1話
1話
「…もう朝か」
朝起きたらとりあえずPCの前に座り、マウスを握る。
「…WeTube見よ」
WeTubeにはたくさんのゲーム動画や料理動画など、面白い動画が色々あるので時間を潰すにはもってこいだ。
WeTubeを見ながらスマホで漫画を見るのが朝の日課だ。
そのまま昼になるまでボーッと過ごして昼ご飯を作る。いつも作るのはだいたいパスタ。作るのが楽で美味いからね。
母親は専業主婦なので家で家事をしたりしている。
俺がニートになったときは最初こそ文句を言われたが、今では特に何も言われることなく、家に居ることを許してくれているし、普通に会話もする。父親と妹ともちゃんと仲がいい。
家族に恵まれているおかげで凄く助かっている。俺には普通の人のように毎日働くことも、社会人として責任を持つことも出来なかった。
だから社会人になってすぐに会社を辞めてしまい、ニートになってしまった。
リビングに行くと母さんがいた。
「おはよう」
「ん、おはよう」
「今日の天気は良いみたいよ〜」
「暑そうだね」
「ゴミを捨てに行っただけなのにめっっっちゃ暑かった」
「だよね。スーパーに行くけど、何か欲しい物ある?」
「んー、じゃあ牛乳買ってきて〜」
「おっけー」
母親と会話をしていると突然窓の外が光った。
「きゃあああああああ!!!!」
母さんの悲鳴が聞こえたが、突然強烈な光を浴びてしまったせいで目がやられてしまって周りの確認ができない。
「大丈夫!?」
「眩しい!!」
母さんも目がやられてしまったようだが、問題なさそうだ。
数分もすれば周りが見えるぐらい回復した。
「今のなんだったんだ?」
窓の外を見てみると、空に惑星のような巨大な丸い星が見えた。
それを見た母さんも驚いている。
「月じゃないわよね?」
「あんなに大きくないから月ではないね。昨日まで無かったよね?」
「うん」
テレビを見ると、緊急速報としてこの目の前の物体について放送されていた。
「専門家によりますと、【この事態は予測されていた。あの惑星自体には害がないので安心してほしい。ただ、青い光や赤い光を放っている場所には絶対に近付かないようにして下さい】とのことです」
どういう事かさっぱりわからないが、アナウンサーの人も分かっていなさそうだった。
「雪、大丈夫かしら?」
「…連絡してみよう。何か光っている場所があるならすぐに離れるように言わないと」
雪とは高校一年生の妹のことだ。
さっそく電話をかけてみるが繋がらない。
どこの人も自分の家族や友人に電話をしているせいか全く繋がらない。
「ちょっと雪の学校を見てくるから母さんは父さんに連絡してて。あと、家の中に変な光があったら一応逃げてね」
「わかった!気を付けてね、翔」
「うん。行ってきます」
心配だ。雪も、母さんも、父さんも。
凄く嫌な予感がする。
早く行こう。
バイクに乗って向かっていると、青い光の柱が雪の学校の方角から見えた。
学校に近付くにつれ、光の柱がどこから見えるのかが確信できた。
雪の学校だ。
本当にどうして悪い予感はいつも当たるのだろうか。
こういう時こそ焦らずに行動だ、深呼吸をしながら学校へ向かっていると、学生達が走ってどこかへ逃げている姿を見た。
「早く行かないと…」
学校に着くと、校庭に光の塊があるのを見つけた。
「あれが危険なのか?」
特に危険な風には見えないが、近付かない方がいいか。
とりあえず雪を探そう。
