07.元聖女と使用人
「戻りました。アルハはいますか?」
ようやく自室に帰還でき、私は専属執事の名を呼んだ。
「はい。アルハはここに」
現れたのは私よりも小柄で幼い顔立ちの男の子。こんな子でも常に私と行動を共にし、身の回りのサポートをしてくれる立派な執事だ。
「着替えを」
「はい」
私は汚れた服を脱ぎ去り、手渡された衣服に着替える。
アルハは男だが、今更肌を見せることに抵抗は感じない。その程度ではお互い動揺しないくらいに長い付き合いだ。
「あなたも聞いていますか?」
「うん。聖女から剣聖にジョブチェンジしたって旦那様から」
「面白い言い回しですね……。それであなたは父に何か言われましたか?」
「なにか?」
きょとんとする少年、この反応ならおそらく私が伝えられた以上の情報はなさそうだ。
「いえ、あなたの役職は聖女の専属執事ですから。聖女じゃない私に仕える理由もないかと思いまして」
「? えっと……僕もうお役御免? 新しい聖女のところに左遷?」
「左遷なんてそんな、私は……」
今まで通り私の専属でいて欲しい。そう言いたかった。
けど私は剣聖になった。きっと今まで以上に戦場へ行く機会が増え、アルハの苦労も増えるだろう。
(ならいっそ次の聖女に仕えた方がアルハも仕事環境変わらずに済みますよね……ちょっと寂しいですけど)
「アルハは聖女か剣聖、どちらの執事が良いですか?」
人の未来を勝手に決める度量のない私は、聞くことしかできなかった。
けどアルハはいまいち理解できていないのか、首を傾げながら答える。
「えっと、聖女の執事って言ったら……」
言葉の途中まで聞いてドキリとさせられる。絶望にも近い感情が押し寄せながらも、次の言葉を待った。
しかしその言葉は予想外なものだった。
「聖女の執事って言ったら、グレイシア様は聖女に戻れる?」
「え? えーと……無理ですね。私が剣聖になるのは決定事項ですので」
「なら剣聖でいい」
アルハは即答した。それ自体は嬉しい答えなのだが、彼はちゃんと理解してくれているだろうか?
「大丈夫ですか? 今まで通りの仕事の方が気楽だとは思いますが……」
「? 僕の今まで通りはグレイシア様の隣。僕が仕えていたのは聖女だからじゃなくてグレイシア様だから、ずっとそのつもりだった」
「そう、ですか……」
涙が込み上げるがグッと堪える。この程度で涙腺にくるとは、私も年ですかね(19歳)。
私が感傷に浸っていると、私の言葉足らずのせいでアルハは不安そうな顔を見せていた。
「結局グレイシア様に付いていって良いってこと?」
「あっごめんなさい。アルハさえよければこれからも私の世話係をお願いできますか?」
「もちろん、です」
嬉しそうにはにかむ少年。何この子可愛い、むしろお世話したい。
しかし変化が多い中で変わらないものもあるようでひとまず安堵する。
世話係は最早私の日常の中核、そこが変わらないのはある意味一番嬉しいかもしれない。
嬉しいついでに早速世話係のお仕事をしてもらうことにした。
「じゃあ今後の予定を聞いてもいいですか?」
「うん。今日は来客の予定もなし。けど明日、剣聖の称号授与式がある」
「あー……はい。当然ありますよね授与式……なら当然来ますよね、元剣聖も……」
今回の騒動で最大の憂鬱イベントが来てしまった。
元剣聖は恐らく詳しい事情を聞かされていないはず。
となれば彼が恨むであろう相手は誰か。そう、剣聖の座を奪ってしまった私だ。
元剣聖に関しては本当にとばっちりでしかないから申し訳なさで爆発しそうになる。
「会うのが嫌?」
「どんな顔して会えって言うんですか! こんなぽっと出の小娘に最強の称号横取りされて、それもクソ殿下の我が儘が原因で!」
「間違いなく一番の被害者」
「そうなんですよぉ! しかも顔見知りで……」
「しかも幼い頃に一目惚れした相手」
追い打ちをかけるように私の想いを付け足してくれるアルハ。
事実ではあるのだが流石に恋愛事情を他人の口から言われると恥ずかしさがこみ上げる。
「……はいそうです。私は憧れの人の地位を奪っちゃった悪女なんですよ」
「でもそのおかげで婚約破棄できたしワンチャン?」
「いやノーチャンですよ……本当にないと思っていますよ? 思ってるのですが、とりあえず謝罪は必要ですよね?」
「うん。ワンチャン」
「アルハ、あまり主人をからかわないように」
「あう……ごめんなさい」
少年の頭に軽いチョップをお見舞いしてやった。
しかしアルハの言っていることも的外れというわけではなく、久々に会えるのが楽しみな私もいる。
明日は失礼のないようにしないと。
「じゃあ私は夕食に呼ばれているので、アルハは明日の準備をお願いしますね」
「がってん」
言葉遣いに少し難はあるが、仕事はちゃんとこなす素直な使用人。そんなアルハだから、今後も仕えてくれると分かって良かった。
気分を持ち直し私は部屋を去った。
◇
主人が聖女を辞めさせられた。
そのことで気に病んでいるかも、と思ったけどそうでもないようで良かった。
役職が変わっても僕を必要としてくれて良かった。
僕にも主人は必要な存在だから。
「僕の一生はグレイシア様にささげる。それができなきゃ生きてる意味なんてない……」
あの人が聖女だろうと剣聖だろうと関係ない。
どんな環境だろうと、僕はあの人の仕えなきゃならない。
「あの人が呪いから救ってくれなかったら、僕の一生はすでに終わってるから……」
主人への思いを胸に、誓いを立てるように独白する。