01.筋肉聖女と婚約破棄
世界には七人の聖女が存在する。
聖女は特別な力を持つ。それは神から授けられた魔法。
その魔法の所有こそが聖女の証明となる。
そして私、グレイシア・ルベリオもその聖女の一人だった。
「グレイシア、お前の聖女解任が決定した」
「は?」
戦場から帰還した泥だらけの私に、父はその言葉を突きつけた。
だが聖女とは決して人に任命されるものではない。
神に魔法を与えられた女性を聖女と呼ぶのだ。
「いきなり何を言うのですかお父様? この国の聖女は私だけなのに」
「いやその筋肉で聖女は無理でしょ」
「……え? 筋肉?」
自身の体を見ると女性に似つかわしくない筋骨隆々な肉体があった。
戦闘直後で元に戻し忘れたことに気づき、すぐに私は魔法を解く。
すると肉体が収縮し、一瞬で本来のしなやかな体へと戻った。
「お見苦しいものを見せて申し訳ありません。それで、理由のご説明を願えますか?」
「うん、だからね。自分を強化して戦場で泥臭く戦うなんて聖女らしくないから」
父の言う強化とは私が持つ魔法、私が聖女たる由縁だ。
私の魔法は『筋肉魔法』と呼ばれている。文字通り筋肉を強化する魔法だ。
普通なら身体強化魔法とでも呼ばれるのだろうが、私の魔法は使用した者の筋肉を肥大させる副作用がある。
それゆえ兵士達はこの魔法による支援を嫌がる。仕方なく自身に魔法をかけて戦場へと赴いた結果、私は影で筋肉聖女などと呼ばれるようになった。
(女の子にとんでもないアダ名つけてんじゃねーですよまったく……)
「だから聖女の役目はフェリシアに任せることにした」
「妹を聖女に? そんなこと不可能でしょう。あの子は魔法を授かっていない普通の人間ですよ?」
「でも聖女がいない国って体裁悪いし……」
「まさか……国の体裁のために聖女を偽装するのですか?」
「うん、そうなるね」
つまり妹はこれから魔法が使えないことを隠しながら聖女のフリをして生きなければならないということか。
(ごめん妹、聖女なのに筋肉な姉のせいで本当にごめん……)
「しかし何のために……。そこまでして不出来な娘を追放したかったのですか?」
「追放なんて非道な真似はしないよ。グレイシアがこれまで通り活動できるよう手配するさ」
「活動って一体なんの……」
偽聖女なんて神に逆らうような行為だけでも意味が分からないのに私の活動の手配?
一体父は私に何をさせようとしているのか。
私が今までしてきたことと言えば貴族に嫁ぐための勉強と聖女の魔法の修行、それから……外敵討伐への参戦。
「元聖女グレイシア、お前を剣聖に任命する。これからは兵を率いて存分にその力を振るってくれ」
「……は?」
剣聖、それは我が国において最強を意味する称号。
私は聖女を解任され、剣聖に任命された。
◇
突然のこと過ぎて状況が把握しきれない。
私はこれからも聖女として生きるものと思っていた。
(それが今は剣聖? 国内最強の称号ですよ? そもそも何がどうしてこうなったんですか……ん?)
父からの任命を受け自室に戻る途中、廊下で見知った顔に出くわした。
細身の小綺麗な格好をした男は私の顔を見るなり不敵な笑みを浮かべる。
「これはこれは元婚約者殿。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう殿下。今日は我が家に何の……え? 今なんて?」
出会い頭の挨拶に私は耳を疑った。
その男の名はリュカ・ノーブル。
国王の一家ノーブル家の長男であり、私の婚約者のはずだが……元?
「父君から話は聞いているのだろう? 聖女でないお前と結婚する義理はない。故に婚約破棄となるのも当然だろう」
「婚約……破棄?」
またも私の未来を揺るがす事実が判明した。
聖女から剣聖になった事実が大きすぎてこの男のことなど忘れていた。
私が聖女になったときに決まった婚約、聖女だから王族に嫁ぐのも仕方ないと受け入れていた。
けど既に婚約破棄は決定事項の模様。
(婚約破棄って……つまりリュカと結婚しなくて良いということですよね?)
「……ほう?」
「ひっ……た、確かに伝えたからな! 俺はこれで失礼する!」
思わず不敵に笑ってしまい、リュカは恐怖した顔で足早に去っていく。
しかし嬉しい、今日一番に嬉しい。
リュカとは趣味嗜好が違い過ぎてよく口論したものだ。
筋肉聖女という悪名を広めたのもあの男だし、婚約者になんて仕打ちを……と思っていたけれど結婚しなくていいなら笑って許してやるさ。
(ありがとう父上、聖女辞めて本当によかった。これで私も幸せな結婚を望めます!)
しかしふと思い出す。私は今聖女ではないが剣聖になった。
(剣聖な上に筋肉な女と結婚したい人なんているのでしょうか……?)
嬉しさ半面、やはり将来の不安も絶えないらしい。
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