独身貴族はお裾分けする
【独身貴族は異世界を謳歌する】の書籍2巻は1月28日発売予定です。
生ハムを食べた翌朝。俺はまたしても生ハムを切り出していた。
昨日の今日でと思うかもしれないが、自宅で切り出す生ハムはとても美味い。
たった一回の食事で飽きるわけもなかった。
原木にナイフを滑らせて、生ハムを薄く切り出す。
「良い感じに切り出せたな」
切り出した枚数は八枚。
昨日たくさん切り出したお陰か安定した薄さにスライスできている。
できる限り生ハムを薄くスライスするというのが楽しい。が、まだまだ切り口に歪みがあるし、形だって一定ではない。もっと精進しなくては。
生ハムをスライスし終えると、土鍋で炊いた白米を茶碗によそう。
こんもりと盛り付けたら、生ハムを丁寧に被せていく。
花びらのようになったら中心部分を少しだけ凹ませ、そこに卵黄を落とす。
醤油をベースにした焼き肉のタレをかけ、最後にぱらりと白ごまをかける。
「生ハム丼の完成だ」
茶碗を持って食卓に移動するとすぐに実食だ。
箸で中央にある卵黄を潰すと、とろりとした黄身が流れ、生ハムをしっとりと濡らしていく。
それから生ハムでご飯を包むようにしながら口へ運ぶ。
「……美味い」
やっぱり、生ハムはご飯ともよく合うな。
パンで食べることが多い生ハムだが意外とこの組み合わせもいい。
ほっこりとした温かなご飯と生ハムの塩っけ。そこに加わる黄身と焼肉のタレが全体の味を絶妙にまとめていた。
パクパクとご飯を食べ進めると、あっという間に生ハム丼が姿を消してしまった。
しかし、少し食べたりなかったので追加で生ハムを切り出す。
「こういうことができるのも自宅に原木がある強みだな」
生ハムがなければ、原木から切り出してしまえばいい。
なんて有名な言葉を思い出しながら、生ハムを追加で切り出していく。
「少し多く切り過ぎたか?」
薄くスライスしていくのがとても楽しく、思っていた以上に切り出してしまった。
赤ワインを呑めるのであれば、このくらいの量は訳ないが、仕事前に酒を呑むわけにもいかない。
容器に入れてマジックバッグにでも保存しておこう……と思ったが、そういえば昨日はトリスタンがかなり生ハムを気にしていたな。
ここ最近はコーヒーミルの販売のため、ルージュと共に王都の魔道具店を忙しく回ってくれた。慰労もかねて生ハムを食べさせてやってもいいだろう。
何度か遅くまで働かせてしまったので給料以外でルージュの機嫌をとっておく必要がある。
「とっておきの薄い生ハムを食べさせてやろう」
従業員にくれてやるため、俺はさらに生ハムを切り出すのであった。
●
工房に出勤して昼食を食べる頃合い。
「それじゃあ、お先に昼食行ってきまーす」
「ちょっと待て」
「ええ、仕事は午後からにしてくれると嬉しいんですけど……」
声をかけると、トリスタンが露骨に嫌そうな顔をする。
休憩前に引き留められるのが嫌なのはわかるが、もう少し上司への態度を繕ってほしいものだ。
「仕事の話じゃない。いいものを食べさせてやろうと思ってな」
「いいもの?」
小首を傾げるトリスタンを前にマジックバッグから容器を取り出し、蓋を開けた。
「ああっ! これってもしかして生ハムですか!?」
生ハムを目にしたトリスタンが強く目を輝かせる。
「そうだ。今朝、原木から切り出したばかりのものだ」
「なになに? 随分と美味しそうなもの持ってきてるじゃない?」
生ハムで盛り上がっていると、気になったのかルージュもやってきた。
「ルージュの分も持ってきているぞ」
「本当!? 嬉しい!」
もう一つの容器を取り出しながら言うと、ルージュはにっこりと笑ってデスクに戻った。
何をするのかと思いきやカバンの中から弁当を取り出している様子だ。
「ルージュさん、今日はお弁当ですか?」
「ええ、美味しそうなおかずが増えて大助かりよ」
トリスタンにフォークを渡す。ルージュは自分の弁当にフォークなどが入っているようなので必要なさそうだ。
トリスタンとルージュが仕事場のイスを移動させて、俺のデスクを囲うようにして座った。
なぜ、俺のデスクなのかと思ったが、集まってしまったものは仕方がない。
