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明日の君へ

作者: タカコ

給食センターの設備の故障により、急遽弁当を持参することになったとある中学校。

クラスの可愛いグループに属している水田由美に恋心を寄せる、席が隣の小田切俊介が由美の分の弁当を作っていくこととなり…

「…え〜、だから〜…そこ!うるさいぞ!今先生が話してるだろ!ちゃんと聞かないと明日困るのはお前らだからな…いいか!給食センターの設備が故障した為、急だけど明日は給食はありません…いいか、いちいちざわざわしない!ちゃんと聞け!そこ!山谷はいちいちうるさいな〜!少しは黙ってろ!…え〜、ですが、午前授業って訳ではありません!午後からも時間割通り、授業はあります。なので、みんな、明日は弁当を持って来て下さい!いいですか?え〜と、詳しいことは全部プリントに書いてあるから、家の人にちゃんと渡してお願いするように。万が一忘れたら…まあ、仕方ない、昼飯なしで我慢するんだな!そこ、ぶ〜ぶ〜文句言わない!じゃ、以上!はい、日直!」

「これでホームルームを終わります!きりーつ!礼!先生、さようなら!」

「はい、さようなら、いいか!みんな、明日、くれぐれも弁当忘れないように!」


「え〜、明日、お弁当持って来なくちゃダメなのお?困ったなあ…どうしよう…。」

このクラスの可愛いグループに所属している水田由美は、心底困ったという顔をした。

「えっ?どしたの?」

隣の席の小田切俊介が聞くと、少し投げやりな気だるさで由美が返した。

「あ〜、うちね、昨日からママが友達と3人でハワイに行っちゃってていないの。パパは帰るの遅いし、お姉ちゃんも一人暮らししちゃってていないからさ…。」

「水田さんのお姉さんって、確か大学…。」

「そう、4月から東京の大学に行っちゃってるからさ…今、パパと2人っきりなんだ…あ〜、それにしても、お弁当…どうしよっか…。」

「…あ、あ、水田さん…水田さんがよければ…あの、僕作っ…」

「ゆ〜み〜!行くよ〜!早くしないと、置いてっちゃうよ〜!」

「あ〜、はいはい、彩奈、待って〜!」

ガタンと大きな音を立てて立ち上がった由美が、振り向きながら「あっ、え〜と、何?小田切君?なんて?」と思い出した様に聞いてきた。

「あ…や…だから…あの…明日の弁当、僕が…。」

俊介の声を遮るように、離れた場所の長山彩奈が再度苛立った様に由美を呼んだ。

「ゆ〜み〜、遅〜い!もう、あたし、出るよ〜!」

「ああ、はいはい、今、行く〜!待って〜!」

慌ててカバンを掴んだ由美は、俊介の方を振り向き「あ〜、ありがとうね〜!じゃ〜ね〜!」と走り去って行った。

その後ろ姿を見送ると、俊介は自然と顔がニヤけてしまっていた。

あ〜、やっぱ、可愛いなあ、水田さん、明日、弁当作る約束しちゃったけど、どうしよっかな〜、僕とお揃い弁当になっちゃうけど…ん〜、いっか、みんなに茶化されるかもだけど…別なの作るの面倒くさいから…いいよな…たった1日のことだし、そこはそんなに深く気にすることない、よな…うん、大丈夫!大丈夫!きっと大丈夫な気がする、イエ〜イ!ひゃっほ〜!

俊介の心は沸き立ち、普段なら絶対やらない「カバンを上に放り投げてキャッチする」を繰り返してしまった。

2学期の中盤、不意に行われた「席替え」で、兼ねてから「好き」と言うほどではないものの「可愛いな」と思っていた女子のうちの1人、水田由美と席が隣同士になってから、学校にいる間の毎日が俊介にとってとても楽しい時間となっていた。

