その意味を理解したヴァレリアの頬が赤く染まり、うつむいてしまうまであと数秒。
四阿を爽やかな風が通り抜け、火照ったふたりの頬をほんの少し冷ましていった。