校舎の中に入り、一年生の教室を目指していると、しくしくと泣き声が聞こえてきた。
「ん?誰かいるのか?」
「たす…けて…ひくっ…ください」
「どこにいるんだ?」
「と、トイレ…ひぐっ」
「今行くからね」
声は女の子だったので、多分女子トイレだろうと思い入ってみると、血塗れだった。
あまりの血の匂いに吐きそうになりかけたが我慢した。
「どこにいるんだ?出ておいで」
「ぐすっ…お、お兄ちゃん…?」
「!?」
トイレの個室から出てきたのは妹の雪だった。
雪は見つかった。それならもう帰ろう。母さんが心配だ。
「もう大丈夫だよ。家に帰ろう」
「…何が、大丈夫よ…全然大丈夫じゃないよ!」
「落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃん!友達が…友達が目の前で意味わかんない生き物に殺されたんだよ!?そんなん…!?」
雪の口に手をあて無理やり黙らせた。
「落ち着けって。粗方状況は理解した。変な生き物がいるのにそんなに騒いでどうすんだよ。話は後で聞く。今は家に帰ることだけ考えておけ」
「ご、ごめん」
「俺が守るから安心しとけ」
「…なんだか、昔のお兄ちゃんみたいだね」
「は?」
「何でもない。行こ」
とにかく雪は落ち着いてくれた。
状況を整理しながらバイクを置いた場所まで向かう。
「…雪」
「なに?」
「周りを何も見ずに一言も話さずに付いてこい」
「え…」
雪は一瞬驚いた顔をしたがすぐに頷いてくれた。
勘が鋭いのは良いことでも、今回は気付かないで欲しかったな。
周りにゲームでよく見るゴブリンみたいな奴らが、この学校の先生であろう人を木の板に縄で縛り付けて運んでいた。
こんなのを雪に見せる訳にはいかないよな。
そんなことを考えていると雪が小さな声で「あっ」と言った。
「…もしかして見た?」
「…うん」
「知ってる先生?」
「…担任」
「そっか。あの人は運が悪かったな」
「…そう、だね」
あーあ。こうなると思った。
雪はあの先生を助けたいんだろう。
暗い顔をして、今にも泣き出しそうだ。
「俺は身内が生きてればそれでいいと思ってる」
「…うん」
「雪は?」
「え?」
「好きな先生や友達が殺されそうになったとき、自分の命を賭けることできる?」
「…」
「助けたいって思う?」
「…思う」
「はぁ…」
俺がため息を吐くと雪が肩をビクッと震わせたので、安心させるように頭を優しく撫でた。
「お前は良い子だよ。母さんと父さんに似たんだな」
「そんなことない」
「俺があの人を助けてきてやるからお前は逃げろ」
「…え?」
「こんな俺でも、雪の気持ちが少しはわかるからな。だから、大人しく雪は先に帰っててくれ」
「だ…ダメだよ。そんなのダメだよ!お兄ちゃんが死んじゃうよ!」
「これ、バイクの鍵。乗れるだろ?俺は歩いて帰るから」
「お兄ちゃん…話を聞いてよ!」
「早く行かないと取り返しがつかなくなる可能性がある。行くなら早く行かないと」
「そうだけど…」
「じゃあ行ってくる」
「…死なないでね、お兄ちゃん」
「任せとけ」
雪がバイクに乗ったのを確認してから校舎の中に入ったはいいがどうしようか。
武器でも探すか?でも、学校にある物で何が役立つ?
ほうきでも持っておくか…
「何か持ってないと不安だったけど、ほうきでもめちゃくちゃ不安だな…」
ほうきの他に小さい物を色々持ったが役立つだろうか?
