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1 低身長は罪

 カップルの理想の身長差は十五センチ。


 つまり俺と付き合う女の子の理想の身長は、百四十五センチである。


「し、紫音大丈夫……? も、もしかしてだけど、さ? ま、またフラれた?」


「うるせぇ。お前んち焼却すんぞ」


 放課後。俺の告白が終わるまで、律義に待ってくれていた真城真澄に悪態をつく。真澄は何も悪くない。けれど今の俺の心情では、彼女を罵倒しか出来ない。


「う、ごめん。でも心配なんだよ……。だってこれで何回目? 振られるの」


 グサッ。何気ないテンションで呟かれた事実が、俺の心臓をえぐる。


「分かってるよ……! でも今回は絶対いけると思ったんだよ! だって神崎さん、俺に気がある風にしか見えなかったじゃん! 毎日挨拶してくれるし! この前の昼休みなんか、お菓子貰ったんだぞ⁉ 好意持ってるとしか思えないだろっ!」


「そ、そうかな……?神崎さんは誰にでも挨拶するいい子だし、お菓子は、その……つ、ついでじゃないかな?」


「ついでぇ? なんのついでだよ!」


「……紫音。知らないほうがいいこともあるんだよ」


 真澄は何かを悟ったような表情で、俺の肩に手を置いた。


 風に靡くショートカット。切れ長の目にこんがり焼けた肌と長い手足。女子高生の平均身長が158㎝なのに対し、彼女の全長はおよそ170㎝。


 喉から手が出る程欲しい高身長。しかし真澄は人見知りが激しい引っ込み思案。自信なさげな態度が常に所作に現れている。


 今だって背筋が曲がって、顔は俯きがち。幼馴染の俺でさえこの態度なのだから、他の人たちと上手く会話出来ているのか心配でならない。


「何だと? 俺の人生は知りたくなくても知っちゃうことだらけなんだぞ⁉ 女子が男子に求める最低限の身長は170㎝とかな!」


「そっ、それはネットの情報でしょう? 紫音の人となりを知れば、好きになってくれる子なんて――」


「いねぇよ! いないからこうなってんだろ⁉」


 数十分前の光景がフラッシュバックする。俺の一世一代の告白に、神崎さんは間髪入れずに「ごめんなさい」と言い放ち、逃げるように去って行った。


「世界の基準が悪いんだよ。背が低い男子はダサいって決めた世界が悪い。そんな風習さえなければ、彼女なんぞとっくの昔にできていた」


「……問題は何でもかんでも身長のせいにするその性格だと思うけど」


「ああ?」


「冗談だよ。紫音が優しいことは……うん、私が一番よく知ってるからね」


 一瞬だけ顔を上げた真澄は、少しだけ口角を上げて笑った。


 全く。いつもそうしてくれればいいのに。


 目を細め、真澄を見上げる。彼女を高身長女子と称すならば、俺は低身長男子だ。不本意ながら。


 身長160.2㎝。中性的な顔のせいで、私服を着ると女子に間違えることは未だにある、不本意ながら。


 履歴に残したくなかったが、昨年の文化祭の女装コンテストではぶっちぎりの一位。これ以上ない屈辱だ。


 故に、モテない。全て、全て、身長のせいだ。


「あ、あの紫音……あんまりジロジロ見られるのは……」


 観察したいのに、両手を顔の前に広げる真澄。それでも俺は足を止め、決して届かない真澄の顔をじっと見上げる。


「はぁ……顔だけで言えばさ、俺そこまで悪くねぇよな?」


「……へっ⁉」


「真澄、第三者として聞かせてくれ。俺ブスじゃないよな?」


「ひゃい⁉」


 背を伸ばし、真澄に顔を近づける。近づける、と言ってもそれほど距離が縮まっていない気がする。


「どっちかといえば、イケメン……いやそこまではいかなくても、普通よりは上だよな⁉」


「え、えと……あの、わ、わた……」


 しどろもどろに両手を振り、顔を逸らす真澄。もしかすると俺は自分自身を過大評価し過ぎているのかもしれない。だから正直な意見が聞きたい。


「遠慮しなくていいから! 幼馴染として、ビシッと言ってくれ! 俺の顔、どう思う⁉」


 爪先がつりそうになるほど、伸ばす。下手すれば真澄の方へ倒れそうだが、そこは持ち前のバランス力でどうにかなっている。


「ひゃ、え、えと……あの……」


 一方の真澄は抵抗するように背を逸らす。傍から見れば、新手のスポーツかもしれん。


「真澄!」


「わ、私は……えと、その……バ、バイトっ!」


「え?」


 今までのしどろもどろにはそぐわない大声に驚き、足がもつれそうになる。


 そんな事情など知らない真澄は、顔を赤らめながら一歩足を下げた。


「バイト遅れるから! ま、また明日っ……!」


「あ、おい……!」


 真澄の叫び声が耳に響く。足が長いせいか、ダチョウ並みに足の速い真澄は、俺の制止など聞かずに走り出した。俺が言葉を終える頃には、もう角を曲がり、背すら見えなくなっていた。