「ええっ!? ていうか、これジルクが切ったの? すごく薄いじゃない」
「だろう? プロの料理人には敵わないが、それなりには薄く切れたはずだ」
「生ハムを薄く切るのがそんなに難しいんですか?」
「めちゃくちゃ難しいわよ! 普通にまな板の上で肉を切るのと訳が違うし、分厚くなると塩辛くなっちゃうんだから!」
「へー、そういうもんなんですか」
ルージュは原木を切り出した経験があるので理解できるが、トリスタンは経験がないので難しさがわからないらしい。
まあ、それは仕方がないだろう。
「しかも、生ハムでバラまで作ってる。手の込んだことするわね」
まじまじと並べられた生ハムを見つめるルージュ。
いや、三枚の生ハムを折りたたんで重ねるだけだ。そこまで手の込んだものじゃないが。
なんて思ったが、食べる前に機嫌を損ねられても面倒なので黙っておこう。
「これ食べていいんですよね?」
「ああ、いいぞ」
「それじゃあ、いただくわね」
おずおずと尋ねられる言葉に頷くと、二人は揃ってフォークを伸ばした。
「美味しい! ただの豚肉じゃないわね?」
「ああ、羽豚だ。ちょうどいいのが精肉店に入ってきてな」
「道理で違うと思った」
俺の言葉を聞いて納得したように頷いたルージュ。
トリスタンは気まずそうに視線を逸らしていることから、まったく気付いた様子はなかったようだ。
「トリスタンはどうだ?」
「美味しいです! こうなんというか、すっごい生ハムって感じがします!」
「……気持ちはわかるが、もうちょっとまともな感想はないのか」
「まともな言葉が出なくなるほど美味しいってことで!」
思わず突っ込むがトリスタンは気にすることもなく、次の一枚を頬張って幸せそうにしていた。
まあ、本人が美味しいと思ってくれているのであれば、持ってきてやった甲斐があるということだな。
「それにしても、お土産以外でジルクが家から料理を持ってくるなんて珍しいわね」
「生ハムの原木は一人で食べるには量が多いからな」
「ふーん、そういうことにしておいてあげる」
などと理由を述べるもルージュは含みのある笑みを浮かべた。
「してあげるも何も他に他意なんてない」
「へー、忙しい仕事がある度に希少なお酒やお菓子をくれるのは、あたしたちを労ってくれているからでしょ? 長くここで働いてるんだもの。さすがにわかるわよ」
「ええ! そうだったんですか!?」
したり顔でそのようにのたまってルージュだが、もう一人の従業員は理解していなかったようだ。これは少し恥ずかしい。
「そこはわかりなさいよ」
「いや、ただのジルクさんの気まぐれかと……」
ルージュからジトッとした眼差しを向けられて気まずそうにするトリスタン。
こういうところに鈍いのもトリスタンだ。
「そうだ! 一人で生ハムを食べ切れないならジルクさんの家で生ハムパーティーとかどうですか!?」
自身に向けられた非難を逸らすためか、トリスタンが明るく提案してみせる。
「却下だ」
「なんでですか?」
「俺は家に他人を入れない主義なんだ」
「どうしてですか? 別に俺たちは家を汚したりは――」
俺の言葉を勘違いしているようなので、俺はトリスタンにきっぱりと言ってやる。
「自分の領域に誰かがいるっていうのが堪えられないんだ。俺が独りでいられる絶対的な場所に足を踏み入れて欲しくない」
「え、ええー」
俺の意見を聞いて、ドン引きした様子のトリスタン。
「ジルクの家には、きっとあたしたちの知らない有用な魔道具があるっていうのに残念だわ」
ちなみにルージュは仕事を装って、俺のアパートに押しかけてきたことがあった。
当然家に入れることなく追い払ってやったが、妙に食い下がると思ったが魔道具のガサ入れが目当てか。今後も彼女は迂闊に招き入れないように注意だな。
「ジルクさん、そんなんじゃ誰とも結婚できないですよ?」
「結婚するつもりはないから大丈夫だ」
生涯独身でいると決めているのだ。誰かと同居できなくても支障は全くない。
俺からすれば、誰かと一緒に過ごすことすら面倒だ。
どうして唯一の安らぎともいえる場所で他人に干渉されなければいけないのか。
世の中の結婚している奴等の気が知れない。
『転生貴族の万能開拓』のコミック1巻が本日発売。