「…ほうきが一番いらないかも」
そんなことを考えながら校舎の中を歩いていると教室の中にゴブリンと捕まった先生見つけた。
ゴブリンは三匹か?なにか話してるが…
「ぐぎゃ」
「がぎゃがぎゃ」
「ぐぎがが」
…やっぱり意味わかんねぇ。
様子を見ていると、ゴブリン二匹が教室の外に出ようとしていたので一旦隠れてやり過ごす。
命がいくつあっても足りないと思うぐらいに緊張感が凄い。数匹に見つかったら間違いなく殺されるだろうな。
もう少し様子を見たいが、チャンスは今しかない。
教室の中にはゴブリンが一匹だけ。
それなら殺れる可能性は充分ある。
「じゃあ行くか!」
教室に入ると、先生は俺に気付いたがゴブリンはまだ俺に気付いていない。
最優先事項は先生の救出。このままバレないのであればすぐに一緒に逃げたいが、先生は木の板に縛り付けられている。
それを解こうとすれば絶対に気付かれる。ならば先手必勝。
近くにあった机を持ち上げ、ゴブリンに殴りつけた。
「ゴギャッ!?」
と一瞬鳴いたあと、痙攣して動かなくなった。
今のうちだ!
「「え?」」
あまりにも呆気なくゴブリンが気絶したので先生も驚いていたが、すぐに縄を解いて逃げなければ!
ゴブリンが持っていた槍を奪い取り、丁寧に縄を切っていると、
「あ、ありがとうございます…助かりました…」
「いえいえ、早くここから逃げましょう。学校の外にさえ出れば今なら逃げ切れると思うので」
「だ、駄目です!まだ生徒達が捕まっているんです!助けに行かないと」
「無理です。諦めましょう」
「嫌です!」
「先生が子供みたいに駄々を捏ねないで下さい」
「それでも…」
バンッ!とドアを思いきり開ける音が鳴ったのでそちらを見ると血まみれの学生が立っていた。
「京子先生!?」
「斎藤くん!?その傷はどうしたんですか!?」
京子先生って名前だったのか。
「これは全部アイツらの返り血だから大丈夫!」
「そ、そうですか…たくましいですね…」
「へへっ、まぁな!」
「教師と先生が仲良くしているのは微笑ましいんだが、時と場所を考えてくれないか?」
「あぁ?てめぇ誰なんだよ」
「あ、あの人は私のことを助けに来てくれた人なんです!」
「本当なのか?」
「あぁ」
「じゃあ、まぁ…いいか」
なんか、調子が狂うな…早く家に帰りたい…
「あの、お名前を聞いてもいいでしょうか?」
「一之瀬 翔です。」
「一之瀬ってもしかして、雪さんのお兄さんですか?」
「そうですね。貴方を助けに来たのは雪に頼まれたからです。なので早く逃げましょう」
「おい!一之瀬の兄だか知らねぇけど、まだ俺達のクラスメイトが捕まってんだよ!助けに行かねぇと!」
「そうですよ!さっきも言いましたよね!」
「そんなもの、俺には関係ないので」
「てめぇ…」
斎藤とかいう生徒に胸ぐらを掴まれてしまった。
「てめぇには情ってものがないのか?」
「斎藤君、離しなさい!」
「ない。俺の知らない人がどうなろうがどうでもいい」
「クズだな」
「やめなさいって!」
「ほら、君の大好きな先生が離せってワーワー言ってるぞ。早くこの手を離せよ」
「ちっ」
意外とすんなり離してもらえた。一発ぐらい殴られると思ったんだけどな。
「さぁ逃げましょうか」
「てめぇだけさっさと逃げればいいだろ」
「…そうですね。一之瀬さんのお兄さんは逃げて下さい。助けて下さりありがとうございました」
やっぱりこうなるか。このまま帰ってこの人達が死んだら雪が悲しんだり自分だけ逃げたことを後悔するかな。あーもう、めんどくせぇ…
「はぁ…わかりました。生徒達を解放したら即脱出しましょう」
「手伝ってくれるんですか?」
「はい。その代わりに、先生は今すぐ学校の外に…」
「嫌です!」