いつも可愛い水田由美はどうにもおっちょこちょいらしく、ちょいちょい「忘れ物」をしてくる常習犯。

となると、どうしても隣の席の俊介がやれ消しゴムやシャープペンシルなどの筆記用具から、教科書などを貸すのがやや当たり前の様になっていた。

更には「あ、水田さん、袖のボタン取れかかってるよ。」などと気づくと、すかさず俊介が縫い付けてあげることもあった。

その度に「小田切君、ありがとう、小田切君って優しいんだね。」などと由美から満面の笑顔で言ってもらえることが、いつしか俊介の中で小さな喜びとなっていた。


次の日。

4時間目のチャイムが鳴り終わったと同時に、俊介は席を離れようとしていた由美を呼び止めた。

「水田さん!」

「ん?何?」

相変わらずの可愛らしさで、由美は俊介の方を振り返った。

「あ、ほら、昨日、約束したお弁当…。」

「…?」

手渡された赤いギンガムチェックの包みを受け取るも、由美はキョトンとした表情。

「…ん?え〜と…あれ?あたし、なんか約束してたっけ?」

「あ、うん、ほら、昨日、帰りのホームルームの後で…。」

そこまで言いかけるも、俊介の中を一瞬何か不安な空気が通り抜けた。

「え?あ、あはははは、そうだっけ?か…あ、ありがとうね…あははは…小田切君、わざわざ作って来てくれたんだ…あはははは…そっかあ…えへへ…。」

「ゆ〜み〜!ほら、行くよ!早く!早く〜!」

廊下側の席から彩奈達が、せっつく様に由美を呼んだ。

「あ〜!待って!待って〜!あはは、呼んでるからじゃね!」

引きつった様な笑顔でそう言うと、由美は小走りで仲間の元へと行ってしまった。

その時、手渡した弁当の包みから「箸」のケースが滑り落ちた。

「あっ!…水田さん、箸!」

そう思うと同時に、俊介は慌てて由美を追いかけた。

ダンダンダンと3階から人をかき分けて降りて行くと、1階辺りに由美達の姿が見えた。

「水っ!」

焦って由美に声をかけようとした途端、下で立ち止まっている彼女達の大きな話し声が聞こえてきたので、俊介は見つからない様そうっと様子を窺った。

「え〜、何〜これ〜?どしたの〜?」

「あ〜、なんかさ〜、小田切がさ〜、あたしにわざわざ弁当作って来たって寄越して来たんだ〜…。」

「え〜、うそ〜!マジで〜?」

「うん。」

「え?なんで?なんで?」

「なんかさ、あたしもよくわかんないんだけど…なんかお弁当作って来るって約束したとかなんか言ってたな、あいつ。」

「へ〜、そうなの?」

「ううん、全然…あたし、あんなキモいやつなんかとそんな約束した覚えないし。」

「え?え?そうなの?でもさ、由美、今日、お弁当忘れちゃったんでしょ?」

「うん。」

「じゃあ、食べれば?」

「やだ〜!キモっ!あいつが作ったお弁当なんか、絶対に食べたくないよ〜!」

「あ、そうなの?じゃあ…どうすんの?」

「え〜、こうする。」

そう言うと由美は躊躇わず、階段脇にある大きなゴミ箱にそれを棄てた。

「ひど〜!あははははは!」

「え〜、だって〜…じゃあ、彩奈だったら食べんの?」

「ううん、絶対食べないで棄てる!」

「でしょ〜!…なんかさ、あいつ、やたら消しゴムとか貸してくれるんだけどさ…。」

「それは由美が忘れ物するからでしょ〜!」

「そうなんだけど…そうなんだけどさ〜…あいつ、便利で使えるって思ってたけど、まさか、ここまでしてくると思ってなかったから…。」

そこまで言いかけた由美の声が、いきなりよそ行きの高く可愛い声に変わった。

「あ〜、リョウく〜ん!どうしたの〜?」

それは同じクラスの浪川リョウと高山セイヤ。

「あ〜、俺ら弁当忘れちゃったから、職員室に行くとこ。」

「え〜、そうなの〜?」

「なんかさ、弁当忘れたやつに先生、カップ麺とおにぎり分けてくれるって言うからさ、もらいに行くとこ。」

「ホント〜!じ、実はあたし達も〜、お弁当忘れちゃったんだ〜、そんで、どうしようかって今相談してたとこなの。」

「あ、じゃあ、一緒にもらいに行く?」

「え〜!いいの〜!キャハ!」

心から嬉しそうな顔で浪川達について行く由美達を見届けると、俊介はすぐさま階段を駆け上り教室に戻った。


「あ〜あ、もったいない。」

猫宮ゆきのはゴミ箱の上にポンと棄てられた赤いギンガムチェックの包みを拾った。

そして、校庭の隅の花壇のブロックに腰掛けると、早速包みを開いた。

クリーム色のそっけないプラスチックの弁当箱を開けると、中にふりかけがまぶしてある小さな俵型のおにぎりが2つと、斜めに何本かの切れ目が入ったウインナー、それと少し焦げ目のある甘い卵焼きにプチトマトが1つ入っていた。

