独身貴族は見積もりを誤る
昼食を済ませ午後になると仕事の時間だ。
ルージュから業務連絡があるというので、俺は作業に入る前に彼女の言葉に耳を傾ける。その中でも重要なのはいよいよ迫ったコーヒーミルの販売だ。
「コーヒーミルの販売についてだけど正式に決まったわ。四日後から王都の魔道具店で一斉に販売開始よ」
「そうか」
少し前から忙しそうに動き回っていたので、そろそろだとは思っていた。
ルージュとトリスタンもやれることはやったのだろう。今となっては前ほどの忙しさはない。後はコーヒーミルの売り上げによって、少し業務量が変動するくらいだろう。
「後は結婚指輪の進捗についてね。こっちはフィーベル様やイリア様を中心に、依頼のあった冒険者の夫婦に納品していっている感じよ。どのお客様からも非常に満足のいく結果が得られて――」
結婚指輪については完全にフィーベルとイリアに丸投げしている。
そちらに関しては俺が関わるつもりは一切なかったのでスルーだ。
聞いているフリをしてクーラーの魔道具の設計を考えていると、報告は一通り済んだのかルージュが資料を閉じた。
「報告は以上だな?」
「ええ、そうよ」
「よし、これで身の回りの面倒ごとは落ち着いた。ようやくクーラーの製作にとりかかれる」
「そうですかねぇ? 俺はまだ落ち着くようには思えないんですけど……」
「あたしもそれは同感ね」
「……なぜだ?」
「ブレンド伯爵のミルへの情熱や動きを見ると、どうしてもねえ。もう一波乱あるような気がしてならないのよ」
「だって、ジルクさんの魔道具ですよ? 絶対多くの人が注目して買いに来ますって」
俺が問いかけると、二人して憂いを帯びた表情で言う。
それは考えすぎだろう。
「ミルについては俺とロンデルが趣味で作ったものだ。今までの魔道具とは違ってターゲットも小さい上に汎用性も低い。そこまで売れるようなことはないだろう」
冷蔵庫、魔道コンロ、ドライヤー、扇風機に比べれば、使う範囲は酷く限られる。
二人が懸念しているようなことは起こらないだろう。
「……ねえ、もう少しミルを増産しておかない?」
「その必要はない」
不安らしいルージュがおずおずと提案してくるが、俺はそれを却下してクーラーの魔道具製作にとりかかることにした。
もう夏は目の前だ。
今年こそクーラーの魔道具を作り上げ、快適な夏を過ごすのだ。
工房で扇風機を取り合って喧嘩するみじめな夏はもうこりごりだからな。
●
クーラーに必要な素材の選定や加工を繰り返して過ごしていると、あっという間にコーヒーミルの販売日になった。
魔道具が販売してしまえば、特に俺たちがやる仕事はない。
今日も今日とてクーラーの製作をやるまでだ。
前世のクーラーは室内機と室外機の二台が揃って初めて稼働する家電製品だ。
室外機から減圧され、冷えた空気が室内機へと移動し、アルミの板を無数に組み合わせた熱交換器という管の中を流れる。
冷たい熱交換器と部屋の熱が接触し、空気の熱を奪い、冷たい風が噴き出す。
そして、部屋の熱をアルミ板が受け取って、もう一本の管を通って室外機へ移動。
その際に空気が圧縮され高温になるが、室外機が熱を放出。
温度が下がった空気は再び減圧機へと送られ、圧力の変化により温度が下がり、またそれが室内機へと送られて循環する。
そんな冷凍サイクルによってクーラーはできている。
であれば、魔道具で同じ仕組みを再現、あるいは魔石を利用して新しいものを作り上げてしまえばいい。
魔道具内部で圧縮の魔法式を刻み、空気の圧縮を行って温度をコントロールする。
考えるのは簡単であるが、それを行うことは難しい。少しでも圧縮の加減を間違えれば、温度が急上昇、あるいは急降下して思わぬ事故を引き起こしかねない。
その上、前世のもののように室内機と室外機の二台で一セットともなると幅もとる。
であれば、風の魔石で空気を循環させて、氷魔石や魔物素材で空気を冷却させるのがもっとも楽で安全だろう。
これまでの検証や実験でハッキリとそのことがわかったので、今ではそういう方向で動いている。
「後はもっとも効率的な素材の選定だな。氷魔石、氷結晶、アイシスメタル、フロストエッジの魔殻、アイスウルフの牙……他には何が使えるか」
筐体は既に組み上がり、風魔石を利用して空気の循環はできている。後は空気を冷やすための素材になるものをどれにするかと冷却された空気にしっかりと耐えられる配管素材だ。それらをクリアすることによってクーラーは出来上がるはずだ。
脳内で素材の選定をしながら工房に歩いていくと、目的地が騒がしいことに気が付いた。
訝しみながら足を進めると、何故か俺の工房の前に大勢の人が集まっている。
その者たちは玄関先にいるルージュに詰め寄っている様子だ。
なにかしらのトラブルだろうか?
