第1話 2800万の獲物
私の世界はモノクロで無味乾燥だ――。
誰が何と言おうと、私の世界はモノクロだ。
親しき友人も、甘えられる恋人も、心許せる家族もいない私にとって、この世界は無味乾燥でしかない。
モノクロ世界で、無味乾燥。
生きていることに、ある種の退屈さ、むなしさを覚えているような気さえする。
だけど、不思議と死ぬことに対しては、恐れを成している。
でなければ、私は生きるためにカネを稼いだりしないし、……今こうやって、自らの命を守ろうとしないだろう――。
「俺の女に手を出しておいて、五体満足で帰れると思ってねぇだろうなぁ?」
スキンヘッドの大男が私の首を片手で握りしめ、この身体を僅かながらに持ち上げている。当然のことながら、息はできず、空気を絶たれた苦しみが全身を蝕むように襲う。目の前が少しずつ暗闇に染まる。命の危機をひしひしを感じる。
モノクロ世界の私でも、やはり死にたくはない。だからこうやって、……具体的には右手首に装備した暗器を起動させ、電撃を帯びた針を飛ばす。
今さっきまで、圧倒的優位に立っていた男が私から手を放し、情けない悲鳴を上げながら床で暴れまわる。左肩に刺さった電撃針を引き抜こうともがく。
椅子やテーブルの破片が散らばる床に倒れこんだ私は激しくせき込みながらも、素早く立ち上がる。何度か、こういうシチュエーションは経験したことがある。
「う、うわっ……!」
私の獲物が、想定外の展開に困惑しながら、戦場となってしまったバーを出ていこうとする。もちろん、そんなことを許す私ではない。
私は慣れた手つきで、再び右手首の暗器を作動させる。男を気絶させた針と同じものが逃げる女を目掛けて飛んでいく。ただ、女の方も、やはり『賞金首』なだけあって、足元で寝ている『威勢だけマン』とは違った。
「くっそ!」
女はバーの押し扉を左手で開けながら、右手にまとった白色の『魔法弾』を飛ばしてくる。ただ残念かな。私は飛んでくる白い魔法弾を、右手首に装備した暗器を使って起動した、青色の円形シールドで防いでしまう。
一方、飛ばした電撃針は女の脇腹に突き刺さり、先ほどの男と同じように苦しみ悶えながら倒れこむ。違ったのは、気を失わなかったところか。
「……しょ、賞金稼ぎ、私になんの、用よ……!」
私は息絶え絶えの様相を見せる女の問いに対し、左手の小型端末を起動させ、とあるホログラムを見せることで答える。
[賞金2800万。元「ヴァルハラ帝国」准将・ヒゴタイ。政府指定戦犯]
「…………!」
女は観念したようだ。
「壊してすまない」
私はカウンターの中で呆然としている恰幅のいい男に、10万ほどの通貨クリスタルを投げ渡してやる。小さなバーで長いこと使われていたであろう丸机や椅子は、いくつも木くずと化してしまっていた。せっかくの客も逃げてしまっている。大変な時代に、これではあまりにも店主がかわいそうだ。
*
「ね、ねぇねぇ、このあとって、どうするのさ?」
「…………」
私は雪降る町中を、捕虜にした獲物を連れて進んでいく。
「確かに、私には2800万の価値がある。政府に引き渡して2800万分のクリスタル・クレジットをもらうのも悪くないけどさ。その、……私を雇って、他の賞金首を狙うのはどうよ? まぁ、魔物とかでもいいけど」
骨身にしみるような寒さ。空からは白い粒が無限大に降ってくる。
「さっきの魔法見たでしょ? 私、ノーマル級なんだ。そりゃ、まぁスーパー級ではないけどさ、役には立つと思うよ? 海賊狩りでも魔物狩りでも」
やがて、町のはずれにやってきた。あらかじめ止めておいた小型飛行機の扉を、左手首の小型端末を操作して開ける。
「政府は、私の首に2800万をかけているけどさ、長い目で見た時にどうかってことさ。時間はちょっとかかるけど、3年もあれば、3000万は稼ぐことはできると思うんだ。まぁ、君と組めば、そうだな、1年で3000万はいくかもしれない。君にはメリットしかないと思うんだけど、……どうかな?」
私は開いた扉の前に立った獲物の頭を後ろから力強く殴りつける。アーマーを装備している手だ。獲物は扉にもたれかかるようにして倒れこむ。
「3つ言っておこう。
まず、お前と組んだ場合、私も政府の賞金首になってしまう。つまり、政府、賞金稼ぎの双方から追われることになる。
次に、お前の賞金は実力ではなく、『元ヴァルハラ帝国准将』という肩書がもたらしているということ。危険度や実力を度外視した高額設定は、いずれ是正されるだろう。
最後に、――うるさい。私はおしゃべりは嫌いだ」
私は気を失った獲物の胸ぐらをつかみ、引きずるようにして船内にいれる。そして、航空中に起きたときのために、魔法能力を封じる手枷と、動きを封じるための首枷をつけ、船内のパイプ官につなげる。
あとはレーフェンスシティのギルドに引き渡せば、依頼は完了だ。ギルド手数料を差し引いて、2520万の儲けになるだろう。久しぶりの大金だ。アーマーや武器のメンテナンス、弾薬補充、航空機整備が余裕でできるレベルだ。
白い粒が降りしきる中、私はそんなことを考えながら航空ヨットを飛ばし、レーフェンスシティへの帰路を急いだ。