「わあ、美味しそうじゃん!…いただきま〜す。」

小さく両手を合わせると、ゆきのは手掴みでお弁当を食べ始めた。

「美味しい!…んふふ…俊介君、これ、自分で作ったのかなあ?」

ひんやりとした風が通り抜けていく中、ゆきのは校庭でサッカーを始めた男子達や、円陣バレーをする他の学年の女子達の姿をぼんやり見つめた。

「みんな、食べるの早いな〜…。」

持参した水筒のほんのり温かい烏龍茶を飲みながら、ゆきのは青い空の手前で急ぐ雲を眺めた。


昼休みが終わると、俊介も由美も何事もなかったかの様な態度でやり過ごした。


その日から俊介は、今までの様に自分から由美に話しかけることはしなくなった。

かと言って、急に冷たい態度をとる訳でもなく、あくまでも平静に平静に過ごすことに努めた。

そんなぎこちなさを斜め後ろの席の猫宮ゆきのは、切なそうに見つめるのだった。


それからだいぶ経った頃、小田切俊介が学校に来ない日が幾日か続いた。

噂好きの事情通の同じクラスの誰かが言っていた。

「なあ、聞いたか?」

「ん?何、何?」

「小田切のこと…。」

「ああ、あいつな〜…聞いた、聞いた…なんかさ、なんて言ったらいいかわかんないけど…可哀想だよなあ…。」

「うん…ホント、可哀想だよなあ…まさか、母親が自殺…。」

「しっ!大きい声で言うなよ!誰かに聞かれたら…。」


「ねえ、聞いた〜?小田切のこと…。」

「あ、うん、聞いた、聞いた、あいつ、可哀想なやつだったんだねえ…びっくりしちゃった…。」

「うん、あたしもびっくり!あそこの団地にお母さんの職場の人いるから、詳しく聞いたんだけどね…。」

「うん、何?何?」

「小田切君ちって…小6の時にお父さんとお母さんが離婚しちゃったらしいんだけどね、卒業を待って…んで、離婚してから、なんかお母さんがおかしくなっちゃったって聞いたけど…。」

「え?何?おかしくなったって、どういうこと?」

「あ〜、だから〜、鬱っぽいってのか、お酒ばっかり飲む様になっちゃって、だんだん仕事も行かなくなっちゃってたらしいよ。」

「それで?それで?」

「それでね、夏頃だったかなあ?生活保護受けてたって…。」

「え〜!そうなの?えっ?えっ?それで?それで?」

「あ〜、それでね、小田切君が家のこと全部やってたんだって…ご飯作ったり、掃除とか洗濯とか、ゴミ出しとかとにかく全部…1人でやってたって…。」

「え?そうなの?」

「うん、そうなんだって…それで〜、夕方ね、小田切君が学校の帰りに買い物に行って、家に戻って来たら、団地が騒然としてたらしくてさ…救急車とか消防車とか、後、パトカーとかいっぱい来ててね、そんで、どうやらお母さん、窓から飛び降り…。」