そういった処理はルージュに任せるに限るので、俺は慌てて踵を返して裏口に回る。
「あっ、こら! 工房長が逃げるな!」
しかし、目敏く気付いたらしいルージュが大声を上げた。
すると、ルージュに詰め寄っていた者たちが振り返り、一斉に駆け寄ってきた。
「おうおう、やっときやがったなジルク!」
禿頭が特徴的な大男。身長は俺よりも高く、服の上からでもわかるほどに筋肉が隆起している。
「バイスか……」
荒事にも慣れた傭兵や冒険者のような見た目をしているが、王都の中央区に魔道具店を構えている『エーテル』の店主である。
うちの工房の設立初期からの付き合いであり、いかつい見た目もあってかうちに文句を言う時はいつもバイスが中心だ。
「わざわざ工房にまで押しかけて一体何の用だ?」
「お前の作った新しいコーヒーミル。全然、数が足りねえぞ!」
「それについてならルージュから説明がいってるだろう。ミルはあくまで趣味で作ったものだ。大量生産するつもりはない」
「それじゃ困るんだよ! ミルは全部売れて、客から次の入荷をせっつかれているんだ!」
「……どういうことだ? ミルの発売は今日だろ?」
魔道具店が営業を開始する時間を考えても、まだ半日も経過していない。
「ああ、そうだよ! 数時間もしないうちに全部売れてなくなっちまったんだよ! お前が卸した魔道具店全部で売り切れだ!」
バイスの言葉を聞いて俺は驚く。
まさか、発売して数時間もしない内に卸し先の店で完売するとは思ってもいなかった。
「それはおかしい。ミルにはついては大した宣伝もしていない。一体、誰がそんなに買っていったというんだ?」
「主に貴族や商人だ。朝から馬車でやってきてめちゃくちゃ買っていったぞ」
「そんなバカな……」
「きっとブレンド伯爵が広めて回った結果だわ」
呆然とする俺の傍でルージュが呟いた。
ブレンド伯爵が頻繁に貴族を集めてコーヒー会を開いており、俺やアルトが作ったものを知人に配っているのは知っていた。
だからといって、こうまで影響されて買い求めるとは思いもしなかった。
「それくらいしか考えられないな」
「だから、増産しておきましょうって言ったじゃない」
ルージュにそのように言われて耳が痛い。
ルージュからは事前にミルの増産を提案されていた。
それを必要ないと切ったのは俺だったが、正しいのは彼女の方だったらしい。
「今回のは価格が安かったのも大きいだろうな。基本的にジルクの魔道具は富裕層向けのもので高額だが、今回の物に関しては平民でも容易に手が出せる」
「だからと言って買うのが早過ぎる」
「お前にはファンが多いってことを自覚しろ!」
「そんなもの知るか。俺は自分が快適な生活を送るために魔道具を作っているだけだ。売りに出しているのはそのついでにお金を稼げるからであって、多くの人に便利な生活を届けようなんて殊勝な精神はない」
すべては自分の快適な生活のため。その一点がもっとも重要だ。潜在的なファンなどという曖昧な存在など興味がない。
「まったく、どうしてこんな奴が便利な魔道具を次々と作れるんだ」
俺がキッパリと言うと、バイスがつるりとした頭に手を置いて空を仰ぐ。
魔道具の製作と人格は関係ないだろ。
「とはいえ、俺を含むここにいる奴等は魔道具師としてのお前に惚れ込んでいるんだ。世の中にはお前の魔道具が大好きで待っている奴等がいるってことを覚えていてくれ」
「そうか」
「そういうわけでミルの増産を大急ぎで頼むぜ?」
「いや、それは無理だ。新しい魔道具の製作で忙しい」
「おいおい、この会話の流れで断るのかよ!?」
良い雰囲気を出したからといって、俺が感化されて頷くようなことはない。
それとこれとは別問題なのだから。