「……アイツ。今日はバイト五時からじゃなかったのかよ」


 ケっと悪態を吐き、一人帰路を辿る。


 同じ学校の生徒は少なく、隣の河川敷にはすっかり散ってしまった桜が並ぶ道のり。失恋直後にはかなり堪える状況だ。


「バイト、かぁ……」


 ぽつりと呟き、空を見上げる。流れる雲はあの子の笑顔に似ている。……あ、駄目だ。今の俺、失恋病だ。


 ポエムにもならない意味不明なロマンチックぶった発言。それは失恋直後に陥りやすい病の症状だ。


「俺もしようかな、バイト……」


 高校一年生、春。中学まで続けていたサッカーをする気はもうない。


 身長を伸ばすためにとバスケ部に仮入部に行ってみたが、新入生は皆経験者だったのでやめた。


 文化部は……何か嫌だ。どうせ時間を消費するなら、背が伸びるなど俺にプラスになることをしたい。


 ならば真澄のようにアルバイトをしようか。貯めたお金で、身長が伸びるサプリを買えばいい。


 失恋直後とは思えない冴えた名案。それに、新しい出会い――恋にも繋がるかもしれない。


 胸の中でガッツポーズを決め、新たな出発を決意する。次こそは、身長に拘らない女神に恋をする。もしくは俺より背の引く小動物。


 その時だった。ブレザーのポケットにしまったスマホが震えたのは。


「……もしもし?」


 表示された名は『真白真澄』。よほどのことがない限り、彼女から電話は来ない。


 まさかとは思いつつも、俺は即刻応答のボダンを押した。


「あ、紫音⁉ よ、よかったぁ……繋がって……」


 焦慮と安堵の声。どうやらまさかは的中してしまったらしい。


「どうした⁉ なんかあったのか⁉」


「え、あ、いや。そこまで大したことじゃないんだけど……あ、ちょ、てんちょ」


 真澄の声が小さくなり、聞こえなくなった。しかし数秒後には真澄とは違う、落ち着いた女の人の声が聞こえた。


「もしもし紫音くん? どうもこんにちは」


「こ、こんにちは……?」


 俺の名前を知っているということは、知り合い……? 声を聞いた感じだと、全く見当もつかない。


「私は弥生。喫茶『Rosette Nebula』の店長です」


「は、はぁ……」


 真澄が喫茶店でバイトしているのは聞いていた。


 面識はないが、恐らくそこの店長なのだろう。


「率直に言うわね。貴方今から『Rosette Nebula』で働いてくれない?」


「……は?」


 足りない脳みそをフル回転させ、状況を理解する。その間に電話の向こう側でちょくちょくと挟まる真澄の喚き声とそれを嗜める弥生さんの声。


 とりあえず、真澄の身に何もないことにはホッとした。


「実はトンじゃった子がいてねぇ……。真澄ちゃんだけじゃ回せなさそうなの」


「で、ですから店長、私一人でも――」


「そう言ってこの間倒れたでしょう⁉」


 倒れた? 俺、その話聞いてないんだけど。


 肝心なことは何時も話さず、自分の中にため込む。真澄はそういうヤツだ。


「ということで、猫の手も借りたいの。君のことは真澄ちゃんからよく聞いているから。写真も見せて貰ったし、向いていると思うの。ここに」


「そういうことなら任せて下さい。真澄はすぐ無理する奴なので、俺に出来る事なら手伝います!」


「まぁ! 頼もしいわぁ。じゃあ地図送るからすぐ来てくれる? 勿論、バイト代も弾むわよぉ。働きぶりがよければ、今後も働いてくれるとありがたいわぁ」


 やる気を示すと、途端に近所のおばちゃんのようなフランクさを表した弥生さん。


 失恋したが、俺は運がいい。バイトを始めようとした矢先、こんな幸運に巡り合うなんて。


 真澄も一緒なら心強いし、弥生さんもいい人そうではある。これで美人で低身長ならば、更に得だ。


 それに喫茶店でバイトってなんかお洒落だし、モテ要素が高い。


「任せて下さい! すぐ行きますので!」


「はいはーい。待ってるわぁー」


 電話が切れると、すぐにメッセージアプリに手書きの地図が送られてきた。


 ふむ……。ここからそう遠くはないな。


 スマホをポケットに入れ、リュックのハングルを握る。真澄ほどで早くはないが、元サッカー部の足をフル回転させ、地面を蹴る。


 この時俺は、気づいていなかった。いや、ここで気付いていたらメンタリストもしくは読心術を極めし者だろう。


 しかし、しっかりと話を聞かなかった俺も悪いのかもしれない。……いや、絶対に悪くないな。


 喫茶店『Rosette Nebula』。それはただの喫茶店ではなく、『男装喫茶』だったのだ。

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