独身貴族は外でゆったりする
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冒険者ギルドで採取依頼の受注を済ませた俺は、王都から東にある森にやってきていた。
人気はまったくなく、青々とした木々と動植物の微かな息遣いのみ。
大きく深呼吸をすると、土の匂いと草の匂いが感じられた。
「……空気がうまいな」
全身に質のいい酸素が行き渡り、血液がしっかりと循環しているような気がする。
木々の隙間から覗く空はとても澄み渡っており、緑とのコントラストが実に綺麗だ。
人は古来より自然の中で生活していた。だから、このような自然の地に出てくると心が落ち着くのは当然だな。
都会の喧騒から解放された気分だ。自然は人間みたいにうるさく喋らないから実にいい。
自然の景色を堪能しながら歩いていると、木々の根元に楕円の形をした葉っぱをした植物を見つけた。
「キルク草だな」
キルク草は森に生えている野草で、煮込むと肉や魚の臭みをとってくれる効果があり、抗菌作用もある。前世でいうササの葉みたいなもので、常に需要が絶えない素材だ。
指で根元からプツリと折っては回収していく。
しかし、採取を続けるにつれて手の中で束になってきてしまった。
こういう時は普通にポーチなどに収納するものであるが、俺には便利なものがある。
それはマジックバッグという宝具だ。
宝具というのは主にダンジョンで発見される不思議なアイテムだ。
姿を消せるローブ、瞬間移動のできる指輪、空飛ぶマント、海中でも息ができる腕輪――と様々な文明レベルを越えた効果を持っており、物体の質量に関係なく、物体を収納できるマジックバッグも宝具の一つだ。
宝具は魔道具と違い、現代の魔法技術では再現は不可能。
それ故に売り出される宝具には高値がつき、冒険者は一攫千金を狙ってダンジョンに潜ることもある。
「しかし、いつ使っても不思議なものだな」
見た目は何の変哲もないショルダーバッグ。しかし、明らかにその容量を越える量の物を入れても呑み込んでいく。
一説によると、古代の魔法使いが生み出した魔道具だと言われているが、魔道具の素養を独神から貰った俺でさえ構造を理解することは不可能なので根本的に違うのだと思う。
しかし、だからこそ……
「宝具には浪漫があるな」
宝具には魔道具では再現できない技術が詰まっている。
マジックバッグだってそうだ。こんなもの魔道具で作れと言われても、どこからどう手を付けてやったらいいのかわからない。
マジックバッグは物体が無限に入るというわけではないが、とても便利で助かっている。
魔道具では作ることのできない快適さを埋めてくれる宝具が俺は大好きだ。
「こっちはボタンキノコか」
キルク草を採取しながら進んで行くと、日陰に生えている木の樹皮に黄色いキノコが生えていた。
その名の通り、ボタンのような真ん丸とした形をしているのでボタンキノコと呼ばれている。
煮ても良し、焼いても良しな食材で一年を通して生えているので。こちらも需要が高く、いつでも依頼として貼り出されている。
正直、これらの品は大したお金にはならないが、余った分は家に持って帰って食材として使えるからな。いくら採っておいても損はない。
夢中になって樹皮に生えているボタンキノコをむしっていると、背後でがさりと茂みの揺れる音がした。
それは微かな音だが、明らかに風による葉音ではないとわかった。
即座に振り返ると、そこには黒い体毛に白い牙を生やした魔物がいた。
「黒猪か……」
自らの縄張りに入ってきた俺に敵意を燃やしているのか、荒い鼻息を漏らしながら鋭い視線を向けてきている。
黒猪は雑食だが、その中でもキノコを好んで食べている。
ボタンキノコを採取している俺を見て、自らの好物を盗んでいく敵だと判断されたのだろう。
「最近はあまり運動もしていなかったしちょうどいいな」
黒猪レベルの魔物であれば俺でも問題なく対処できる。
腰に佩いていた剣を引き抜くと、黒猪が後ろ脚で地面を蹴り出した。
驚異的なスタートダッシュ。相手は自分よりも小さな体であるが、反り上がった牙は天を貫くようで刺されてしまえばひとたまりもない。
しかし、それは当たればの話だ。
黒猪の突撃は非常に直線的であり、躱すことは難しくない。予備動作である後ろ脚で土をかく癖を見れば、タイミングも読みやすかった。