「えっ?うそっ?」

「ホント…小田切君ちってさ、団地の1番上の5階なんだってさ…そのベランダからって…。」

「えっ…やだっ…うそ…。」

何も知らなかった由美は、俊介が自分の為に作ってくれた弁当を棄ててしまったことを思い出すと、途端にへなへなと力なく机に突っ伏した。

「うそ…そんなの…知らない…知らなかったんだもん…そんなの…。」

机に突っ伏したまま、由美は静かに泣いたのだった。


俊介が登校して来た頃、クラスメイト達は自分達の進路のことで頭がいっぱいになっていた。


「小田切、お前、大丈夫か?」

「ああ、はい、大丈夫です。」

「そっか…ごめんな、先生、お母さんの葬式の後、あんまりお前のこと気にかけてあげられなくって…。」

「あ、いいえ、そんな…僕は、別に大丈夫ですから…。」

「そうか?」

「はい、今は…母の弟の叔父さんのアパートにいるんで…大丈夫です…。」

「ん…叔父さんのアパートって、近いのか?」

「ああ、はい、団地からちょっと離れてるけど…学校にはなんとか来れる距離だから…。」

「そっか…ちゃんと食ってるか?」

「あ、はい、大丈夫です…スーパーやコンビニの弁当も多いけど、なるべく僕が作ったりもしてるんで…。」

担任の村田先生の目に、両膝の上で硬く拳骨を作っている俊介の姿が切なかった。

「ところでなあ、小田切…休んでてみんなよりも遅れちまったんだけど、進路の相談をしたいんだが…。」

「…ああ、それなら、僕、もう決めてあるんで…大丈夫です…。」

真っ直ぐに顔を上げ、俊介は村田先生の顔を見つめた。

その硬い決意に村田先生はただ「そうか。」と答えた。


3学期、受験を控えた同級生達は、人のことを気にする余裕などまるでなかった。

そんな中1人、俊介だけはやけに冷静で穏やかそうに見えた。


放課後、受験勉強から少しだけ解放されたい気持ちの猫宮ゆきのは、いつもと違う海沿いの道を歩いた。

海からの冷たい風が全身に纏わりついてくる。

「寒〜!」

思わず声が出た。

すると、いつの間にか後ろを歩いていた俊介がすかさず、「ホント、寒〜!」と声に出した。

驚いて振り向くと、そこに普段と変わらない小田切がいた。

「あ、小田切君…。」

「猫宮さん、寒いね〜。」

「あ、うん…そうだね、寒いわ〜…。」

それだけの会話で別れようとしていると、不意にゆきのが声をかけて来た。

「小田切君…と、話すのって…あんま、なかったね…。」

僅かな沈黙の後、俊介はコクンと頷いた。

「…今、暇?」

「…うん。」

「ちょっとだけ、話しても大丈夫?」

「ああ、全然大丈夫、大丈夫…それより、猫宮さんこそ、大丈夫なの?」

「うん、あたしは全然…あ、だけど、ここじゃ寒いね…どっか寒くない様な…。」

そこまで言いかけると、ゆきのは遠くを指差した。

「あ!あそこは?あそこなら、ここよりも少しかあったかいんじゃないかなあ?」

ゆきのが指差した場所は、鄙びた漁師小屋。

「あそこ、勝手に入ってもいいのかなあ?」と俊介は少し心配になったが、ゆきのはそんなのお構いなしだった。

「行ってみようよ!大丈夫なんじゃない?ダメならダメで…違う手を考えるよ…まずは、行ってみよう!」


焦茶色の古びた漁師小屋は、案の定中に入ることは出来なかった。

だが、その外壁の傍は海風が当たらず、さっきの場所よりも幾らかマシだった。

着いたはいいが、何を話したらいいのか2人は最初戸惑っていた。

だが、誘ったのは自分だと責任感を感じたゆきのから、話始めた。

「…あのさ、小田切君、進路決まった?どこ受験するの?」

軽い気持ちで聞いただけ。

ゆきのは明るい表情を浮かべていた。

「…あ、僕ね…みんなみたいに高校には行かないんだよね…。」

「えっ?うそっ?なんで?」

ゆきのは驚くと同時に、思いがけない返答に戸惑った。

「なんでって…。」

「あ、ご、ごめん…あたし、てっきり普通に高校に行くって思ってたから…まさか、行かないって言うなんて、考えてもみなかったから…あ、ごめんなさい…なんか、ごめんね。」

「…あ、や、謝らないで、謝らないで…普通、そう思うよね…。」

ゆきのは黙ってコクンと頷いた。

「あ、なんかさ…僕…どっか遠くに行きたいなって思ってさ…そんで、なんてのか…命を落とすかもしれないってわかってるけど…でも、なんかいいかなあと思って、卒業したらすぐね、漁船に乗るって決めたんだよね…。」

「えっ?漁船?」

ポカンと口を開けたままのゆきのの顔に少し笑いながら、俊介は先を続けた。

「うん、漁船で何ヶ月も海に出るっていいかもって思ってさ…。」

「…そ、そうなんだ…あ、でも、なんで?」

俊介は上を見上げながら、頭の中で言葉を整理してから続けた。

「長いけど…いい?」

ゆきのはコクンと頷いた。

「…どっから、話せばいいのかなあ?…う〜んと…去年、うちの母さんが死んじまって…哀しかったっていうよりも、ホントはちょっとホッとしたんだよね…僕が小6の時に父さんと母さんが離婚しちゃって…でも、両親の離婚なんて世間じゃよくある話だから、そんなに気にしないって思ってたけど…でも、やっぱり親の離婚って、ただのよくある話でもなくってさ…自分のところのはみんなと同じってことでもなくって…どうしても、辛いししんどくて…母さんは最初、元気で鼻息荒くして、あたしが立派に俊介を育ててみせる!なんて言ってたんだけど…そのうち、だんだん、心も生活も荒んできちゃってさ…うつ状態で仕事にも行かなくなっちゃって、しまいにゃ酒びたりだわ、機嫌が悪い時は僕に当たり散らすし、たまにぶたれたり蹴られたりする様になってきちゃって…だけど、誰にも助けてって言えなくて…僕がきちんとしてたら、母さんも前みたいに戻るんじゃないかって淡い期待もあったりしてさ…。」

