06.グレイシアとフェリシア
父から聖女解任を言い渡されたグレイシアが自室へ戻る道中、行く手を阻む者が現れた。
「お帰りなさいませグレイ姉さま!」
「っとと。ただいまですフェリ、いきなり飛びつくと危ないですよ?」
私の胸にダイブしてくる妹を軽々と受け止める。
このくらいなら筋肉を強化していなくても余裕だ。
「ああ久々の姉さまの香り……クンクンスーハー」
「はしたないですよ。まだ着替えもしてないから汗臭いですし」
「このかぐわしい香りが良いんですの!」
「匂いフェチもほどほどになさい」
「やん」
変態チックにすり寄る妹を引っぺがす。
名残惜しそうにしながらも、フェリシアは私に向き直った。
「改めましてお疲れ様ですわ。それから……剣聖への昇進おめでとうございます姉さま!」
「昇進……になるんですかね? いろいろ複雑な気持ちですが」
「姉さまの強さが認められたのだから昇進ですわ。それに聖女解任と言っても魔法を使えるのは変わらず姉さまなのですから、実質的に姉さまは聖女でありながら剣聖の称号を得た史上初の存在というわけですの」
私が何になろうとフェリシアの全肯定感ある語りは健在か。
話を聞いていると彼女の中の自分があまりにも壮大な人物過ぎて申し訳なくなる。
(私なんか少し前まで引きこもってたダメ人間なんですけどね……)
それでも自分を慕ってくれる人が存在するというのは幸福なことなのだろう。
「かもしれませんね、今は素直に喜ぶことにします。良いこともありましたし」
「良いこと? 婚約破棄の件ですの?」
「はい。お互い嫌い合っているのに結婚したって幸せになれるはずありませんから」
「そもそも婚約も親達が勝手に決めたことですの。まあ今回の騒動で四苦八苦していたみたいなので良い気味ですわ」
確かに、父に恨みがあるわけではないが今まで聖女の私を散々利用してきたのだからそのツケが回ってきたのだろう。
私としては聖女から剣聖になったことで嫌いな相手と結婚せずに済む、その点だけは喜んでいいはずだ。
そんな会話をしていて、ふと気づく。
私が聖女じゃなくなったことで誰が一番被害を被ることになるのかを。
「フェリはその……大丈夫ですか?」
「聖女になることですの? 確かに魔法も持っていない私が聖女なんて馬鹿げてますわね」
「嫌だったら断ってもいいんですよ?」
妹には一切非がないのだから彼女が苦労する理由も一つもない。
だから彼女が嫌だというのなら全力で支援するつもりだったが、フェリシアは首を横に振った。
「でも私は平気ですわ。今まで私は姉さまのために何もしてあげられなかったから、これはチャンスですの。姉さまの代わりが務まるよう精一杯頑張りますわ!」
「フェリ……ありがとう、でも頑張りすぎてはダメですよ? 困ったらちゃんと私を頼ってください。元聖女であり、あなたの姉なんですから」
「姉さま優しい……!」
再び抱きついてくるフェリシア。
邪な気配も感じないので今度は優しく抱きしめた。
「婚約の方はどうですか? あんな軟弱男と結婚なんて嫌じゃないですか?」
「そこはお任せくださいませ。前から姉さまがあんな男と結婚するなんて納得できなかったんですの。あのクソ雑魚ナメクジは私が適当にあしらっておきますわ」
私も王子を罵倒することには賛成だが妹の罵詈雑言を聞くとちょっとだけ不憫に思える。
(確かに私も嫌いですけどナメクジって……仮にも王子ですしちょっと心配ですね……)
「でもそんなに気にくわない相手なら尚更無理しなくても……」
「姉さま。私は姉さま以外の人を愛することはないので誰と結婚したって変わりませんわ。そのうち薦められるまま見合いをして結婚する未来が早まっただけですの。だから姉さまは相応しい結婚相手をお探しください」
「フェリ……なんて出来た妹なんでしょう……!」
お互いに強く抱きしめあう。
ルベリオ姉妹は非常に仲睦まじかった。
それこそ家族でなく異性であったなら結婚したいと互いに思えい合えるほどに。
「じゃあフェリ、困ったらちゃんと言うのですよ? 何があってもすぐに駆け付けますので」
「姉さまも結婚したい相手が見つかったら言ってくださいませ? 姉さまの素晴らしさを相手に理解してもらえるよう、私がご説明に参りますので」
「それはちょっとお断りするかもしれません……」
そうして私達は軽い挨拶の後に別れた。
フェリシアは賢い子だ。物事に望むときのバイタリティにも目を見張るものがある。
しかしそれは興味のあることだけ。興味のないことにはむしろ持ち前の賢さで上手く避けてしまう。
今回は彼女でも避けられなかったみたいで少し心配していたのだが、それほど思い悩んでいないようで良かった。
さて、あまり人を心配している余裕もない。
急いで残る不安要素も片づけに行かなくては。