「はっは!京子先生は頑固だから言うことなんか聞かねーよ」
「はぁ…冷静に考えなくても自分が足でまといになることぐらいわかりますよね?」
「それでも、自分より年下の二人を置いて自分だけ逃げるなんてこと出来ません!」
「貴方を守りながら戦う羽目になる俺達の気持ちを考えて下さい」
「俺は守るものがある方が燃えるぜ!」
「…」
「自分の身は自分で守ります!」
自分は絶対に死なないとでも思っているのか?と聞きたくなるぐらい二人は気合いが入っている。
これ以上小言を言ったりして時間を無駄にする方が状況的に駄目か。
「わかりました。じゃあ行きましょう。生徒達が捕まってる場所は把握出来ているんですか?」
「体育館と音楽室、あと放送室に逃げ込んだ人がたくさんいるらしい。鍵がついたドアがあるからそこに逃げたんだろうな」
「なるほど。どこも時間の問題でしょうね」
「あぁ、今すぐ行かねぇと」
「まずは放送室から行きましょうか」
「俺だけ先に音楽室に行ってもいいか?」
「途中まで一緒に放送室に向かって、放送室にいるゴブリンが少ないのがわかれば行ってください」
「了解だ」
「行きましょう」
「おう」
京子先生が「え?え?」と困惑している。話がスムーズに進みすぎて付いてこれなかったのだろう。
「ほら、行くぞ。京子先生」
「は、はい!」
「どちらが先生かわかりませんね」
「どういう意味ですか!?」
「はっはっは!京子先生は子供っぽいからな!」
「なにをー!」
今から死ぬかもしれないのに呑気なものだな。
放送室に向かう途中はゴブリン共には出会うことはなかったが、放送室の入口付近に三匹のゴブリンがドアをこじ開けようとしていた。
「あまり力はないんですね」
「そうだな。あと思いきり殴れば気絶するぐらい貧弱だぞ」
「異形の姿と普段見ない物を持っていたりしてビビって何も出来ない人が多かった結果、ここまでの惨状になってしまった。というわけですね」
「…そういうことだな。つーか、なんでアンタはそんなにも冷静なんだ?」
「慌てても意味がないからですね」
「それにしても冷静過ぎなんだよ…」
「では、斎藤君と先生は先に音楽室に行ってて下さい。中の人達を外に逃がしたらすぐに向かいます」
「大丈夫なのか?」
「はい」
斎藤君と京子先生が音楽室の方に行くのを見届けてから、持ってる物を確認する。
ゴブリンが持ってたボロボロの槍、洗剤、ホース。
まずは洗剤の蓋の部分を投げてそちらの方に意識が向くか試してみる。
コロンッコロンッ
「「「グギャッ!?」」」
…知能は無いのか?音が鳴った方に三匹で走って行ったぞ。
まぁいいか。
ゴブリンが走って行った方に向かうと、洗剤の蓋を三匹で観察して遊んでいた。
まずは一匹槍で突いて、殺れそうなら二匹目も。
いくつかのプランを考え、あとは実行するのみ。
背後からゆっくり近付き、ゴブリンの首に槍を突き刺して一匹を仕留めて槍を引き抜き、二匹目のゴブリンの顔に槍を突き刺したのはいいが、最後の力を振り絞っているのか槍を掴まれた瞬間、三匹目のゴブリンが槍を持って襲いかかってきた。
「これでも喰らっとけ」
「グガッ!?」
ドンッ!
洗剤をゴブリンの顔にぶっかけると、俺には飛びかかってこずに、床に落ちて顔を手でゴシゴシと拭いている。
その間に二匹目のゴブリンが力尽きたので、突き刺したゴブリンごと槍を三匹目のゴブリンに向かって投げつけた。
「グギギ!!」
「ちょっと腕試しに付き合ってくれよ」
「グギャギャ!」
どの程度の攻撃で死ぬのかを試そうとして、走ってきたゴブリンの腹を殴ると、ゴブリンが吹き飛んでそのまま絶命した。
「は?」
ブーッ!ブーッ!
スマホの着信音が鳴ったので、とりあえず見てみると画面には、
【インストール完了】
という文字が書いてあった。