そこまで話すと、俊介は一旦海の遠くを見つめて深呼吸をした。

「今さ、母さんの弟だから、僕の叔父さんのアパートにいるんだけどさ…叔父さん、良い人なんだけど…優しいんだけどさ…時々、知らない女の人連れて来ることあって…そんでさ、僕が使わせてもらってる奥の部屋から襖一枚隔てた茶の間から、夜に…なんてのかな…その…大人の…なんてのか…大人の男と女の…変な声とか音とか聞こえてきてさ…。」

話を中断させると、カバンから飲み掛けのペットボトルのお茶を出して一口ゴクンと飲んだ。

「あ、ごめん…僕だけお茶飲んじゃって…。」

「ああ、そんなの、全然…。」

そう言うと、ゆきのもカバンから水筒を出して、蓋のコップで烏龍茶を飲んだ。

「僕ね…なんつうか…強くなりたいんだ。」

「えっ?」

「変かな?こういうの…。」

「あ、ううん、全然、全然変じゃないよ!むしろ…ちょっと…あの…かっこいいって…思う…。」

前から思っていたことが、こんな形で簡単に口から漏れ出て驚いた。

「えっ?僕が?」

「うん…。」

「僕、浪川とか高山みたいにかっこよくないよ、全然。」

「ううん、ううん、小田切君…かっこ…いいよ…あたし…かっこいいって…いっつも…思ってたもん。」

「えっ?え?えへへへ…。」

ゆきのからの思いがけない告白に、俊介は激しく照れた。


みんなと同じ様に高校へは行かず、遠洋漁業の船に乗って何ヶ月も帰って来ない過酷な道を選んだことで、自分を見つめ直したい旨をゆきのに伝えた。

「遠洋漁業って死ぬほど大変なんじゃない?」

「多分…。」

「船はいっぱい揺れるだろうし、船の中って狭そうだし、四六時中同じ人達と一緒って想像しただけで、ゾッとしちゃうな…あたし。」

「そうだと思う、僕も…でもさ、やってみなきゃわかんないから。」

「船の上でもインターネットって繋がるの?」

「ん?ああ、確か、大丈夫って聞いたけど…。」

「…じゃあ、あたし、毎日、小田切君にメールする!」

「え?ああ、ありがとう…。」

「絶対、絶対、毎日メールするもん!」

嬉しい申し出に戸惑う俊介の顔を、真っ直ぐに見つめたゆきのはいきなり抱きついた。

「なっ…なっ…。」

急に抱きつかれた俊介は、戸惑いながらもそうっとゆきのの背中に腕を回した。


卒業式も無事に終わり、バタバタと高校進学の準備に追われる中、いよいよ俊介が船に乗りこむ日になった。

早起きして普段よりもちょっぴりおしゃれしたゆきのは、進学祝いに買ってもらった真新しい自転車に乗って漁港へ急いだ。


「お〜い!」

船の近くで大きく手を振る俊介が見えた。

ゆきのは嬉しくて自転車のペダルを、必死に漕いだ。

「俊介く〜ん!」

片手で手を振りながら、ようやく俊介の傍まで辿り着くと、「はい!」と赤いギンガムチェックの包みを手渡した。

「…これ…。」

一瞬、俊介の顔が曇った。

「お弁当、作っちゃった〜!えへへ。船で食べてね!」

「えっ?あっ、これ、ゆきのちゃん、これ…。」

「ごめ〜ん、内緒にしておこうと思ったんだけど…ごめんね、勝手に食べちゃったの…美味しかった〜…えへへ。」

ゆきのが手渡したギンガムチェックに見覚えがあった。

ギュッと両手でそれを抱き締めると、俊介は笑顔に戻った。


船に乗り込むと、すぐさま甲板に出た。

岸壁に大きく手を振るゆきのの姿と、後ろから軽自動車がやって来て降りてこちらに手を振って来たのは、担任の村田先生と仲が良かった柏原と山崎。

「やだなあ〜、みんな…ありがとう…。」

俊介は照れ臭そうに鼻の下を擦った。

早春の海風の中、俊介を乗せた漁船はゆっくりと沖に出て行った。


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

拙い文章で読みにくい部分も多かったと思いますが、本当にありがとうございました。

他の作品および、これからもどうぞ宜しくお願いします。

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