サイドステップで体当たりを躱した俺は、すぐにUターンしてくる黒猪に備える。
「フ、フギイィ!」
が、それは必要なかった。
「牙が刺さって抜けなくなったのか」
どうやら牙がボタンキノコの生えていた木に突き刺さってしまったらしい。
鋭さが自慢の牙がどうやら仇となってしまったようだ。
俺の目の前ではお尻をこちらに突き出しながら、何とか牙を引き抜こうと奮闘している黒猪がいる。
「軽い運動にもならなかったが見逃す義理もないな」
俺は身動きのとれない黒猪に剣を振るった。
◆
黒猪を解体して毛皮、牙、肉、魔石などと分類したらマジックバッグに収納し、再び歩き出す。
程なく進んでいくと、徐々に生えている木々の間隔が緩やかになり、微かに水の音が聞こえる。
そのまま真っすぐ歩くと鬱蒼とした雰囲気は薄れ、目の前には湖が広がっていた。
森の中にぽっかりとできた大きな湖。そこに木々の支配はなく、透き通った水が悠々と存在を主張していた。
ここは俺のお気に入りの場所だ。
東の森に来た時は、いつもここでゆったりとした時間を過ごすことにしている。
とても見晴らしがよく、空の景色や遠くにある山も眺めることができる。
湖にはカモが気持ち良さそうに泳いでおり、倒木には色彩の豊かな鳥が羽を休めていた。
獰猛な魔物の気配もなく、全体としてのんびりとした空気が流れている。
ここでゆったりと時間を過ごそうと思っていると、斜め右側の方にテントが設営されており、傍では男性らしき人物が深くイスに腰をかけてだらっとしていた。
目元を隠すように本を置いているからか、人相まではわからない。
「……先客がいるのか」
自分以外はこないお気に入り場所だと思っていただけに、知らない誰かがいることに不快感を覚える。
しかし、ここは俺の私有地でもなく、誰でも入ることのできる森だ。文句をつけることもできない。
向こうからすれば、こちらの存在だって異物でしかないだろうしな。
場所を変えようにもお気に入りの湖はここにしかない。
それに誰かがいるからといって、王都にまで引き返すのも癪だった。
今日はここでゆったりと過ごすと決めているので予定の変更はしたくなかった。
相手が大人数で騒いでいるなら問答無用で退散しているが、そうでもなく一人のようだし問題ないだろう。
そう考えて、俺はマジックバッグから用意していたアウトドアグッズを取り出す。
支柱を入れて風避けのテントを広げると、素早く釘を打ち付けて設営。
折り畳み式のイスを平らな場所に設置すると、そこに腰かける。
このままゆっくりとお気に入りの本を読みたいところだが、せっかくなので昼食の準備をしておきたい。
マジックバッグに手を入れた俺は、細長い黒い筒を取り出した。
これは俺が作った燻製の魔道具だ。
俺は燻製料理が大好きであり、前世でもキャンプや登山といった野外で燻製料理を作っていた。
その時によく使用していたのが携帯用燻製機で、それを再現したまでである。
原理は簡単だ。筒の中にチップを入れて、それを発火の魔道具で燃やす。
後はボタンを押すだけで内部にある風魔石が作動して、燃えたチップの煙をチューブに送り出してくれる。
後は燻したい食材を適当に並べて、蓋をするなり、箱で煙を閉じ込めておくだけだ。
それだけで十分に食材は燻される。
勿論、燻製したい食材は事前に用意してある。
王道の味付け玉子、チーズ、ベーコン、ナッツ、ピーナッツ。
それぞれをちょうどいい大きさにカットすると、平皿の上に載せて箱に入れる。
そこにチューブを入れると、後は魔道具を作動させるだけだ。
着火の魔道具でチップに火をつける。すると、リンゴの木のチップが香ばしい匂いを放ちながら赤々と燃え上がる。
その煙が燻製機で漂い、風魔石が風を送ってチューブへと煙を伝える。
すると、チューブから煙が発射され、平皿に並べられている食材に噴射された。
きちんと食材に煙が当たっていることを確認した俺は、そのまま箱の蓋を閉じた。
後は適当に時間が経過されれば燻されるだろう。
しっかりと魔道具が作動していることを確認した俺は、イスに深く座ってお気に入りの本を読むのであった。
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